小説☆アラアル編---祭(1)

  (1・2・3、1・2・3…)

ふと、歩くテンポが規則的になってしまっているのに気付き、意識して歩調を替える。だが、しばらくするとまたテンポよくステップを踏んでしまっている。

  (右……左…みぎ…ひだ…り…みぎ…ひだ…あーーッ!!くそッ!!)

アルベルはイライラしながら、団長室に向かって修練場の廊下をぎこちなく歩いていた。

昨日は結局あれから1時間、そして寝る前に2時間、みっちりダンスのレッスンを受けさせられた。何事にも完璧でないと気の済まないアランの指導は、言うまでもなく非常に厳しく、注文はミリ単位にまで及ぶ。足先の方向から、手の高さ、頭の向きに至るまで、決して妥協しない。そんなアランの要求に答えるには、全神経を集中をしなければならないというのに…。

  『背筋を伸ばして…。こちらの動きを感じて、流れに沿うように…。』

アルベルは耳を指先でなぞった。そこにアランの柔らかい声がまだ残っている。

アランの腕の中で、心地よいぬくもりと優しい香水の香りに包まれる。それは、ベッド以外では今までにない事だった。それだけに、ついよからぬ事を考えてしまう。ダンスを踊りながら、その邪念を払うので必死だった。

大体、何でダンスを踊らされるはめになるのか。このイライラは、この事態を引き起こした張本人であるカレルにぶつけなければ気が済まない。アルベルは怒りに任せて勢いよくドアを開けた。

シーン

そこには誰もいなかった。カレルの机の上はきちんと片付けられたままになっている。途中で席を立っただけなのなら、開いたままの本や書きかけの書類が置きっぱなしになってるはずだ。

  (今日も会議か…。)

怒りを発散させるのは先延ばしだ。そう思って自分の席に着こうとして、そこに書置きがあるのに気付いた。

  『旦那へ。アーリグリフまで御足労願います。場所は下の地図参照。手袋を忘れずに。』

  「はぁッ!?」

アルベルは思わず声を上げた。それならカルサアには来ずに、自宅からアランの飛竜に乗って、直接アーリグリフへ行っていたのだ。「何で早めに知らせねぇんだ。」と文句を言いつつ、続きを読んだ。

  『因みに、この事は昨日送った手紙に書いてたから、よもやこれを読むようなことはないだろうとは思ったのですが、一応、念の為に書置きしておきますねv』

カレルの言わんとするところがピンときたアルベルは、握力の限りにその書置きを握りつぶした。

  「あいつめ〜〜ッ!!」

確かに昨日、部下が自宅までカレルからの手紙を持ってきた。だが、てっきり会議の内容を書いて寄越したのだと思って、開けもせずに捨ててしまったのだ。カレルはそれを見越したに違いない。そして、口頭で伝えさせるだけで十分な内容だったのにも関わらず、それをわざわざ手紙にし、そしてこの書置きを残したのだ。

  「い〜だろう!来いと言うなら、行ってやるッ!!」

手の中でガチガチに圧縮された書置きを地面に叩きつけると、アルベルは入ってきたときよりも更に荒々しく部屋を出ていった。





指定された場所に行ってみると、高台で兵士たちが、それぞれの軍に分かれて雪の積み上げ作業をしていた。三軍対抗で競い合う雪像を作っているのだろう。 整然と効率よく雪を運んでいるのが疾風。黙々と作業しているのが風雷。そして、やたら楽しげで賑やかに作業しているのが漆黒だ。

その現場から少し離れたところで、座り込んで何やら作業しているカレルの後姿を発見した。

  (見つけた!)

寒さで萎えかけていた怒りのボルテージが一気に上がる。アルベルは雪を蹴散らしながら、ずかずかと歩み寄った。その勢いに、カレルが気付いた。立ち上がって笑顔でアルベルを迎える。

  「あ、旦那、お早うございますv」

  「てめぇッ!一体、どういうつもりだッ!」

アルベルは開口一番そう怒鳴りつけた。

  「何がですか?」

  「あの白々しい書置きだッ!」

すると、「あはは、予感的中♪」とカレルは無邪気に笑った。そして、ウィンクとともに、

  「手紙はちゃんと読みましょうねって事ですよ。」

と、こちらの落ち度を指摘されてしまえば、最早何も言えない。

  「〜〜〜ッ!!てめぇは、いつかぶっ殺す!!」

アルベルが悔し紛れにそういうと、カレルは笑ってアルベルをなだめ、

  「まあまあ。そんなことより、ハイ、これ。」

と、厚手の手袋を差し出してきた。

  「どうせ持ってきてないでしょ?」

つまり、全てお見通しということだ。いつもこうだ。こうしてカレルにはいつも勝利を持っていかれる。アルベルは腹立たしいやら、悔しいやらで、気持ちのもっていき場所がなくなった。カレルはそんなアルベルを慰めるように、背中をぽんと叩き、自分の作業を見せた。そこには色んな大きさの雪の玉が転がっていた。

