「雪祭り!?」
城から修練場に戻って来て、アルベルから会議の内容を聞かされた途端、カレルの目が輝いた。早速幹部達を集め、具体的な内容について話し合い始めた。
「俺は氷像よりも雪像がいい。雪の方が自由に作れるから。」
カレルは特に雪像にこだわった。そこへ、オレストが新たなアイディアを出す。
「三軍対抗で作って、それぞれの出来栄えを競ったら面白いですよね!投票して、優勝したら何か貰えるとか!」
「おっ!いいねぇ♪」
年甲斐もなく浮かれるカレルとオレスト。この二人の浮かれっぷりは、他のお祭り好きの連中ですら呆れる程のものだ。
「どうせ疾風が優勝ですよ。」
「そーそー。『アラン様が素敵だから疾風にいれちゃおーvv』とかいうに決まってますって。」
すると、カレルは不敵に笑った。
「ふっふっふ!俺は絶対勝つ自信がある!」
確実に勝ちにいく算段をしつつも、常に負ける可能性も考慮に入れるカレルが、こうもキッパリ勝利宣言をするのは珍しい。余程の自信があるらしい。
「何を作るんです?」
「雪だるまの城!」
「雪だるまの…城?」
その、あまりにメルヘンチックな発想に、流石のオレストもぽかんとなった。
「そう、雪だるま達が住んでる城!子どもの頃からの夢だったんだ!本物みたいに作って、ちゃんと中に入れるようにして、滑り台をつけて…。」
手放しで興奮しきっていたカレルは、はっと我に返って、隣に座っていたアルベルの存在を思い出した。
「…あ、でも旦那の意見が一番ですけど。」
カレルのはしゃぎっぷりに、呆れるを通り越して絶句していたアルベルは、これには苦笑するしかなかった。
「お前の好きにしろ。」
それは、その場にいる者達の気持ちを代表したセリフだった。
その次の日。カレルは珍しく少々寝坊した。雪祭りの事で気分が高揚し、頭が冴えるに任せてあれやこれやと計画を練っている内に夜明けが近づき、ちょっと一眠りのはずがぐっすり寝入ってしまったのだ。アルベルは自邸から直接城へ行く。部下としてはそれよりも先に行っていなければならないのに、これでは完全に遅刻である。しかもこんなときに限って、アルベルから「先に行って、王に渡しておけ。」と手紙を預かっていたのだ。
カレルは飛び起きて慌てて身支度し、その手紙と、昨日幹部たちと『雪祭り』について話し合った内容をまとめた紙とを取りに団長室へ走った。
カレルの机は団長室の隅に設置してある。最初はちゃんとした部屋が宛がわれていたが、用がある度にカレルを呼び出すのが面倒だという理由で、団長室の片隅に移されたのだ。『まるで使用人だ』と陰口を叩く奴もいるらしいが、カレルは一向に気にしなかった。アルベルとの連絡も意思の疎通もしやすいし、余程の用事でもない限り、アルベルに遠慮して誰も団長室へは訪れてこないので仕事に集中できるので満足だった。ただ、アランが来た時には例え仕事の途中であっても席を外さねばならないのと、アルベルの散らかしぶりに迷惑を被る点を除いては。
走りながら上着を羽織り、息せき切って団長室の扉を開けると、そこには…
「あれっ!?旦那、何でここに?」
今頃城に向かっているはずのアルベルがそこにいた。アルベルはちらりとしまったという顔をしたが、
「お前こそ、何でまだここにいる?」
と逆に質問してきた。
「申し訳ありません…寝坊しちまって。」
カレルが寝坊など珍しい。
「ちっ、間の悪い奴だ。」
とアルベルは不機嫌そうにボソリとつぶやいた。そして、カレルが「え?」と聞き返してきたところに、
「会議にはお前が行け。」
と言い放った。
「は?」
まだ目が覚めてないのか、アルベルが何を言わんとしているのかピンとこない。すると、アルベルがはっきりと言った。
「俺は団長を降りる。」
「は!?何でですか!?」
その一言で一気に目が覚め、続く、
「全く、さっさと城にいってりゃいいものを…。」
というセリフで、ようやくアルベルの意図がわかった。何とアルベルは、自分がエスケープした穴埋めをカレルにさせ、そのまま押し付けるつもりだったのだ。
「どうして!?」
「『歪みのアルベル』が友和政策など、白々しいにも程がある。」
