小説☆アラアル編---二つの国(7)

王とウォルターが出て行くと、カレルはふぅと肩の力を抜いた。ちゃんとした敬語も使おうと思えば使えるし、礼儀作法もやろうと思えばやれる。けれども、そういう堅苦しい事は心底苦手らしい。クレアがちらと微笑むと、カレルはそれに気付き、「肩こった。」と二ッと笑って、椅子の背に寄りかかろうとした。だがその時、

  「カレル・シューイン。」

とアランに呼びかけられ、カレルは「はいっ。」と慌てて身を起こし、再び姿勢を正した。

  「あなたがアルベル様に復帰して頂く為に尽力するというのを、信じてもよいのでしょうね?」

  「勿論。引退なんて絶対にさせません。」

カレルはそう言ってにっと笑い、すぐに真面目な顔になった。

  「ただ、旦那抜きで事が上手く運んでしまったら、人は本当に旦那を必要と感じなくなってしまう。それだけは何としてでも避けないと。この祭にいかに旦那を関わらせるかがとても重要です。その為には、隊長にもご協力願いたいんですが。」

アランは、その本心を量るかのようにしばらくカレルの目を見ていたが、やがて、

  「アルベル様の為なら止むを得ません。」

と承諾した。そんな二人の会話をクレアは複雑な思いで見ていると、

  「一つ伺いたいのですが。」

と、ハロルドが口を開いた。

  「この祭はアルベル団長の為に行う祭ですか?」

クレアは良くぞ言ってくれたと心の中で拍手した。それはクレアも言いたかった事だった。しかし、あまりにアルベルの事を心配するアランの前では言えずにいたのだ。恐れていた通り、その一言でアランは表情から柔らかさを消した。だがハロルドには、立場はアランの方が上だとしても自分の方が一回り年上であり、そして能力に於いても引けを取らぬという自信が見えた。

  「勿論、シーハーツとの友好的な関係を築く為ですよ。」

アランが口を開くより早く、カレルが割って入った。アランの爆弾発言を恐れての事だった。切っ先を制されたアランは、チラリとカレルを見やった。一方ハロルドは、カレルの、他に何があるのかという風なシレッとした口調にむっとしたようで、格下を見る目つきでカレルを見た。隊長直属の部下というところで対等、しかし出身の差でカレルを見下しているのだ。ハロルドは士官学校の出であった。

  「とてもそうであるとは見えないが。」

  「アルベル隊長云々はこっちの話ですから。責任はちゃんと果たしますので、ご心配なく。」

と、カレルは遠まわしに「あんたは関係ない。」と言ったのだが、ハロルドは気付いた風はなく、責任は果たすと言われた以上、取り敢えずのところは矛をおさめた。



しーん。

クレアの隣でハロルドはむっつりと黙り込んでいる。その向かいに座るアランは素知らぬ顔。その隣のカレルは遠慮して自分から口を開こうとせず、その向かいにいるクレアに目配せしてきた。

  (なんかしゃべってくれ。)

  (え?私が?)

  (いーから!)

カレルに促され、クレアは恐る恐る口を開いた。

  「…そろそろ、本題に入りませんか?」

ハロルドはクレアには好意的なようで、すぐに態度を軟化させた。だが、アランはそれを突っぱねた。

  「本題に入ったところで、私には何の考えもありません。」

この祭に全く関心がない事を敢えて全面に打ち出すことで、自分が動くのは全てはアルベルの為だという事を際立たせたのだ。クレアとハロルドが唖然とするのを見て、

  「まぁ、昨日の今日ですから、まずは皆の考えを聞かれたらどうですか?」

と、カレルが慌ててフォローに入ったが、

  「では、あなたからどうぞ。」

と、お前達で好きにすればいいという態度で、しっかり駄目押しした。これで決定的だ。カレルは心の中で溜息を付いて、王に見せた案を皆に説明した。

  「漆黒で考えてきた雪祭り案ですが。高台にアーリグリフ三軍でそれぞれ雪像をつくり、それぞれの芸術性を競ってはどうでしょう。気に入った雪像の前に、雪の玉を置いてもらうとか。」

