小説☆アラアル編---祭(14)

■一日目■

満を持していよいよ祭りが開催された。祭りは三日間にわたって開かれる。初日は国民主催、そして二日目には国主催の出し物、そして最終日には武闘大会と舞踏会が行なわれることになっている。シーハーツ側の協力もあって、国境を越えて続々と旅行者が訪れ、アーリグリフはかつてない程の活気を見せていた。その賑やかさに引き寄せられたのか、分厚い雪雲の間からは珍しく太陽が顔を覗かせている。

アーリグリフ城下町の道に沿って、固めた雪のブロックを積み上げて作った簡易の建物が、軍によってズラリと設置され、そこに各地から集まってきた商人達が売り物を並べ、景気よく客を呼び込んでいる。

視線を上げると、三軍が競い合って作った雪像が、それぞれ高台にそびえ立っているのが見える。疾風は優美な白竜、風雷は勇壮なルム。漆黒は雪の城。その精巧な作りが人目を引く。ネルはそちらの方へと歩いて行った。カレル・シューインはそこにいると教えてもらったからだ。

『雪だるまの城』の前には多くの人が集まっていた。近くに来るとその城の大きさに驚いた。中に入ると階段があり、物見台に上がって、そこから滑り降りる事が出来るようになっていた。アルベルが子どもたちと一緒に作った不細工な雪だるま達が所々に飾られ、それぞれが活き活きとした表情を見せていた。精緻に作られた城とのコントラストが、まるで生命が宿っているかのような錯覚を生んだのかもしれない。そこに子どもたちが縦横無尽に行き交い、弾けるような笑顔で遊んでいた。この城はまさに子どものために作られたもの。

あの漆黒が子ども達のために―――?

そこへ、何やら激しく言い争う声が聞こえてきた。聞き覚えのある声。

  (あれはカレル・シューイン…と、子ども?)

どうやら、次にどっちが滑り台を滑るかでもめているようだ。

  「なんだよ!いいじゃん、ケチ!」

  「ダメだ!次は俺!ちゃんと順番守れよ!」

  「なんだよ大人の癖に!どーけよッ!」

  「いーやーだ!」

少年はカレルの腹めがけて拳を繰り出したが、カレルはその腕を掴んで引き上げた。 子ども達の遊ぶ様子を見守っていた親たちが、その光景に眉を顰め、ひそひそと囁き合っている。

