小説☆アラアル編---二つの国(9)

要塞の街ガスラ。700年前のトラスト戦争の時に建造されたと記されている。やがてそこに人が住むようになり、長い間、要塞の意味合いは薄れていたが、アーリグリフとの戦争に際して再び本来の役割を果たしていた。クレアは街の門前に部隊を展開し、漆黒の進撃を阻もうとしていた。街は高い壁に囲われ、高台から遥か四方を見渡す事が出来る。死角はないはずだった。ところが―――。

  「クレア様、大変です!」

  「どうしたの?」

  「街のあちこちで煙幕が!」

外へ出てみると、ピンクや青や緑など色とりどりの煙が発生し、一寸先も見えない状態になっていた。こんなに濃い煙幕は初めて見る。恐らくアーリグリフが新しく開発したのだろう。しかもこの派手派手しい色。人を馬鹿にしてるとしか思えない。と、その時、

ドーン!

地面を揺るがす程の大音が響き渡った。

  「!!…あれは…爆発音!!?」

ドーン!ドーン!!

爆発音が次々と轟き始めた。城壁を爆破しているに違いない。クレアは動揺する部下達に向き直った。

  「まず、第一に街の人々を安全なところへ避難させて下さい。敵は放っておいて構いません。この視界では敵もこちらが見えないはずだから。視界が遮られている以上、敵も攻撃はしてこないでしょう。」

その素早い状況分析に、部下たちはたちまち落ち着きを取り戻した。クレアはそこで更に皆を安心させる為に、ニッコリと笑顔を見せた。

  「煙幕のおかげで、敵に隠れて行動がとりやすくなりました。地の利がある分、こちらの方が有利です。煙幕を上手に利用させて貰いましょう。」

部下達の顔にも笑みが浮かぶ。クレアはその笑顔を一通り見渡し、しっかりと頷いた。

  「私は施術部隊と共に高台に上って風を起こします。煙を飛ばし、視界が開けると同時に攻撃の合図を出します。あなた達は煙が引くまで身を隠し、いつでも出撃できるように準備しておいてください。」

  「はいッ!」

クレアは施術部隊を率いて裏山を削って作られた高台へと向かった。



街の往来では人々がパニックに陥っていた。

  「皆さん、落ち着いて下さい!」

部下たちは街人に必死で呼びかけたが、視界が遮られ、どうなっているのか分からない状況の中ではどうしようもない。そして、ここで予想外の事が起こった。爆発音が街の中でも起こり始めたのだ。

  「奴ら、街を破壊する気だ!」

要塞に隠れて攻撃準備をしていた兵士たちの間にも恐怖が広がった。

  「建物の中は危険だ!早く外へ!」

  「捕まったら殺されるぞ!北門から逃げろ!」

人々は口々に叫びながら、全てを捨てて町の外へと逃げ出した。煙幕と爆破による煙で周囲の様子が全くわからない中で、「こっちだ!」という呼び声を頼りに前に進んだ。そして命からがら逃げ出して、ようやく薄れてきた煙の先には黒い影。

  「あれは…まさか!?」

人々は目の前の光景に愕然とした。なんと漆黒軍のまん前に飛び出してしまっていたのだ。完全に袋小路にはまり、逃げるまもなく取り囲まれた。向こうに見えるのは、既に捕まっている仲間たちの姿。

  「時間は?」

漆黒の眼光鋭い青年が捕虜達を見渡し、後ろに控えている部下に聞いた。

  「あと15秒です。」

その時、ピューッと空を切り裂くような音が街の方から聞こえ、真っ黒い煙幕がまるで生き物のようにモウモウと街に充満しはじめた。

それに答えるように兵士の一人が片耳をふさぎながら花火を打ち上げた。花火が物凄い音を発して空へ飛んでいく。

  「爆破部隊、撤退を開始。1分後に本隊と合流します。」

それを待っていたのだろう。青年はくるりと踵を返した。

  「退くぞ。」

  「了解。」

その青年の左腕には鉄の爪。その忌まわしい爪を見て尚、抵抗しようとする者は誰一人としていなかった。



その頃、クレアは高台に上ると部下とともに施術を発動させて風を起こしていた。自然の風を施術によって増幅させ、街に向かって吹き降ろす。膨大なエネルギーを消費し、集中力が途切れそうになる。

  「皆、頑張って!」

  「はいッ!」

しかし、煙幕を吹き飛ばして徐々に見えてきたのは、ガスラの変わり果てた姿。そして、漆黒は既に退却した後であった。

クレアが急いで高台から降りてくると、難を逃れた者たちが三々五々集まってきた。女子供、年寄りは解放されたが、街の男と大半の部下達は漆黒に連行されてしまったらしかった。恐らくはカルサアで可能な限りの情報を吐かせられ、処刑されるのだろう。

街は完全に破壊され、瓦礫の山と化していた。愛する者を失い、長年住み慣れた街を失い、全てを失って絶望する人々。

戦争とはいえ、ここまで徹底的に街を破壊する理由があるだろうか?漆黒の非道な破壊行為にクレアは唇を噛み締めた。

完全な敗北。戦う暇もなかった。

しかし、いつまでも悲しみに浸っているわけには行かない。クレアは残った部下たちとすぐさま怪我人の手当てを行い、瓦礫の下に取り残されている人がいないか確認してまわった。

  「クレア様。」

部下が暗い表情でクレアに耳打ちしてきた。

  (食料が全て略奪されています。)

その知らせを聞いたクレアは怒りに身を震わせた。この上、食料まで奪うなんて!一体どれ程のものを奪えば気が済むのだろうか。部下が心配そうに見守る中、しばらく目を瞑り、やがて静かに言った。

  「…この街を離れましょう。」

いつまた漆黒が襲ってくるかわからない状況だ。クレアは街人達を何とか励ましながら、ガスラを後にしたのだった。

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