小説☆アラアル番外編---祭〜番外編

雪を運んでくる組。城を作る地面を平面に整える組。運ばれた雪を木枠に詰め、雪のブロックを作る組。それぞれのチームの作業が円滑に進むように、現場を監督していたライマーの元へ、カレルが寒そうにしながら近寄ってきた。

  「会議、もう終わったのか?」

ライマーは作業する内に暑くなって外していたマフラーを渡しながら尋ねた。カレルはそれを受け取り、自分の首にぐるぐると巻きつけた。

  「ああ、今日は確認だけ。…旦那は?」

  「まだだ。」

  「はぁ…来てくれるかねぇ?」

  「来るだろ。律儀な人だからな。」

  「けど、怒らせた……と思う。」

  「…何かしたのか?」

  「まーな。それより、何か手伝う事あるか?」

  「いや、いい。」

寧ろ下手に手を出されては困るというのが本音だ。何事にも向き不向きというものがある。

  「お前は自分の仕事をしろよ。」

  「えー…。」

思いっきり嫌そうな顔をしたカレルを、ライマーはじろりと睨んだ。すると、カレルは顔の前で手袋をはめた手をパンッと合わせた。

  「ちゃんと旦那が来てくれるかもしんねーから、それを待つ間だけでも!」

カレルのお願い口調には折れるしかないのが常だ。

  「…じゃあ、『雪だるまの城の住人』とやらでも作れ。」

ライマーが溜息混じりにそう言ってやると、カレルはぱっと顔を輝かせ、

  「それがいい!さっすがライマー!」

と、嬉しそうに現場の方へ飛んでいった。

  「まったく、大人なんだか、子どもなんだか。」

ライマーは苦笑して見送っていたが、それはすぐに「早速やってくれる…。」という深い溜息に変わった。

実害が出る前に、ライマーはすぐさまカレルの方に歩み寄った。

  「ここは邪魔だ、あっちでやれ。」

  「じゃ、こっちは?」

  「そこも今から雪を運んでくる。それと、その手押し車はこっちで使うし、第一、お前が使ったら危険だ。また怪我人を出すつもりか?そもそも、折角積んだ雪を勝手に持っていくな。」

やることなすこと全てを否定されてしまったカレルは、不服そうな顔をしつつも、素直にライマーの指示を仰いだ。

  「じゃ、どうすりゃいい?」

  「そこの隅の方でやれ。雪は運んできてやるから。」

  「あそこじゃ駄目だ。通りから見えるとこじゃねぇと。」

こうもピンポイントで邪魔なところにいようとするのには訳があるらしい。それならばと、ライマーはカレルの要望どおり、人目に付き、且つ弊害のない所を探した。

あれやこれやとライマーが世話を焼いてくれる。普段決して人に甘える事のないカレルが、イスだ道具だ手袋だと注文を付け、甘やかされる事の心地よさを味わっていたその時、通りを歩いていた人物が親しげに声を掛けてきた。

  「やあ、ライマー君!」

ライマーはその人物の姿を認めるや、

  「ハロルドさん!お久しぶりです!」

と、ハロルドの方に小走りで駆け寄った。二人が笑顔で握手を交わすのを、カレルは複雑な表情で見守った。

  「君がなかなか 風雷 こっち に来ないので、迎えに行こうかと思っていたところだ。」

  「申し訳ありません。」

困った表情になったライマーの肩を、ハロルドは笑って叩いた。

  「ははは、冗談だ、気にするな。いや、本当は本気だがな。君が来てくれたら、良きライバルとして張り合いが出る。」

  「はぁ…ですが…」

以前、やんわりと辞退していたのだが、

  「いや、返事は聞くまい。気が変わったらいつでも言ってくれ。」

と、今回もハロルドはその返事を白紙に戻してしまった。そして、

  「…おっと、部隊長殿の前だったな。いや、失敬。」

と、ここで、今初めてカレルに気付いたフリをした。そのわざとらしさもさることながら、自分の目の前でライマーを引き抜こうとした事が、カレルの勘に触った。

  「いやいや、人の上に立つなら演技も上手くならないと。今のは落第点だ。」

あからさまに人を馬鹿にしたカレルの態度に、ライマーは唖然と振り返り、すぐにハロルドの事を気にした。そして、カレルを睨みつけるハロルドを見つけるや、カレルに代って慌てて頭を下げた。

  「す、すみません。」

  「いや、君が謝る事じゃない。」

  「しかし―――」

ハロルドはライマーの肩に手を置き、諭すように言った。

  「ライマー君、付く人間はちゃんと選ばなくては。」

  「は、はあ…。」

ライマーが背後のカレルを気にしながら曖昧な返答を返すと、

  「私は今、ウォルター隊長の代理を任されている。勿論、人事権も自由に行使できる立場にいる。さっきの話、今こそ真剣に考えてみてくれ。」

と、ハロルドは言い、ライマーの肩をポンポンと叩いて去っていた。



ハロルドが去って、すぐさまライマーはカレルを咎めた。

  「お前…あんな言い方はないだろう?」

カレルはむっつりとして雪玉を作りながら、目を合わせようともしない。

  「……知り合いだったのか。」

  「ああ。以前、世話になったことがあるんだ。」

  「で、風雷に誘われてる訳だ。」

  「まぁ…気に入ってはもらえたらしい。」

  「へえ。」

普段、負の感情を人に見せたりしないカレルが、こんなにも露骨に不機嫌な態度をとるのは余程の事だ。どうやら、カレルはハロルドの事を酷く嫌っているらしい。だが、ライマーには、その理由が分からなかった。ハロルドは裏表のない、あらゆる意味で正直な人間。自分を誤魔化す人間を嫌うカレルの性格からして、そういう不器用さを寧ろ好ましく思うはずなのだが。

