小説☆アラアル編---二つの国(6)

  「ほっ、自分は勝手に辞めると言っておいて、人には辞めるな、か。相変わらず勝手な奴じゃ。」

ウォルターは王に手紙を返しながらそう言った。その横顔からは、その本心を読み取る事は出来ない。王は手紙をもう一度見直し、これをどうしたものかと悩んでいるようで、カレルは壁際に居心地悪そうに立っている。クレアはそんな面々を見渡し、最後に最も衝撃を受けている様子のアランに目をやった。

アランは手紙をそっとテーブルに置くと、目を瞑り、組んだ両手を強く握り締めた。アルベルが団長を辞したがっているなど、そんな話は聞いていない。昨日だってそんな素振りは微塵も見せてくれなかった。

  (どうして私には何も仰って下さらないのだろう?どうして肝心なところで関わらせて下さらないのだろう…。どうして…。)

そこへ、カレルが恐る恐る口を開いた。

  「実は…その手紙は昨日預かっていたものです。しかし、今朝になって事態は変わり、団長はそのまま留任し、自分が一時的に代理を務めるということになりました。」

  「どういう経緯でそうなったのだ?」

王はカレルに説明を求めた。

  「実は団長がそういうおつもりである事を知ったのは、つい先ほどで。どうやら、ご自分が新しい時代には相応しくないとお考えのようです。」

それを聞いた途端、アランがかっと目を開いた。

  「そんなこと、あるわけがないでしょう!?」

その鋭い目つきと口調に、その場の空気が凍りついた。クレアは別人を見る思いでただ呆然とアランを見つめた。しかしカレルはそれで動じた様子はなく、アランの刺す様な視線を、柔らかく受け止めた。

  「同感です。しかし、残念ながらアルベル団長の言う事にも一理有るんです。」

アランがどういう事かと、すっと目を細めた。

  「ウォルター隊長は、その礼節仁義を重んじるお人柄から、相手国からも一目置かれた存在でありました。アラン隊長は戦後新たに隊長になられた方、そして王はシーハーツの皇女とご結婚されました。しかし、アルベル団長に関しては、『歪みのアルベル』が未だに尾を引いている。先の戦争でのイメージが強いまま……でしょ?」

そこでカレルはクレアに振ってきた。アランの冷たい視線が今度は自分に向けられて、クレアは返答に窮したが、それでも小さく「はい。」と頷いた。実際カレルの言うとおりだったからだ。

アランの視線が再びカレルに戻った。クレアは固唾を呑んでアランとカレルのやり取りを見守った。前にも思ったことだが、どうやらアランは、カレルの事を酷く嫌っているらしい。クレアから見た限りでは、嫌いになるような要素はどこにも見当たらないが、アランは忌々しげにカレルを睨みつけている。

  「それならばあなたも同じではありませんか。アルベル様の参謀である事を知らぬ者はいない。」

しかし、この表現は正確ではなかった。実際、広く知られているのは『カレル・シューイン』という名前だけだ。カレルを見て、彼がその本人であると気付く者など殆どいない。平時に身に着けているのは護身用の短刀のみという身軽な格好から、もっぱらアルベルの従僕と勘違いされる事が多く、本人もそれを否定しようとしないため、その誤解が広がっているのだ。また、カレルが滅多に表に出てこようとしない事も、『カレル・シューイン』の実像を曖昧にさせている要因のひとつとなっている。

実際、王やウォルターは、いつもアルベルの影に隠れるようにして後ろに控えているこの男が、漆黒の頭脳としてアルベルを大き く支えているらしい事を、話として知っているだけで、実際にそういう場面を見たことがなかった。王にいたっては、カレルがこんなにしゃべるのを見るのすら初めてだった。