  「何、あの人?子ども相手にあんな…」

  「でも、さっきからあの子、他の子を乱暴に押しのけて自分ばっかり滑ってるのよ。」

  「親はいないのかしら?」

ネルは群集をかき分け、つかつかとカレルに歩み寄った。少年は半泣き状態で蹴りやパンチを繰り出しながら、カレルの手から逃れようと必死で身をよじっている。

  「ちょっと、あんた!」

ネルはカレルの背に一喝すると、カレルが子どもの手を掴んだまま振り返った。

  「おっ、お早う。」

その瞬間、ネルは自分の過ちを悟った。そして、その手を放せと言うつもりだったのを、

  「もう、勘弁してやったらどうだい?」

という言葉に代えた。すると、カレルは「仕方ねぇな。」と芝居をうちながら、少年をグイと引き寄せた。

  「おい、小僧。このお姉ちゃんが頼むから助けてやるんだからな。お姉ちゃんに感謝しろよ!」

そう言って手を放すと、少年は必死の形相で逃げ出し、遠くからカレルに野次を飛ばし始めた。

  「バーカ!アーホ!」

すかさずカレルが言い返す。

  「馬鹿っていう奴がばーか!」

  「お前のかーちゃん、でーべーそ!」

  「かーちゃんの事を言うのは卑怯だぞ!この卑怯もーん!そんで、お前の方がでべそー!」

子どもじみた野次の応酬。周囲の目が突き刺さる。

  「ちょっと…あんた、やめなって。」

ネルは恥ずかしくなってひそひそと言ったが、カレルは構わず続けた。

  「悔しかったら掛かって来い!」

  「お前なんか!お前なんかッ!パパに言いつけてやる!」

  「パパに頼ってねぇで、自分で掛かって来い、弱虫ー!」

ついに少年は腕で涙を拭いながら走って帰っていった。

  「よし!勝利!」

カレルは小さくガッツポーズを決めた。

  「あんたね…。」

呆れかえるネル。そこへ、二人組みの女の子が仲良く手をつないでやってきた。

  「ねぇねぇ。あの子、泣いちゃったよ?」

  「みんなで仲良く滑ればいいじゃない。喧嘩は良くないと思うわ。」

すると、カレルはすっと身をかがめて、子どもと目線を合わせると、安心させるように微笑んだ。

  「ホントだな。喧嘩してごめんな。ほら、順番だろ?滑りな?」

  「お兄ちゃん、先に滑っていいよ。」

そんな子供たちの優しさを、カレルはさっと受けとめた。

  「いいのか?有難う!お嬢ちゃん達は優しいな。」

ちょっと行って来る、とカレルはネルにウインクを残し、子どもたちと一緒に滑り台に上っていった。



滑り台を滑り降りてくると、カレルはすぐさまネルの方に戻ってきた。ネルはまず謝った。

  「邪魔して悪かったね。」

  「いやいや、丁度良かった。あいつ、えらく強情ッぱりなもんで、いつ手を放そうか迷ってたとこだったんだ。」

  「それにしても。傍から見たら本気で喧嘩をしてるように見えたよ。」

  「ああ、本気だ。子どもはすかさず顔色を窺ってくるからな。こっちも真剣勝負じゃねぇと。」

カレルはそう言って笑うと、少年が消えた方向を振り返った。

  「しっかし、あの負けん気。いいモンを持ってる。けど、あれは誰かがびしっとしつけねぇと…。」

  「親も振り回されてんじゃないのかい?あの気性じゃあね。」

  「惜しいよなぁ…。」

  「いっそ、あんたが引き取ったら?」

あんまり気にしている風だったので、冗談のつもりでそう言ったら、カレルはそれを本気にした。

  「俺がうまく育てられるって保障はねぇだろ?何より頼れるパパがちゃんといるんだ。それを引き離しちまうのは残酷だ。」

初めて見る、思いもかけぬほど真面目な目に、ネルは面食らった。

  「…あんたって、見かけと中身が全然違うんだね。」

すると、カレルはくるっとイタズラっぽい表情になった。この表情のほうが、断然、彼の雰囲気に合っている。

  「よく言われる。」

  「もうちょっとまともな格好したらどうだい?」

服装はまっとうだが、派手な髪の色とピアスがそれを台無しにしている。サッパリした髪型にしたら、なかなかの好青年に見えるだろうに。だが、カレルは歯切れの悪い返事を返した。