  「何の雪像をつくるのですか。」

ハロルドが聞く。

  「それは各団の自由で。」

  「選んだ題材によって、人の好みが左右され、審査にバラつきが出るではないですか。」

カレルはいつも以上に冷めた目でハロルドを値踏みした。確かに目の付け所は悪くないし、頭も悪くはない。だが、融通がきかな過ぎる。「もしライマーが風雷に行っていたら…」と、考えても仕方のない事を考えそうになって、それは置いといて丁寧に説明してやった。

  「人の心を掴める題材を選べるかどうかも勝負の内ですよ。どの軍が最も国民の気持ちを理解できているかってのがハッキリするかもしれませんね。」

たかが雪像作りに、そこまでの意味を盛り込んでしまうとは。クレアは感心する思いでカレルを見ていると、「次、どうぞ。」と発言を求められた。

  「バザーを開いてはどうかと思ったのですが。」

  「成る程!」

カレルが嬉しそうに頷く。こんな風に賛成してもらったら気持ちがいい。

  「教会でよく行われるのですが、家庭にある不用品や手作りの物などを売って、その売り上げを寄付したりするのです。二国間の友好の為に利用すればよいのではと。」

  「手作りといいますと…例えば?」

そんなハロルドの質問にクレアは答えた。

  「日持ちのするクッキーやケーキ、可愛いしおりやカードなどを作ったりしています。」

  「風雷だったら、ルムの革製品とかいいんじゃないですか?兵士の中でも、探せばそういうのが得意な奴が絶対いるでしょうし。」

カレルが段々饒舌になってきた。公式の場であると抑えていた祭熱が、ふつふつと上がり始めたのだ。

  「そうだ、アラン隊長は料理がお上手だと聞いてます。何か作られてみてはどうです?」

  「私が?」

カレルに話を振られ、しかもその内容にアランは顔を顰めた。

  「材料を分量通りに量って、手順どおりにすれば誰にでも出来る事でしょう?上手かどうかなど関係ありませんし、するつもりもありません。」

それが上手く行かない人間もいるのだ。料理が決して得意とはいえないクレアはずーんと落ち込んだ。

  「それなら、レシピを貰えません?それさえありゃ、後は他の者に任せりゃいいんですから。アラン隊長のレシピって事になったら、ごく普通のクッキーでも飛ぶように売れるでしょう。」

  「…。」

  「出来れば、隊長のオリジナルレシピがいいんですけど。」

お願いしますと、カレルの目が訴えていた。そこには祭を成功させたいという強い思いが見えた。確かに祭が失敗すれば、祭に絡めてアルベルを団長の座に呼び戻すという計画も不発に終わるだろう。それにアルベルの為に協力すると約束したばかりだ。

  「…いいでしょう。」

アルベルが気に入ってくれている料理のレシピは誰にも渡したくないが、アルベル好みに改良を加える前のものならばもう必要ない、とそこまで考えて、ふとカレルを振り返った。

  「誰に聞いたのですか?」

  「え?」

  「料理の事を。」

  「……旦那に。」

  「アルベル様がそう仰って下さったのですか?」

料理が上手だという話だ。カレルはただニッコリとした。その質問に対して「はい。」と答えれば、それは嘘になるからだ。

  『旦那。近頃なんか血色が良くなってきましたね。』

  『最近まともなもんを食えるようになったからな。』

  『へぇ。』

実際は、ただそれだけの会話。それと、アルベルが殆ど外食しなくなったとか、以前は平気で食べてた不味い料理を受け付けなくなったとか、その他様々な細かい断片から、そこら辺の事情を推察したのだ。だが、アランが微かに嬉しそうな表情を浮かべたのを見て、それは言わないでおいた。