興味深げな視線が集まる中、カレルはアランの追求に困ったような表情を浮かべた。

  「自分もそう申し上げたのですが、団長の意思は固く、状況から『一時的に』という事で引き受けざるをえず…」

アランは苛立たしげに指先でトンと机を叩いた。その動作は激しいものではなかったのだが、それでもカレルを黙らせるだけの威力はあった。

  「引き受けなければよい話ではないですか!そうすればアルベル様も…」

アランがカレルを激しく責めようとするのを、ウォルターが止めに入った。

  「それ程までにアルベルにこだわることはなかろう。」

  「しかし!」

アランが反論しようとしたが、ウォルターは耳を貸さず、カレルに向かって言った。

  「奴がお主を指名したのなら、お主が団長になればよい。ワシは依存はない。」

  「そんな…!」

アランは愕然とした。アルベルの後ろ盾であるはずのウォルターにそう言われてしまっては、本当にアルベルが団長を辞めてしまうことになる。それなのに、自分はこの職にとどまらなければならないとは。それだけは何としてでも避けなければ。王が承諾してしまっては最早取り返しがつかない。しかし、こういうときに限って思考は空転するばかり。とにかく何とかしてウォルターを説得しなければと口を開きかけた、その時、

  「自分はアルベル団長以外の団長を受け入れる気はありません。」

カレルがキッパリと言った。彼特有の軽い口調ながらも、表情は真剣だ。

  「団長が型破りな傘を大きく広げていてくれたから、自分はその下でのびのびとやってこれました。それはこれからも変わりません。」

  「型破りな傘か…。成る程の。」

ウォルターの目がちらりと笑う。カレルの答えに満足したように見えた。

  「アルベル団長がその傘を閉じるなら、自分も退くのが筋だと心得ています。しかし、今はその時ではない。」

カレルはそう断言したところで言葉を切った。カレルは話に人を引き込むのが実に上手い。アランでさえ、黙ってカレルが次に何を言うかを待っている。

  「団長は誰よりもまっすぐで、誰よりも人の痛みが分かる人です。そして、それを受け止める強さ、優しさを持っている。そういう人こそが、これからの時代を担っていくべきだと、そう確信しているからこそ、自分は団長の言い分を一時的に受け入れたわけです。」

アランもそうだが、このカレルもクレア達とは全く違う印象でアルベルの事を捉えている。

  (…いいえ、私の方が間違っているんだわ。)

クレアは遺跡で垣間見えた、アルベルの不器用な優しさを思い出した。

  「一時的に受け入れて、どうするつもりですか?」

アランの口調から、幾分か鋭さは消えていた。

  「団長のイメージが悪いのは事実です。けど困ったことに、団長はそれならそれでいいと、少しもご自身を曲げようとなさらない。そういう人である以上、そのイメージを払拭してやるのは…」

カレルはアランの目を覗き込むようにして微笑んだ。

  「周りの人間の仕事です。」

何故カレルが団長代理を引き受けたか、その真意を悟ったアランは、悔しそうに目を落とした。『周りの人間』とはアランのことも含んで言っているのだ。

カレルを気に入らぬ最大の理由はコレだった。アルベルの事となると途端に周りが見えなくなってしまう愚かな自分に対して、アルベルの事を誰よりも深く理解し、アルベルの為に常に最善の方法を導き出す事が出来るカレル。間違いなくカレルの方がアルベルの腹心として相応しい。そう認めざるを得ない事が悔しくて堪らない。