  「さ、ここで雪だるまを作ってください。」

  「はぁ!?」

事態が飲み込めてないアルベルの為に、カレルはしゃがんで二つの雪の玉を手に取ると、一つにくっ付けて雪だるまを作ってみせた。

  「雪だるまの城の住人ですよ。」

雪だるまの城とは。団対抗の雪像作りにおいて、漆黒は何をテーマにするかの話し合いの際、カレルがこれがいいと強行に言い張ったものだ。

  「何で俺が…!」

  「はい、ここに座って。」

  「人の話を聞け!」

  「はいはい。これ使ったらやりやすいですよ。」



数分後、アルベルはむっつりとしながら、カレルと向き合って雪だるまを作っていた。



アルベルは雪の玉を丸めながら、自分の向かいに座ってせっせと雪だるまを作っているカレルをじろりと睨んだ。こんな事をやらせて、一体何のつもりなのか。

  「何を企んでるのか知らんが、そうそうテメェの思い通りに行くと思うなよ?」

  「でも、今のところは計画通りにいってますよ。」

カレルは素知らぬ顔でそう言った。つまりは、現状、カレルの手の平の上で転がされているという事だ。アルベルはムカッと来た。

  「テメエの目的は何だ!?」

すると、カレルは意外だという顔でアルベルを見た。

  「旦那の団長復帰に決まってるでしょう?」

それ以外の何があるかという口調。アルベルは雪玉を地面にたたきつけた。

  「俺は降りると言ったはずだ!」

  「そうはさせません。」

炎の瞳と水の瞳の間でバチッと火花が散る。アルベルはカレルの目に光る強い光を睨みおろしながら思った。どうやら敵はかなり本気らしい。

カレルのずば抜けた頭脳、幅広い知識・視野、柔軟な思考力、そのどれをとっても脅威であるが、アルベルにとって真に恐ろしいのはそこではない。

カレルが本気になったとき、この男の頭の中から『諦める』という選択肢が消えるのだ。

元々カレルは、一つの物事にのめりこんでしまうタイプ。しかも、そののめりこみ方は尋常じゃない。気の遠くなるような作業でも営々とやり続け、百人が百人とも不可能だと諦める事にも延々と向き合いう姿を、いつだったかアルベルは「まともじゃねぇ。」と揶揄した事がある。その粘り強さ…というより、異常なまでの執着によって、不可能と思えた事をいくつも可能に変え、これまでアルベルを助けて来た。それが、今度は自分に対して、それこそ全精力を注ぎ込んでくるとしたら…。そう考えただけでも背筋に冷たいものが走る。たとえ何年、いや、何十年かかろうと、アルベルが団長に復帰するまで、地獄の果てでも追いかけてきて、あの手この手で団長の座を突きつけ続けるだろう。

だが、手の内も同時にわかっている。カレルが好むのは心理戦。力でねじ伏せるようなことは決してしない。鋭い洞察力で相手の心理を読み、相手が自分の思惑通りに動きたくなるように巧みに持っていくのが常だ。

  『旦那にやる気がないのに、そんなことしたって意味ないでしょう?』

とカレルは言った。つまり、こういう風に祭りに関わらせる事で、団長としての自覚を持たせようとするつもりなのだ。ならば、こちらも、復帰は無理なのだと言う事を徹底的に分からせてやればよい。

  「あれを見ろ。」

アルベルはせっせと雪像を作っている兵士たちの方に顎をしゃくった。

  「お前はあれを見て何とも思わねぇのか?」

  「いよいよ祭が始まる!って感じで、ワクワクしますけど。」

全く素っ頓狂な返事を返したカレルを、アルベルはじろりと睨み、

  「それぞれの軍の性質はそれぞれの団長の性格が反映されるもんだ。」

と、ここで何を感じるべきかを教えてやった。

  「ああ、そいうことですか。」

頷くカレルを、アルベルは疑りぐり深い目で見た。カレルは都合が悪くなると、わざとすっ呆ける事が往々にしてあるからだ。しかし、どうやら今回は違ったらしい。

  「風雷はまさにジジイのような堅物の集まり。疾風はヴォックスからアランに代わった途端、皆行儀よくなりやがった。だが、漆黒を見てみろ。」

アルベルはさっきから一段と賑やかになっていた漆黒の方に目線を投げた。カレルもそれに倣う。

どうやら寝坊で遅刻してきた者が制裁を受けているらしい。往来の一番目立つところで、大声で歌を歌わされていた。その手には何故か雪だるまが乗せられている。道行く街人がそれをみて笑い、歌わせられている者は羞恥心から顔を真っ赤にしながらも必死で歌い続けいている。