「それだったら俺も同罪でしょう?旦那の下でさんざん悪知恵働かせてきたんだから。旦那が退くなら俺も一緒に退くべきだ。」
「お前が退いて、他に誰に任せられる?これからの時代に必要のなのは、柔軟な人間だ。お前のようにな。」
「旦那だって十分柔軟ですよ。ちょっと意地っ張りなだけで…」
「ごちゃごちゃうるせぇ。これは命令だ。さっさと行かねぇと、ジジイに大目玉を食らうのは手前だぞ?」
ほらほら、まずいぞやばいぞ?とまるでこちらをからかうかのような言い方。カレルはさっと時計を見た。確かに、このままでは会議にまで遅刻してしまうことになる。しかし、この命令だけは、受けるわけいにはいかない。コチコチと容赦なく進む時計の針にカレルは焦り、
「ちょっと待って下さいよ!」
と、時間が無い中でも、とにかく冷静に話し合おうとしたが、
「『相手に考える時間を与えるな』というのは、お前に習った事だ。」
アルベルはしらっと返した。これにはカレルも一本取られて言葉につまり、参ったように腕を組んだ。そして、しばしうーんと唸った後、
「わかりました。引き受けます。」
と覚悟を決めた。アルベルは意外にもあっさりカレルが引き受けたことに、ちょっと驚いた。カレルが団長の座を望むどころか、心底敬遠しているのをアルベルは知っている。部隊長という現在の職務でさえ、仕方なくやっている節がある。そんなカレルが団長をそう簡単に引き受けるはずがなく、しかしどうにかして押し付ける方法はないものかと色々考えた結果、今回のすっぽかし作戦を思いついたのだった。だが、予想に反してカレルはすんなり引き受けてくれた。ところが、そう安心しかけたのも束の間、カレルは「但し…」と続け、
「一時的に。」
という、一つの条件をつけた。
「一時的?」
「確かに、こういう祭りとか遊び事とかは、旦那は苦手でしょうからね。その間は俺が『代理で』引き受けさせてもらいます。」
「代理である必要はない。団長が次期団長を指名しているんだ、謹んで受けろ。」
団長に指名されるのは、普通だったら喜ぶべきことで、それを拒否するなど以ての外なのだ。だが、カレルは首を横に振った。
「いいや、飽くまで『一時的に』です。でなきゃ、俺は故郷に帰らせてもらいます。」
そんな、どっかの女房の切り札ようなセリフを、アルベルが鼻で笑おうとしたとき、「これはライマーにしか話したことはないんですが…」と前置きし、
「元々俺は軍人になんかなりたくなかったんですよ。これっぽっちも。」
とカレルは本心を明かした。それは初めて聞く事だった。アルベルが興味深げな顔をすると、カレルはにこっと笑って話を続けた。
「本当は、学問がしたかったんです。」
学問という言葉を聞いて、カレルの本質がようやく掴めた気がした。人より遥かに高い次元でものを考えているかと思えば、急に呆れる程子どもっぽくなったり、どうでもいいような細かな事までこだわったり、一つの事に異様なまでに執着したり。そんなカレルをずっと不可解な奴だと思っていたが、その好奇心旺盛さと知識に対する貪欲さ、そして留まる所を知らぬ探究心は、まさに学者のそれだったのだ。
「それを胸の内で殺して、ずっとここに留まってきたのは、兵舎時代は家族の為に、落ちこぼれ時代は仲間の為、そして今は旦那の為。俺に出来ることがある限りは頑張ろうと思ってました。けど、旦那がやめるんなら、俺はここにいる理由はなくなるんですよ。」
「俺の為だと?そんなことを頼んだ覚えはない。」
『あなたの為』とか、自分の犠牲になるといった類の言葉に対して、アルベルが敏感に反応すると、
「だって、いつも仕事を押し付けてくれるじゃないですか。」
と、思っていたよりもずっと軽い意味で、そして、アルベルにとって至極都合の悪いことをドキッパリと指摘されてしまった。確かに押し付けまくった。そして、カレルが「たまには自分でやって下さいよ。」と文句を言いつつも、それらの仕事をキッチリこなしてくれるのは、カレルの言う通り、『旦那の為』である。そこでアルベルは都合の悪い事はさらっと聞き流し、別の方面から攻めることにした。
