小説☆アラアル編---祭(15)

  「久しぶりだな。」

王はアルベルの顔を見ると嬉しそうに迎え入れた。ソファに座るよう勧める。これは話が長くなる。だがそれも仕方がないと、アルベルは諦めて王に従った。

  「隠居生活もそろそろ退屈してきただろう?若い間は時間を持て余すものだからな。」

王のからかい口調に、アルベルは、「別に。」と少々意地を張った。すると王は「そうか。」と笑った。その瞬間、こちらの虚勢を見透かされたのがわかった。これだから苦手なのだ。本当は王の言う通りだった。雪だるま作りやお絵かきがいい暇つぶしになっていたのは事実だ。

  「…気持ちは変わらんか?」

部下が出した茶を一口飲んでから王は訊ねた。

  「ああ。」

  「カレルは漆黒団長はお前以外にいないと言っていたぞ?」

  「俺にこだわる必要はねぇ。アイツが団長で問題ないはずだ。」

誰も異存はあるまい。ところが、王は言った。

  「それはどうかな。」

ティーカップに口を付けようとしていたアルベルは、驚いて王を見た。カレルが認められない理由がわからない。確かにカレルは誤解されやすい人間だが、この王がわからぬはずがない。だが、王が問題にしたのはまったく別の、アルベルの予想だにしなかったことだった。

  「あれは繊細過ぎる。あんなにも神経を張り巡らせていたら、それだけで疲れるはずだ。そういう人間に団長をさせるのは酷だとは思わないか?…アイツはナンバー2でいさせてやった方がいい。」

  「…やつが繊細?」

そんなはずはない。常に図太く構える姿しか知らない。

  「俺の気のせいかもしれんがな。」

アルベルが内心動揺しているのを見て取った王は優しくそう言った。 しかし、その時突然、アルベルの脳裏にまるでフラッシュバックのように、時折カレルに見られた『らしくない姿』が次々と浮かび、それらが『繊細』という言葉と符合していった。勿論、まだ確信には至ってないが、あれがカレルの本来の姿だったとしたら…

  (見事な化けっぷりだ、あのキツネ野郎…!)

アルベルは心のうちで舌打ちした。

  「逆に、お前はナンバー1でなければ駄目だ。」

思わぬ王の言葉にアルベルは目を上げた。王の目には強い意志の光が宿っていた。

  「次期疾風団長を選ぶとき、お前を推す声が殆どだったのだが、俺はそれを蹴った。」

王はにこりと笑った。何気ない笑みにも、王たる者の威厳が漂う。

  「それは、お前を独立させていたかったからだ。疾風団長は常に俺と顔を突き合わせなければならない。お前にそういう窮屈な思いをさせたくなかった。」

そして、王はエネルギーに満ち溢れた声で宣言するように言った。

  「お前がナンバー1だ。」





  『あれは繊細過ぎる。』

団長室に戻ったアルベルは、机に足を投げ出して、王に言われた事をじっくりと考えてみた。王から見たカレルの姿。

いつも身近にいたはずなのに、どうして今までそれに気付かなかったのか。しかし、改めてこうして振り返ってみると、カレルのことを殆ど知らないことに気づいた。カレルは自分の事をあまり話したがらなかったし、アルベルにしても、一目見ただけで相手がどういう人間かわかっていた――カレルはその例外となってしまったが――から、無理に聞き出そうとも思わなかった。

  『細かい事は俺が引き受けますんで、旦那は気にせず前を向いててください。』

というカレルの言葉にずっと甘えてきたのもある。

  (奴の本性を突き止めてやる。)

そう決めたアルベルは、まずライマーを呼んだ。

  「失礼します。」

控えめなノックの後、ライマーが静かに団長室に入ってきた。漆黒における唯一の良心と言われる男。カレルの親友であり、抑え役でもある。行儀がよく、自分の立場をわきまえて決して自ら前に出ることはないが、本当はこの男も上に立つべき人間であることはアルベルもわかっていた。このライマーを次期漆黒団長候補から外したのは、今の漆黒のカラーから外れすぎている点が気になったためだ。別にそんなものにこだわる必要はないのだが、ついそれを守ってやろうとしてしまうのは、案外今の漆黒を気に入っているからかもしれない。つまりは、

