小説☆アラアル編---二つの国(8)

  「では武闘大会についてですが、これはあなたの発案ですので、あなたから凡その流れを説明してください。」

アランがカレルに振った。アランが議長になった途端、話がするすると進んでいく。

  「アーリグリフは三軍から一人ずつ。シーハーツから対戦者を出してもらい、一対一で試合をしてもらいます。勝敗は一勝一敗一引き分けで。」

  「では私が負けましょう。アルベル様は必ず勝たれるでしょうから。風雷は引き分けで良いですね?」

  「は?」

話の展開が速すぎてついていけず、ハロルドは戸惑った。クレアも同様だ。

  「それはつまり…八百長試合ということですか?」

  「最終的な勝ち負けを決めるだけです。」

カレルのシレッとした口調がハロルドの癇に障ったらしい。

  「それを八百長試合というのだ。そんな真似は出来かねる。」

と撥ね付けた。カレルはイラッとした表情を浮かべた。自分の可能性を自ら断ち切る『出来ない』という言葉。カレルが最も嫌う言葉だった。

  「じゃ、出来る奴を出して下さい。」

暗に「別にお前じゃなくていい。」と言ったのが、今度はわかったようだ。ハロルドはカッとなった。

  「風雷にはそんなふざけた人間はおらん!」

  「では、アルベル様に引き分けさせろと言うのですか?」

アランが冷静に突っ込み、ハロルドを見据えた。

  「正々堂々と試合をすればよいではないですか!」

  「どちらが勝つにせよ、勝ち過ぎれば遺恨が残ります。」

  「実力によって勝ち負けが決まるのは当然のことでしょう!?」

ここでカレルは気を取り直し、この場を治めるために下出に出た。

  「説明が足りなかったようで。この武闘大会は飽くまで舞踏会の前座なんです。アーリグリフとシーハーツの戦いを、良い形で見せるのが目的です。模範試合と思って頂けたらいい。」

  (良い形?)

その表現に、クレアは引っかかるものを感じた。カレルの説明にアランが補足する。

  「例え模範試合としても、誰が見ても間違いなく最強であるアルベル様が引き分けなど、決して有り得ないし、誰も認めないでしょう。」

ハロルドも、その説明には納得がいったようだった。

  「…わかりました。試合には私が出る事になろうかと思います。アラン隊長殿が潔く負け試合を選んで下さった心意気にお答えしましょう。」

と、ハロルドが気持ちを切り替えて承諾するのを、カレルは面白くなさそうにちらりと見た。

  (納得するまでに時間は掛かるが、全く話の分からん奴でもない…。)

ハッキリダメならこんなに気にする必要はないのに。カレルはその中途半端さにイライラした。ライマーが風雷に行っていたなら、この男の出る幕などなかったはずだ。

  「それではシーハーツからは…」

アランが話を進めようとしたとき、

  「待ってください。」

とクレアが止めた。正面に座るカレルをまっすぐ見据える。

  「つまり、あなたはこの武闘大会で、あの戦争を美化しようというのですか?」

カレルはクレアの言葉に驚いた。

  「いや、そんなつもりはさらさら…」

  「あなたはこの大会で先の戦争を再現すると仰いました。それを現実よりも格好の良いものに仕立てようとするのは、美化しようとしている以外の何物でもありません。」

カレルはそんなクレアをじっと見、

  「アーリグリフが如何にシーハーツを踏みにじったか。シーハーツの平和を理不尽にも奪ったか。アーリグリフはそのことを自覚して、心からの反省をし、傷ついた人々に許しをこうて罪を償って欲しい。一生消えることのない罪の意識を背負って生きて欲しい。」

そう、一息に言った。

  「!」

言いたかった事を全てカレルに言われてしまって、クレアは開きかけた口を閉じざるを得なくなった。じっとこちらを見る目と目が合う。カレルの目は虹彩の色が薄いせいで、ガラスのように透き通って見える。重ねると青い色が深まっていくような、そんな色だ。冷たい感じはしない。だが、その透明な瞳に心の内を見透かされているような気がして、少し怖い。そんなクレアの怯えを感じ取ったのか、カレルは口調を少しだけ和らげた。

  「それは、実際に戦争に関わったトップの人間がすべきことだ…と、俺は思う。アーリグリフの人間だって大多数が戦争の被害者なんだって事をわかってやって欲しい。」

  「それは分かっているつもりです。でも…!」

こちらの気持ちをわかって欲しくて、言い募ろうとするのを、アランが遮った。

  「そういった議論は個人的になさって下さい。話はもう既に先の段階に進んでいるのです。」

冷ややかな口調に、場がシンと静まり返る。クレアは一瞬怯んだ。だがこの時は、持ち前の負けん気の強さの方が勝った。

  「我が君シーハーツ王女は『あなた方の道が正しくある限り協力するように』との仰せです。そして、その全て私の判断に委ねられています。…このままでは納得がいきません。」