二人の間に何があったにせよ、この二人が衝突するのは、今後様々な局面において支障が出る。そして、それがカレルの不利にはたらくと考えたライマーは、とにかく何とかカレルの誤解を解こうと考えた。

  「イソギンチャクと言ってたのはハロルドさんの事だったのか?」

  「自分の考えが正しいと信じて、それに固執する奴にはぴったりなあだ名だろ?」

そう指摘されて、確かに多少頑固な面はあるかもしれないとライマーは思った。だが、それが理由にしては弱すぎる。

  「誰しもお前のように柔軟に物事を考えられるわけじゃない。例え正論から外れていようが、譲れない事だってある。」

すると、カレルは益々不機嫌になった。ライマーはその様子を見て、

  「確かに…多少頑固な人かもしれん。」

と、カレルの言い分を認めつつ、

  「だが、話せば分かる人だし、その点を差し引いても、あの人は優秀な人だ。面倒見がよくて、誰からも慕われている。俺も随分助けてもらった。」

とハロルドを擁護した。

  「…俺に対しては、あんな良い奴じゃなかった。頭から見下して、俺の言う事にいちいちつっかかってきやがって。」

ライマーはしばらく沈黙した。カレルが今まで何度そういう扱いを受けてきたか。そういう時、熱くなるのはいつもライマーの方で、カレル本人は「言わせときゃいいって。」と、けろりとしたものだった。なのに、どうしてハロルドに限ってこんな風につっかかるのか。

  「まあ、そうしたくなる気持ち、全くわからんでもない。」

  「なんで?」

  「俺も最初はお前の事を、嫌いだと思った。」

  「…だろうな。」

それは知ってたことだが、やはりはっきりと言葉にされると少々キツイ。

  「お前はチャラチャラとした、いい加減な人間に見えるからな。」

  「知ってる。」

  「最もそれ以来、俺は人を見かけだけで判断するのをやめた。ハロルドさんも同じだろう。きっとお前を誤解してるだけだ。」

だが、カレルは返事どころか、何の反応も見せなかった。その感情の向きがプラスかマイナスか、判断がつきかねたライマーは、迷った挙句、更に一歩踏み込んだ。だが、それは失敗だった。

  「…とにかく、お前が嫌うような人じゃないことだけは確か―――」

と言いかけたとき、ついにカレルがキレたのだ。

  「お前が気に入っている人間を、俺がどう感じるかは、俺の自由だろ!?」

ライマーは、怒りを剥き出しにしたカレルを真正面からしばらくじっと見つめた後に言った。

  「どうしたんだ?お前らしくないぞ?」

ライマーが認める人間が、悪い人間であるはずがない。頭ではそうわかっていても、心がどうしてもそれについていかない。何より、ライマーがハロルドを庇おうとするのが、腹が立って仕方がなかった。その苛立ちを、そのままライマーに吹き付けた。

  「はっ、らしくないって!今の俺が俺じゃなかったら、じゃあ何だってんだ!?俺は俺だ。どんな時でも!」

またも、らしくない八つ当たり。ライマーは内心戸惑いながらカレルの苛立ちの原因を突き止めようと、口を開きかけた。だがその時、

  「ライマーさーん!ちょっと来て貰えますかー!」

現場の方から呼ばれてしまった。何か問題が発生したのだろう。一瞬、そちらは無視しようかと思ったが、現場の様子からどうやらそうもいかないようだと諦めた。

  「俺は現場に戻る。また後で話そう。」

だが、

  「嫌だ。もうこの話はしたくねぇ。」

と、それっきりカレルは口を閉ざしてしまった。こうなったら、最早何を言っても無駄だ。

  「…そうか。じゃあ、何かあったら呼べ。」

ライマーは後ろ髪引かれる思いで現場に戻っていた。



  「……風雷…か…。」

幾つめかの雪の玉をころりと転がし、それをぼんやりと見ながら、カレルはポツリとつぶやいた。頭の中で何となく思い描いていた事が、にわかに現実味を帯びてきた事に、苛立ちと不安を覚えつつ、とりあえずそれは置いておいて、努めて冷静に考えてみた。

ライマーを風雷にやるなら、今が絶好のチャンスだ。最初のうちは、あの男の下に付くことになるかもしれないが(それも許せない!)、どうせすぐにひっくり返る(ざまあみろ!)。そうなった時、あの男の性格なら、きっと「男たるもの、潔くあるべし」という理念から、ライマーの実力を認め、「忠君愛国」を忠実に守るだろう。…第一、ライマーが認めた人間なら、そういうことでごちゃごちゃごねたりはしまい。そう、何も問題はないのだ。なのに…

  「何で…こんなにアイツを独占したがるんだろーな、俺は…。」

別に今生の別れってわけでもあるまいし―――カレルが吐き捨てるようにそうつぶやいた時、背後から誰かが荒々しく歩み寄ってくる気配を感じた。アルベルだ。

  (3秒で気持ちを切り替える。1…2…3…。)

そして、カレルはいつもの笑顔で立ち上がった。

  「あ、旦那、お早うございますv」

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