  「ゆーきやこんこ!あられや…」

  「声が小さい!最初からやりなおーしッ!」

  「はいッ!自分は寝坊してッ!その罰としてッ!歌を歌っているのでありますッ!ゆうきやこんこッ!!」

一曲歌い終えると、作業している者達の間からリクエストが飛んだ。

  「次、『なごり雪』を歌えー!」

  「はいッ!自分は寝坊してッ!その罰としてッ!歌を歌っているのでありますッ!きしゃをまつきみのよこでぼくはッ!とけいをーきにしてるぅー!」

兵士たちはドッと笑いながら「下手糞ー!」だのなんだのと次々に野次を飛ばしている。軍隊にあんなふざけた制裁があってたまるか。

  「あれはまさに、お前の投影――」

  「違いますね。」

アルベルが言い終わりもしない内に、あまりにもキッパリと否定されたので、アルベルは一瞬呆気に取られた。カレルが確信に満ちた目でじっと見つめてくる。

  「…俺だってのか?」

  「そう。」

  「俺はあんなにふざけてるつもりはねぇ。」

  「あー…それに関しちゃ、確かに俺にも原因がありますかね。」

  「 …だと?お前以外の何物でもねぇだろうが!」

  「けど、旦那がそれを許すから、あーなってるわけでしょ?それが嫌なら、無駄口を一切許さないような雰囲気を出せばいいんですよ。アラン隊長みたいに。」

  (無駄口を一切許さないような雰囲気…)

そんな厳しいアランは想像できない。優しく微笑みながら、アルベルの言葉にじっと耳を傾ける姿しか。しかし、カレルの言う事に間違はない。アルベルは、自分はまだアランの事をよく知らないのだということ知って、複雑な心情を抱いた。

確かにアランは漆黒の悪ふざけには付き合いきれないだろう。アルベル自身も付き合いきれてるわけではないし、また許してるつもりもない。

  「俺も許してるつもりは…。」

  「じゃ、あれ、止めさせますか?」

アルベルは『なごり雪』の二番を絶叫している部下を見た。

  「…別に止めさせる理由はない。」

  「理由ですか?そうですね、例えば、漆黒の『品位を損なう。』とか。」

カレルは、ハロルドの顔をちらと思い出しながらそう言ってみた。すると、アルベルはそれを一笑に付した。

  「はッ!品位だと?馬鹿馬鹿しい。第一、そんなモン、漆黒には端からねぇだろうが。」

アルベルの言葉に、カレルは嬉しそうに頷いた。

  「少なくともやめさせるほどではないと旦那は思ってる。だから、みんな自由にのびのびとしてるんですよ。まぁ、それに乗じてオフザケ要素が加わったのは、確かに俺のせいです。」

そこでカレルがニヤッと笑った。

  「でも、案外旦那も好きでしょ?オフザケv」

  「俺が?そんなわけあるか。」

  「じゃ、聞きますけど。旦那は風雷の奴らと一緒に過ごせます?」

  「…。」

  「俺は無理です。多分、一週間もしない内に窒息するでしょうね。」

それを聞きながら、(俺は爆発だな…。)とアルベルは思った。あの、息が詰まりそうな程のクソ真面目さにイライラが募った果ての大噴火。

  「疾風もそうです。あんな行儀よくなんて、俺には絶ッ対無理だ。あっという間に鬱になるのが目に見えてる。一番居心地がいいのは、やっぱり漆黒ですよ。」

  (…確かに。)

  「まぁ、それは置いとくとして。 漆黒 やつら の悪乗りは、あくまで枝葉に過ぎません。」

カレルの口調が真面目なものに変わった。

  「漆黒の本質は、まさに『強さ』だ。それは剣の強さだけじゃなくて。皆それぞれに何かしら強いものを持ってる。弱い人間は一人もいません。」

アルベルは部下達の顔を思い浮かべ、確かにそれはその通りだと思った。

  「総合評価はイマイチでも、得意分野ではずば抜けてる。粗野でガラは悪ぃけど、本当はいい奴。そんな不器用で型にはまらない『はみ出し者達』は、やっぱりそういう人の元に集まってくるんですよ。」

カレルはそこで言葉を切り、アルベルをじっと見た。

  「それに、一体どれだけの人間が『アルベル・ノックス』に憧れて漆黒に入ってきたと思います?そいつらが、旦那が辞めるなんてのを、納得すると思いますか?」

  「…俺には」

  「関係ない?」

カレルの目がキラリと光る。アルベルは「そうだ。」と言うのが急に後ろめたくなって、何も言わずに目を逸らしてしまった。カレルはそんなアルベルをじっと見、

  「まぁ、確かに旦那からするとそうでしょうね。」

と、アルベルの心情に一応の理解を示しつつ、しかし、すぐにこう言った。

  「でも、一度、奴らの立場になって考えてみて下さいよ。」

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