小説☆アラアル編---二つの国(4)

次の日から早速クレアを交え、二つの国の未来についての会議が行われた。

クレアは少々緊張しながらその席に着いた。ウォルターに上座を進められたのだが、それは辞して、クレアはウォルターの隣の席に座り、向かいにはアルベルとアランが並んだ。きちんと姿勢を正して席についているアランに対して、後ろにひいた椅子に浅く座り、腕組みして面倒くさげに背もたれに寄りかかっているアルベル。こうしてみると二人は本当に対照的だ。

アランとは昨日のうちに、ウォルターともたった今挨拶を済ませたクレアは、残るアルベルにも挨拶すべきだと思っていたのだが、彼の一切を拒絶するような雰囲気に声を掛けるのは躊躇われ、目が合った拍子に軽く会釈をしてみたが、ふいと目を逸らされてそれっきり。いつだって誰からも大事にされてきたクレアは、こういう扱いを受けることに慣れていなかった。これまで接してきた男性は皆優しかった。だから男というものは皆女性に優しいものだと思っていたのだが。

  (私の事が気に入らないのかしら?)

クレアはアルベルの無表情な顔をチラリと見、そして、そんなアルベルに微笑みかけながら何やかやと話しかけているアランを見た。

  「今朝、市場に行ってきたのですが、売っていたのは殆どカボチャばかりでした。アルベル様はカボチャはお好きですか?」

  「別に…普通だ。」

大した返事ももらえないのにもかかわらず、アランはめげずに会話を投げかけている。クレアはそんなアランの姿に、彼の事を何も知らなかった事に改めて気付いた。クレアの知っているアランは、仕事以外の話を一切しなかった。部下たちが興味本位であれやこれやと質問しても適当にやり過ごして、さっさと話を切り上げてしまう。それは、アランが公私をはっきりと分けているからだと思っていたのだが、それは違ったようだ。料理をするということも、自ら市場に買い物に出向いたりするということも、自分達には少しも話してくれなかった。

  (それにしても…ちゃんと返事をしてあげたらいいのに…。)

アランにあんな風に話しかけてもらえるアルベルを羨む気持ちでそう思っていると、王が部屋に入ってきた。一同立ち上がってそれを迎える。

  「女性というのは偉大だな。この重苦しい会議室をぱっと華やかにしてくれる。」

王は席に着くなりそう言ってクレアに笑いかけ、それから一同を見渡した。

  「さて、皆ももう知っているだろうが、シーハーツ王女ロメリアは俺の提案に対して、自身の片腕を寄越すという返事をかえしてくれた。クレア・ラーズバードだ。我々の計画に協力してくれる。」

王の紹介に、クレアは会釈した。すると、当然のことながらアランの視線が自分の方に向けられる。それを感じて、クレアは目を上げる事が出来なくなった。

  「早速だが、クレア。そなたの考えを聞きたい。」

クレアはアランの視線を避けるように王の方を向いた。アランが自分を見ている。それは単なる気のせいなのかもしれない。しかしそれを確認して、目が合ってしまったら、意識していることに気付かれてしまうかもしれない。つい、そんな余計な事を考えてしまう自分を叱り、王に意識を集中させた。

  「はい。我が君は王のお考えに賛成であると仰せられました。ただ、それを成し遂げるには多くの困難を乗り越えなければならないだろうと。」

  「ふむ。例えば?」

  「まずは国民の感情。それから経済的な問題。治安の問題。…申し上げ難いことですが、挙げればキリがありません。」

  「確かにそうだな。それなら、それらを解決していくにはどうしていけばよいと思う?」

  「何といっても国民が納得しなければ、二国の協和は有り得ません。まずは、武装放棄と軍を縮小…即ち、二度と戦争をしないという意思表示をされてはどうでしょうか?」

この頃にはクレアはいつもの集中力を取り戻し、かつての敵国の、しかもそのトップの中にありながら、物怖じせずきっぱりと言い切った。この発言によって、議会はかなり紛糾するだろうと予測していたのだが、ウォルターとアランは口を挟まず、真っ先に異議を申し立てるかと思っていたアルベルは、目を瞑ったまま微動だにしない。王は穏やかに質問を続けた。