カレルは王に向き直った。

  「『歪みのアルベル』を上手く利用すれば、ひいてはこの国のイメージを効果的に変えることにも繋がると思われます。」

  「ほう?」

王はその話に強く興味を引かれ、漆黒の頭脳のお手並み拝見と身を乗り出したところで、カレルがまだ立ったままだったことに気付き、着席させて改めて聞いた。

  「具体的にはどうする?」

カレルは居心地悪そうに末席に座ると、「雪祭りということで考えてきた案がこれですが…。」と漆黒でまとめた『雪祭り案』を提出しつつ、

  「祭の範囲をもっと幅広くして頂けませんか。」

と新たな企画を持ち出したいと言った。

  「範囲を広げる?」

  「武闘大会を入れる事を強く勧めます。アーリグリフ対シーハーツで。」

アーリグリフ対シーハーツ?それは聞き捨てならないと、クレアはすぐさま口を開いた。

  「二国の友和の為にこの祭を行おうとしているのに、どうしてわざわざ戦争を連想するような事をする必要があるのですか?」

  「連想させる為にです。勿論、必要以上に感情を昂ぶらせないようにキメ細かい配慮が必要ですが。そうして戦争を連想させておいて、舞踏会を開くんです。」

  「舞踏会?」

  「武器を捨て、手に手を取って踊る。戦争から友和へ。規模を小さくして再現させ、それを体験する中で、国民に実感として受け入れさせるのが狙いです。」

王は成る程と頷いた。

  「つまり、アルベル自身を、戦争が終わったという、一つの象徴にするというわけか。」

だが、クレアは納得がいかなかった。

  「…そんなに上手く行くものでしょうか。」

すると、カレルはクレアに質問してきた。

  「シーハーツにとって『歪みのアルベル』といえば?」

  「…恐怖の対象…でした。」

  「それが剣と鎧を脱ぎ捨て、美しく着飾って優雅にダンスを踊ったら?」

アルベルの威圧するような目、禍々しい鉄の爪、人を拒絶する雰囲気を思い浮かべた。そんな人間が女性の手をとってダンスを?

  「想像できないでしょ?」

  「はい。」

クレアは正直に答えた。

  「見てみたいと思いません?そういうアルベル団長の姿を。」

  「それは……そう…ですね。それが本当に実現するなら。」

歪みのアルベルが武器を捨てて、そうして女性の手を優しく取ってくれるなら、これ程喜ばしい事はない。するとカレルは楽しそうにニンマリと笑い、

  「実現させます。」

と断言した。

  「団長の優雅なダンスに皆驚き、そしてその美貌に心惹かれる者が少なからず出てくる。そうすれば今までの悪い印象なんか、かるく吹っ飛ぶでしょう。」

そんなに簡単にいくわけがない。その軍略・知略において右に出るものはいないと言われたカレル・シューインから、まさかそんな三文小説のような話を聞かされようとは。クレアは落胆しかけたが、

  「『美しい』というのは人を好ましい感情にさせます。そして、『好ましい』ものは『良い』と感じてしまう。人が美人に騙されやすいのもそのせいです。」

と、カレルは心理的な裏づけがあることを説明した。クレアはドキリとした。アランの事を優しい良い人だと未だに思い込んでしまっているのは、まさにそのせいではないか。

  「人間は主に視覚で物事を判断する性質があります。その為、見かけも非常に重要なんです。群集に対しては、特に。」

王もカレルの言葉に頷く。

  「確かにカレルの言う通りだ。俺も王座についてまずした事は、髭を生やす事だった。若造というイメージを払拭する為にな。」

王はそう言うと、幾度か頷いた。

  「いいだろう。大筋はこれでいこう。この雪祭りの案も実に面白い。後の細かい部分はお前達に任せる。」

そう言って満足げに席を立とうとする王を、ウォルターが呼び止めた。

  「王よ。ちと宜しいですかの。」

  「何だ?」

  「アルベルに倣うわけではないが、ワシも代理を立てたいのじゃが。」

  「まさか、お前も辞めると言い出すのではないだろうな?」

  「いやいや、王がワシを必要として下さる限りは、この老体に鞭打ちましょうぞ。じゃが次の世代を育てる必要もある。此度の件は、丁度いい機会じゃと思いましてな。」

  「そういうことなら良いだろう。」

  「若者同士の方が話が合うじゃろうて。」

ウォルターは一人の男を呼び入れた。側近の一人、ハロルド・ベッカーだった。彼は30代半ばで、優秀な青年だった。彼の引き結んだ口元に、真面目さが滲み出ている。



王と共に退席する際、ウォルターはカレルに声を掛けた。

  「カレルよ。お主には苦労を掛けるな。」

それは紛れもなく「アルベルを頼む。」ということ。カレルに団長になればいいと言ったのは、カレルの本心を試す為だったのか、はたまた本気であったのか、それはわからなかったが、カレルは恐縮して頭を下げた。

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■あとがき■
ようやくリクエスト「アラアルで舞踏会 」にお答えできそうです;。ホント遅くてすみませぬ…。
アランは、アルベルの腹心に相応しくない自分を心底悔しがっていますが、カレルに言わせれば、それは当然のこと。そこら辺は後々。