  「考えとく。」

  「前髪、切ってやろうか?」

  「遠慮しとく。」

要するに、変える気はないということだ。ネルはやれやれと溜息を付いて本題に入った。

  「あのさ…。この間の事なんだけど…」

  「この期に及んで、男装はやっぱイヤ!…ってのはナシだからな?」

ネルは、「そんなんじゃないよ。」とカレルを軽く睨んだ。

  「この間は悪かったよ。…酷い事言って突っかかったりして。」

カレルはにっこりと笑った。

  「なんだ、そんなことか。全然問題ねぇよ。美人に絡まれるのは嬉しいもんだ。…お陰であんたの事がよく分かったしな。」

あれだけのことを言われたら、怒るのが普通だ。しかし、カレルはそうせず、更にはそれを笑顔で許した。

  「でも、一つだけ。まだ納得できてないことがあるんだけど。」

  「何?」

そこでネルは声を潜めた。唇を読まれないように、口元をマフラーで隠す。戦争の終わった今では必要の無い事かもしれないが、習慣がそうさせた。

  「おたくの団長達の話は本当の事だろ?」

  「さあ?」

当然、カレルはすっ呆けたが、ネルには通用しなかった。

  「とぼけたって無駄だよ。当人から聞いたんだから。」

  「当人って?」

答えは聞くまでもなく、

  「アラン。」

  「成る程。それで引っ掛かってたのか。」

  「そういう事。それを隠蔽する為にアタシらを利用してるんじゃないかって。」

ネルは探るようにカレルを見たが、カレルはそれを一笑に付した。

  「それはナイ。」

  「…本当かい?」

  「そのつもりならもっと上手くやってる。俺としては祭りが成功すりゃ、噂が本当だろうが嘘だろうが、どうでもいいんだ。」

  「どうでもいいって…。」

  「丁度いい時期に上手い具合に面白い噂があってラッキーだったっていう程度の認識しかねぇな。」

  「でも、ばれたらマズイんじゃないのかい?」

宗教的思想によって同性愛を罪としているシーハーツほどではないにしても、アーリグリフでも同性愛は大っぴらには認められていないはずだ。女の少ない軍の中でそういう風潮がでてくるのは仕方が無い事として、ある程度は黙認されてはいるが、国家の要人がそんな危ない関係に耽っているとなれば、立場的にも致命傷となる…というのは、ネルが心配することではないのだが、そういう事に関してカレルが余りに無頓着なようなので、ついそう言ってしまった。すると、カレルは自信に満ちた顔でこう言った。

  「そんなスキャンダルごときで失墜するような人たちじゃねぇよ。あの二人に取って代れる奴なんているもんか。」

その時、首筋に殺気を感じ、ネルは素早く振り返った。アルベルだ。攻撃的なオーラを背負ってこちらに向かってくる。アルベルの周りにだけ別の風が吹いているような気がする。すらりとした肢体に似合わぬ程の長刀、左腕にはめられた鋭い鉄の爪が付いたガントレット。その圧倒的な存在感に、周囲から畏怖の眼差しが集まる。さわさわとアルベルの名がささやかれるのがここまで聞こえる。

アルベルはネルを一瞥しただけで一言も声を掛けなかった。ネルも何も言わない。以前、行動を共にした事もあるが、結局一歩も歩み寄れぬままになっていた。そこへカレルがにこやかに声を掛けた。

  「お早うございますvわざわざ御足労頂いて、すいませんね。」

  「紙切れ一枚で人を簡単に呼びつけやがって。」

カレルが団長となればそれが当り前のことになってしまうのだが、それはそれ。アルベルはギラリとカレルをにらみ下ろした。これで嫌な空気になるかと思いきや、カレルはあっさりとそれを中和させてしまった。

  「昨日、ちゃんと言っといたでしょ?あの書置きは、朝になったら忘れた事にされてしまわねぇようにって保険の為に置いてたんです。それなのに、そもそも全然聞いてなかったんですねえ?」

呆れたように言われて、不機嫌な表情は変わらなかったが、途端にアルベルから怒気が消えた。そして、バツが悪そうに目を逸らした。その意外に素直な反応を、ネルは興味深く見守った。

  「まあ、いいや。それよりも、見てください。どうです、この出来栄え♪」

カレルは雪像に向かって手を広げた。アルベルはざっと雪像を見渡してからカレルを振り向いた。

  「で?」

  「はい?」

  「何の用だ?」

  「え?これを見てもらおうと思って。」

アルベルは目を見開いた。

  「まさか…そのためだけに俺を呼んだのか!?」

  「だって、ちゃんと完成品を見てもらわなきゃ…ってどこ行くんですか?」

  「帰るッ!」

  「折角きたんだから、一回滑って行きません?楽しいですよ?」

  「うるせぇッ!」

ザカザカと雪を蹴散らしながら引き上げていくアルベルの背中に、カレルはもう一つの重要な用件を投げかけた。

  「それと、王が顔見せに来いって言ってましたよー。」

するとアルベルは無言で90度曲がり、城の方へ方向転換していった。その様子を見たカレルは可笑しそうにネルに言った。

  「かわいい人だろ?」

  「…。」

アレをカワイイと言えるなんて。その大人目線のそのセリフに、カレルの年齢が気になった。

  「あんた、歳はいくつだい?」

  「ハタチ。」

その若さで団長の片腕を務めるのか…と驚いていると、カレルがマジマジとネルの目を覗き込んできた。そして、ネルが本気にしてしまったのを見て取ると、

  「冗談。もうすぐ30。」

と本当の歳を教えた。だが、ネルはそちらを冗談だと思った。

  「…本当は?」

  「本当に。」

  「……冗談じゃなくて?」

  「ホント!」

信じてくれよとカレルは笑った。その笑顔は、どう見ても自分よりも年下にしか見えなかった。

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