つまり、クレアがNOと言えばNOという事だ。アランはクレアの頑とした表情に苛立ちを覚え、ぐうの音も出ぬほどに徹底的に潰そうとしかけて、ふと気付いた。

そもそも二国協和の話がなければ、アルベルが辞めるなど言い出さなかったはずだ、と。

  「ではこの話は無かった事に―――」

アランは書きかけていた企画書をさっさと片付け始めた。それをカレルが止めに入った。

  「ちょっと待ってください!今ここでシーハーツと手を結べなければ、近い将来、また戦争になってしまいます。」

だが、アランは素っ気無い。

  「仕方が無いでしょう。元々この話は現実的ではなかったということです。」

切り捨ててはいけないものまでバッサリ捨ててしまうところがアランの悪い所だ。だが、そうはさせない。

  「今度戦争が起こるとしたら、恐らく暴動という形で始まるでしょう。」

暴動とは聞き捨てならぬ。その場にいた者全てが、カレルの言葉を聞きとがめた。

  「根拠は…?」

  「二国が手を結ぶという事で、国民は強い関心を寄せ、非常に期待しています。この貧しい暮らしが、きっと良くなる…ってね。けど、その期待がはずれたら、間違いなく怒りに変わる。満足に食料を確保できない国なんていらない、このまま餓死するくらいなら…。そう考えだすのも時間の問題でしょう。」

  「しかし、そうなるとは限らないではないか。」

考えすぎだとハロルドが鼻で笑った。だがカレルは、

  「そうならないって保障もないでしょう?あらゆる点から考えてみても、起こる可能性の方が高い。」

とハロルドの楽観論を否定し、話を続けた。

  「今までも戦争に対する国民の強い不満があった。けど、それが暴動にまで至らなかったのは、皮肉にも前疾風団長のお陰なんですよ。ちょっとでも怪しい人間は投獄されて拷問された挙句に殺されるっていう恐怖心が人々を支配していたから。でもその恐怖が無くなった今、これまで積もり積もってきた不満も合わせて、一気に爆発する恐れがある。…今は非常に危険な状態といえるでしょう。」

するとアランがとんでもない事を言い出した。

  「では第二のヴォックスを作ればいい。私がなっても構いませんよ。」

冗談だと思ったのだろう。ハロルドが短く笑った。クレアはどう取って良いのかわからないといった表情だ。だが、アランがそれを本当にやりかねない人間だということを知っているカレルは、二度とそんな考えが起こらぬよう、しっかりと釘を刺しておくことにした。

  「旦那がそれを許すと思いますか?」

途端にアランの表情に動揺が走る。そこに、さらに駄目押し。

  「言い忘れてましたが、旦那は二国協和賛成派ですよ。」

その発言に、クレアとハロルドは意外だという驚きの目を、アランは疑いの目を向けた。

  「…アルベル様がそう仰ったのですか?」

  「いいえ。ご承知の通り、旦那はそんな事をいちいち口にしたりしません。けど、それは確かです。聞いてみられるといい。」

  「…。」

アランは黙り込んだ。思い当たる節があるのだろう。その隙にカレルはクレアの説得にかかった。

  「俺は国とか人種とか、そんなの一切関係なく、仲良く平和に暮らしたい。あんたは?」

  「勿論、私もそうです。」

  「だったら、アーリグリフの愚行を寛大な心で許す事があんた達の第一歩だ。そうしてもらわないと、こっちがいくら謝っても、いくら反省しても、どんなに歩み寄ろうと頑張っても、いつまで経っても距離は縮まない。憎しみは人を歪ませる。憎まれる方は勿論、憎む方だって苦しい。俺はそれを少しでも軽くしてやりたいと思ったんだ。」

カレルはそこでふと溜息を付き、口調を落とした。

  「…もっとも、遺族の人たちはとても祭なんて、そんな気持ちにはなれねぇだろうけどな。」

どうやったら人々を苦しみから救えるのか。カレルが真にそれを考えているのが伝わってくる。辛い出来事を再現し、人々に客観的に見せる事で心の整理をつけさせようという考えなのだという事も理解できる。だが、どうしても彼の事を頭から信じるのは躊躇われた。

今も目に焼きついて離れない、廃墟と化したガスラの光景。

漆黒の非道な破壊行為。

戦略にも性格が出る。そこで見たカレル・シューインの人物像は、狡猾。こちらに剣を抜く暇も与えず、卑怯な手でこちらの作戦を封じ込め、情け容赦なく徹底的に叩きつぶす。『正々堂々』とか『情け』とかいう言葉とは無縁のものであった。だが、目の前に座っている青年からは、そういった感じは一つも感じられない。

あれは本当に彼の戦略だったのだろうか?それとも、今ここで見せられている彼の姿の方が嘘なのだろうか?

実際にカレルと会って話してみて、彼が明るく優しい人であると知った。戦場では悪魔のように見えていた漆黒の兵士たちも、ごく普通の青年たちなのだと、私たちと何も変わらないのだと知った。だから、水に流そうと決めた。

だが、本当にそれでいいのだろうか?戦争を良い形で見せるという彼の考えを、クリムゾンブレイドとして受け入れてもいいのだろうか?ひょっとしてカレルの本質を見誤っているのではないだろうか?上面に騙され、良いように言いくるめられているのではないだろうか?戦場でもそうだったように、いつの間にか彼の思惑通りに動かされてしまっているのではないだろうか?

わからない。けれども、彼が何を考えてあのような作戦を取ったか、それを知ることで、この人を本当に信じて良いのか、それが分かりそうな気がした。

クレアはカレルの反応を注意深く窺いながら、慎重に口を開いた。

  「ガスラを…覚えていますか?」

  「勿論。」

カレルは表情を動かさなかった。だが、一瞬だけ彼の瞳に深い翳りが過ぎったのを、クレアは見逃さなかった。

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