  「ふむ。縮小により、首になった兵士たちはどうする?」

  「…その者たちが就けるような職はないのですか?」

  「他の職か…。上手く適応出来る者とそうでない者がいるだろうな。」

  「では適応できる方だけでも…」

何としてでも軍縮を承諾させたいと、はやる気持ちを抑えつつ、クレアがそう言いかけると、そこで初めてアランが口を開いた。

  「軍縮を望んでいるのは国民というよりも、あなた方のような一部の人間でしょう?国民は自分達の生活が守られさえすれば良いと言うのが本音ではありませんか?」

痛いところを突かれてクレアは言葉に詰まった。アランの淡々とした口調が、冷たく感じてしまう。内心落ち込みながらも、それは隠してクレアも淡々と返した。

  「…戦いの時にはアーリグリフ三軍は我が国民にとって最大の脅威でした。その脅威が減ることで国民感情も和らいでくると考えるのですが。」

思ったより冷静にアランと視線を合わせることが出来たことに、クレアは内心ほっとしたが、アランの追及は続く。

  「兵士の数が減ることによって国外からの脅威に十分に対処できなくなり、国の治安も維持できなくなれば、国民は不満を持つでしょう。結果、感情は今より更に悪化するのでは?」

するとそこでウォルターがおもむろに口を開いた。

  「それに、我らは己が軍に誇りを持っておる。自ら進んで他の職につく者は少なかろうな。」

  「それなら、軍の役割を多方面で幅広くしていかれては?」

これは戦争の為に作り上げられたシーハーツ軍の今後を考える上で、以前から考え、ネルともよく話し合っていた事だった。この案には自信があった。それをもう一押ししておこうとした、その時、突然ウォルターが低い声で「小僧。」とアルベルに呼びかけた。その声の威圧感に驚き、クレアはビクリと小さく肩を震わせた。

するとアルベルが眉間に皺を寄せて目を開け、ウォルターを睨んだ。どうやら寝ていたわけではないようだ。

  「…なんだ?」

  「聞いておるのか?」

アルベルは口答えするかわりに、小さく溜息を付いた。

  「アルベル様、どうかされましたか?」

アランが心配そうに話しかけた。王も同様に感じていたらしい。

  「今日は一段と無口だな。お前の意見も聞きたいんだが。」

  「…別に何もない。」

  「軍の縮小についてはどう思う?」

  「別に。異存はない。」

そんな投げやりな態度にウォルターが厭味を言う。

  「すでに転職先の宛でもあるか、小僧?」

だが、アルベルは口答えもせず、「…けっ。」と言っただけ。そんなアルベルの横顔をじっと見つめていたアランは、

  「アルベル様がお辞めになるのでしたら、まずは私が。」

と言った。その爆弾発言にクレアが驚いてアランの横顔を見つめるのと、王が「それは困る。」と言ったのと、アルベルが「阿呆。」と言ったのがほぼ同時だった。その後からウォルターがおもむろに言う。

  「うむ。ワシが隠居するのが先じゃ。」

だがそれもすぐさま王によって却下された。

  「ウォルターよ。そんな意地悪を言うな。お前にもまだ現役でいてもらわなければ困る。」

そこで王はクレアの方を向いて話を戻した。

  「俺も将来的には軍や兵士などいらぬ世の中になればいいと思っている。だが、現段階では軍縮していくのは難しいだろう。卑汚の風の余波もまだ残っているし、何より治安の問題にも関わる事だ。しかし、軍の役割を少しずつ変えていくというのはいいかもしれない。」

それから話はアーリグリフへの入国制限解除、戦争で一時中断されていた交換留学の再開に及び、そして盛んな国家交流を行うというところで、王が目を輝かせて言った。

  「祭りを行おうと思うのだが?」

『アーリグリフで雪国体験ツアー』というアイディアを、王自身、いたく気に入っているようだった。しかしそれに対して、アルベルは無反応、アランは無関心、ウォルターすらも話を向けられたときに相槌を打つのみ。唯一、心から賛同したのはクレアで、王と二人で色々アイディアを出しあってみても、どれも肝心のアーリグリフ三軍の長の心には届かないようで、話は中々現実味を帯びてこない。そして、二人が思いつく限りの事を言いつくしてしまうと、会議室はしーんと静まり返った。その場の冷めた雰囲気に王は溜息を付き、次回までに具体的な内容を考えてくるということで、会議は終了した。



王が退席して、それぞれが散開する中、アランは、外で待機していたカレルを伴ってさっさと城を出て行こうとするアルベルを追いかけた。アルベルが結局最後まで沈黙していた事が気にかかっていたのだ。具合が悪いのか、機嫌が悪いのか、何か心を悩ませるようなことでもあったのか…。様々な可能性を思い浮かべながら声を掛けた。