  「あなたは何かありませんか?」

クレアから聞かれると、カレルは「えー…」と真剣に悩み始めた。

  「金に繋がりそうなのは…うーん…。」

料理に関しては、ライマーから『二度と人に食わせようとするな。』と、きつーく言われているし、工作関係も何を作るにしたって、果てしなくへっぽこな始末。唯一、我ながらイイ出来だと思えるのは、自作の人物辞典。これまで出会った人の特徴、性格、長所短所、嗜好、癖、交友関係、誰と付き合って誰と別れたまで、知りえた情報の全てを、つらつらと書き溜め続けている代物がある。これを読めば、実際に会って話をしなくてもその人間の事が詳しく分かるという優れものだ。しかし、こんなもんを書いてるのがバレたら、一瞬で友達をなくすだろう。一応、悪趣味であるという自覚はある為、暗号を使って書いている。後は…。他に何かないかと悩んでいると、アランが、これまでの会議の内容をさーっと書きまとめ始めながら、

  「将棋はどうですか。」

と、それまでの無関心な態度を改めて、協力姿勢に転じた。目的の為に、さっと気持ちを切り替え、すっぱり割り切ってしまう。カレルはアランの頭の良さは勿論、こういうドライなところが特に気に入っていた。

  「成る程、賭け将棋ですか。…本当は碁の方が得意なんですけどね。碁はしない人が多いからなぁ。」

カレルに将棋で負けたことのあるアランとしては面白くない話だったが、それは飲み込んで話を進めた。

  「チェスの方が一般的かもしれませんね。チェスもされるのでしょう?」

  「一応は。…いっそ好きなの選んでもらいましょうか。囲碁・将棋・チェス・オセロ…と。一回100フォル。勝ったら賞金500フォル。庶民感覚でいくとするなら、相場はそんなとこでしょう。けど、そんなのやりたがりますかねぇ…?」

カレルとしては、色んな人と対局できるのは面白そうだし、中にはきっと強い人もいるだろうから、是非やってみたいとも思う。しかし、美女が座っているならまだしも、何の変哲もない自分が座って待ってたって、誰も来やしないだろう。すると、アランが解決案を出した。

  「漆黒の頭脳との頭脳勝負というフレコミなら人は集まるのでしょう?あなたの考えそうな事ではありませんか。」

『漆黒の頭脳』などという大層な通り名を聞く度、首筋がむずむずと痒くなる気がする。カレルは首をカシカシと掻きながらも、それはその方向で受け入れることにし、別の問題を指摘した。

  「…それに、俺が勝てなかったら大赤字ですね。」

だが、アランはその問題もあっさり解決してみせた。

  「負けた分はあなたの自腹です。」

  「はっ!?」

  「自信がないならば、やらなければよいでしょう。しかし、赤字の出る可能性を知った上でやる以上は、負けた責任は取って頂かないと。」

アランはくすっと笑った。どうやら挑発しているようだ。

  「…まぁ、自腹の方が気が楽ではありますね。」

  「どうしますか?」

やるのか、やらないのか。アランはペンを止めてその企画の事を書くのを待っている。カレルは即断した。

  「賞金は1000フォルにして下さい。その方が必死になるだろうから。」

賞金を倍に跳ね上げた事にアランは驚いたが、言われた通りに1000フォルと書いた。

  「そういうノリがOKなら、まさに漆黒向きです。旦那にも何かやってもらいたいし、漆黒で話し合ってきます。」

  「明日までに企画書を提出して下さい。ただし、私が気に入らなければ却下しますので、時間の無駄にならぬようお願いします。」

  「はい。」

つまり、気に入られないような案は端から持ってくるな、ということ。特にアルベルに関する企画は厳しくチェックするつもりだろう。カレルは早速いろんなアイディアを考え始めた。

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■あとがき■
またマイキャラかよ!自分で突っ込んどきます、ハイ…。