「…精鋭部隊はどうする?」
「部隊が完成した時点で、既に俺の手を離れてるんです。ただ、皆が頑張ってるのに、俺だけ何にもしないわけにもいかねぇから、部隊長っていう名の連絡係をやってるだけで。けど、それも最近では殆ど必要ありません。だから、今俺がやってる仕事は専ら旦那がらみなんですよ。」
確かに、カレルが忙しそうにしているのは、アルベルが押し付けた仕事をしている時だ。またしてもそこに論点を持ってこられ、アルベルは参った。カレルに辞められては非常に困る。何の不安もなく団長を任せられるのは、カレル以外には考えられないし、部下たちもカレルなら団長として喜んで支持するはずなのだ。アルベルは溜息を付いて椅子にドサリと座った。
「ちっ、いいだろう。」
ここは仕方なく一旦譲歩することにした。取りあえずやらせておけば、すぐに退くに退けない状態になるだろうと読んだ上でだ。自分も団長になった途端、あれよあれよという間にカレルの熱意に巻き込まれ、そこに部下達の思いが加わり、ぐいぐいと背中を押され続けた。時には自分の意思以上の力で押される事に戸惑いながら、それでも前に進んできた。だが、もうこれ以上は自分には無理なのだ。今まで多くの人間に支えられた事に感謝しつつ、それだからこそ、相応しくない者は潔く去ろうと決意したのだった。
すると、カレルが一枚の紙を差し出した。
「それから、一筆もらえますか?」
「一筆?」
「俺の要請には必ず応じて下さると。」
「要請?…命令だろう?」
「いいえ、要請。まだ王に正式に受理されてない以上、俺はただの代理で、団長はまだ旦那です。それに、旦那に命令なんてそんな大それたこと恐ろしくて出来ません。要請だって相当気を遣ってしまいます。けど、一筆貰ってたらちょっとは強気になれるかもしれません。」
「けっ、よく言うぜ。証文を盾にとって、団長の座を付き返すつもりじゃねぇだろうな?」
「旦那にやる気がないのに、そんなことしたって意味ないでしょう?」
確かにそれはそうだ。アルベルはカレルの言う通りに証文をかき、最後にサインをした。その際、さり気なく『一時的に』という言葉を抜かしていたら、
「一時的にって言ってるでしょう?」
と、すぐさま咎められた。
「ちっ。抜け目のないやつめ。」
「どっちがですか。」
仕方がないので、小さい字で文の冒頭に詰めて書き足したが、これでカレルが団長代理となったことは間違いない。どうせすぐ『一時的』どころではなくなるし、そうこうする内に『代理』という文字も消えるだろう。
『
一時的にカレル・シューインを漆黒団長代理とし、その要請には必ず応じる。
××××年××月××日
漆黒団長 アルベル・ノックス 』
証文を受け取ったカレルは、ばたばたと出て行こうとしてドアの直前でくるっとターンし、「一つ、言っときますけど…」とニンマリと笑った。
「相手に考える時間を与えないってことは、同時に自分の考える時間も短くなっちまうんですよ。」
「…それがどうした?」
「そこを逆手に取られてひっくり返される危険もあるってことです。」
そんな不穏なセリフとウィンクを残して、カレルは風のように走り去っていった。
一人残された部屋で、アルベルはじっとカレルとの会話を反芻してみた。どこか逆手にとられるようなとこがあっただろうか?まさか、証文が?しかし、それを盾にして団長職を付き返すような事はしないといった。例えそうしてきたところで突っぱねればいいだけの話だ。逆に、あの証文がある以上、カレルは『団長代理』を嫌が上にも務めなければならなくなったのだ。どう考えても、こちらの方が有利。
アルベルはそれからありとあらゆる可能性を考え尽くし、死角はないと結論付けた。
(俺の勝ちだ。………だが、あの笑みは…。)
カレルがイタズラ妖精のような笑みを浮かべた時、既に自分の勝利が見えているのだ。
「…ふん。お手並み拝見といくか。」
己を奮起させるように声に出して強がってみたものの、これまでカレルの恐ろしさを間近で見てきたアルベルの胸に、言いようのない不安が膨らんでくるのを、どうしても止める事ができなかった。