  『旦那も案外好きでしょ、オフザケv』

ということだ。ライマーは漆黒より風雷の方が合っている。

  「アイツが団長になるのをお前はどう思う?」

アルベルが聞くと、ライマーは即答した。

  「異存ありません。」

  「やれると思うか?」

  「はい。」

しばし沈黙が降りた。すると、ライマーが言外を察してきた。

  「…何か問題でも?」

問題は――そう、

  「本当にアイツに押し付けていいのかどうかだ。」

しかし、お前がアイツはやれると思うなら、別に問題はない―――アルベルはそう言おうとしたが、ライマーの表情が微かに曇ったのに気付き、それを口にするのをとどまった。ライマーはしばし迷っていたが、やがて言った。

  「本当は、アルベル団長の続投がベストです。」

  「…理由は?」

  「能力的には何の問題もありません。ただ、性格的な事を考えると、団長職はやはり負担が大き過ぎるように思います。」

  「奴は繊細すぎる…か?」

するとライマーは「はい。」と頷いた。これで決定的だった。アルベルは溜息を付いて椅子に寄りかかった。

  「奴ほどふてぶてしい人間はいないと思ってたがな。」

  「そう思わせることで、周りを安心させているのです。」

確かに。カレルはどんな窮地においても、まるで計算通りだというように常に平然と構えた。それにつられて、部下たちも何となく大丈夫だという気になり、決して希望を捨てなかった。結果、それが事態を好転させる大きな要因となった。しかし逆にそれは、少しでも動揺をみせてしまえば大きな逆効果になってしまうという危険もはらんでいたのだ。そのプレッシャーの中で、そのポーズを維持し続けるのは、元々そういう人間ならいざ知らず、相当苦しいことだったはずだ。

  「一度…奴がお前に弱音を吐いているのを見たことがある。」

  「それは滅多にないことです。いつも一人で抱え込んでしまうので。」

ここでカレルの秘密を暴露してしまうのは躊躇いがあったが、アルベルだけは知っておくべきだと判断したライマーは、それを打ち開けた。

  「アイツがあんな風に髪を染めるようになったのは、ストレスで髪の一部が白髪化してしまったからです。隠そうとすれば目立つ、それならいっそ派手な色に、黄色なら根元の白さが目立たないだろうと、そういう理由で。」

知らなかった。アルベルは内心驚きながらも、黙って聞いていた。

  「命令ひとつにしても、本当にこれでいいのか、間違いだった場合はどうすればいいか、アイツは常に迷い、そうやって考え抜いて出した結論にさえ、もっといい方法があったのではないかと疑問を抱き、最善の策を出せなかった自分を責め続けるのです。そんな時、あなたが指針を示して下さることで、その迷いを吹っ切る事ができた。団長の存在が心の支えになっていたのです。」

自分は助けられてばかりだと思っていたが。そういえば、『良かった、旦那がいてくれて。』『頼りにしてますから。』カレルはよくそう言っていた。

  「カレルは、あなたのような、生まれながらにしてトップであるような人間ではありません。本来は、自分の世界に閉じこもっていたい人間なのです。それが、人の為に無理している内に、気付けば今の地位にまで担ぎ上げられていた。なるべくしてなったと自分は思いますが、それは本人の全く望んでいないことなのです。」

ライマーが言った『あなたのように生まれながらにしてトップであるような人間』というその言葉は、『お前がナンバー1だ。』という王の言葉と重なった。だが、そうなることを望んでいたわけでない点は、自分もカレルと同じだと思った。しかし、続く、

  「今も、自分本来の気質と、今の立場に求められる気質とのギャップに強いストレスを感じています。」

という点は、大きく違っていた。アルベル自身、自分がトップであることに違和感を感じたことはなかった。むしろ、カレルの要請に応じなければならない今の半従属的な立場に、かなり苛立ってしまっている。

  「この上、あなたという大きな支えが退き、全ての責任が肩にかかってくれば、その精神的疲労は計り知れません。しかし、それで折れてしまうような人間ではありません。カレルならやれます。あなたが団長を辞すというのであれば、その後任はカレルを置いて他にありません。」

いつも口数の少ないライマーが、こんなにも饒舌に語るのは初めての事だった。アルベルはしばしの沈黙の後、

  「…わかった。」

と、一言そう言った。

次の話へ /→番外編『借りてきた猫』へ/→目次へ戻る