  「アルベル様。どちらへ?」

  「修練場に戻る。」

  「お送り致します。」

勿論カレルの存在など完全無視だ。飛竜に乗って、二人きりの時だったら、今の心の内を少しでも明かしてくれるかもしれないと期待したのだが、

  「いや、いい。」

と、にべもなく断られた。これは余程機嫌が悪いのだと、アランは気落ちしかけたが、カレルが飛竜を準備している隙に、アルベルがつとアランに近寄ってきた。カレルに聞こえぬように声を潜める。

  「それより、カボチャのブディングを作っておけ。」

予想外な事を、微かながらも笑顔で言われ、一瞬戸惑い、反応するのが遅れてしまった。そして、

  「は……わかりました。」

と返事をした頃には、アルベルはカレルの操る飛竜にひらりと乗って空へと飛び立ってしまった。





アランは大急ぎで帰宅し、カボチャのプディングを作った。それから、カボチャシチューとサラダを作り、テーブルに食器を並べているところに、アルベルが帰って来た。風呂に入って、いつもと変わらぬ様子で食卓に着く。

アルベルはまず真っ先にプディングに手をつけた。そして、口に入れた瞬間、ふわりと笑顔を浮かべた。いたくお気に召したらしい事は見ていてすぐに分かったが、それをアルベルの口から聞きたくて、敢えて尋ねた

  「お味はどうですか?」

  「美味い。」

嬉しい。心が幸福感で満たされる。

  「良かった。まだたくさんありますので。」

プディングを一口だけ食べて、残りは食後の楽しみに取って置こうとしていたアルベルは、それを聞いた途端、

  「なら、それは食後にもらう。」

と、食べかけのプディングを再び引き寄せ、ぺろりと平らげてしまった。そんなアルベルの可愛い一面を、アランは幸せな気持ちで眺めながら、自分も食卓に着いた。

  「…王の言った、具体的な案について、何か考えてありますか?」

  「いや。カレルの奴に押し付けてきた。」

そこでアランは言おうか言うまいか迷って、だが、思い切って自分の心配をアルベルにぶつけてみた。

  「今日は、アルベル様のお元気がないようで心配していました。」

しかし、アルベルはけろりとした表情で、

  「別に。普通だ。」

といった。確かにそう言われれば、ただの気のせいだったのかもしれない。それから、夜の誘いにもすんなり応じてくれたことで、アランは今日のことなどすっかり忘れてしまった。





ところが、次の日。

  「アルベルはどうした?」

会議室にアルベルの姿がないことを、王が尋ねた。ウォルターがアランを見、アランは戸惑いの表情を浮かべた。

今朝、アルベルは、まだ朝食の片付けをしていたアランを置いて、先に家を出た。それは良くあることなので、アランは別に何も不審に思うこともなかった。早めに行って、昨日部下に任せたと言っていた雪祭りの件を確認するのだろうと思っていたのだが、城に行ってみたらアルベルの姿はなく、そして今に至るわけである。

  「どこかで道草くっておるのではないか?」

ウォルターがやれやれとそう言った。クレアも、会議に遅刻するなんて、と内心呆れ果てた。ただアランだけが心配そうに表情を曇らせる。

  「何かあったのでしょうか?」

  「何かあったなら連絡がくるはずじゃ。」

その時、ドアがノックされ、カレル・シューインが息を切らせて入ってきた。

  「遅れて申し訳ありません!」

相当走ってきたのだろう。カレルは息も絶え絶えで、頬と鼻は冷たい風に当たって真っ赤になっている。もしや、アルベルに何かがあったのか!?アランが血相を変えて立ち上がった。

  「アルベル様は!?」

  「修練場です。」

  「アルベル様に何かあったのですか?」

  「いえ、何も。」

だったら何故アルベルが姿を見せないのか、その理由を言う前に、カレルはアルベルから渡せと言われていた手紙を王に差し出した。

  「まずは王宛てに団長より手紙を託ってきました。」

王は手紙を開いた。中にはもう一通入っており、それはアラン宛だった。そして、それぞれの手紙を読んだ二人は、それぞれに愕然とした表情を浮かべた。王はしばらく手紙を凝視した後、ウォルターに渡し、それからおもむろにカレルに言った。

  「アルベルは団長を辞したいと言ってきた。そして、その後任にお前を推すそうだ。」

クレアはカレルの方を見た。カレルは手紙の内容にある程度察しがついていたようで、「やっぱり…。」といった顔で、まずは兎に角、呼吸を落ち着かせようとしている。王はアランを見た。

  「アラン、お前の方には何と書いてあった?」

  「疾風団長の座を…辞する事は…許さぬ…と…。」

クレアは、アランの手が微かに震えている事に気付いた。

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