俺はそろそろと団長に近づいた。
「寝てるか?」
カレルさんが声を潜めて聞いてきた。
「ぐっすりです。」
カレルさんが事前に強い酒を飲ませたのだ。味はジュースみたいだけどアルコール度数の高いやつ。団長はすぐに潰れた。これでしばらくは起きないはず。けど、ぐずぐずしていると、アラン隊長が迎えに来る。その前に任務を終えなければならない。
「よし…。」
カレルさんが団長の腕をそーっと持ち上げ、用意してきた癒しネコを抱かせた。
「う…ん…。」
と、団長が身じろぎした。カレルさんがさっと寝たふりをした。俺も慌てて床に転がる。映写機をもったまま。
しーん…。
しばらく待っていると、団長の寝息が落ち着いてきた。
「よし…撮影!」
ひそひそ声でのカレルさんの命令に、俺はラジャーのサインを出し、映写機を構えた。
パシャ…
「撤収!」
俺は急いでカレルさんの後を追った。
「どうだ?」
カレルさんが嬉々として映写機を覗き込んだ。
「いい具合です!団長、カワイっすね〜vv」
「ぷーくくくッ!癒しネコを抱っこする旦那!激レア!」
二人でしゃがみこんで笑っていると、後ろからいきなり声をかけられた。
「…何やってんの?」
ギクッ!
振り返ると、エルヴィンさんが無表情で見下ろしていた。
「例の賞品作りだ。レア物の集まりが悪くてな。」
カレルさんはエルさんを共犯にする事に決めたようだ。俺もそれが正解だと思う。だって、こういう事が、大好きな人だから。これで仲間はずれにしたらきっと恨まれる。そして何をされるかわからない…。
エルさんがいつになく活き活きとした目で話を聞いてたかと思うと、「明日までに準備してくる。」と言ってどこかへ消えた。決行は明日の夜となった。
「よし…まずはライマーからだ。エル、例のブツは?」
エルさんは袋の中からリコちゃん人形を取り出し、カレルさんに渡した。エルさんが入ったことで、内容が一気にドギツクなった。エルさんが持っている大きな袋の中には、エルさんチョイスのドギツイ物がいっぱいに詰まってるってわけ。癒し猫なんて可愛いもんだよ…。うう…なんか、怖くなってきた。
「大丈夫ですかねぇ?ライマーさん、きっとすぐ起きちゃいますよ。」
ライマーさんの部屋に向かいながら俺が不安を訴えると、
「大丈夫、大丈夫!」
カレルさんは軽〜く言った。だけど、
「だって、ドアが開いただけで目覚ます人でしょう?」
「大丈夫だって!」
何を根拠に大丈夫なんて言えるんだろう。すると、エルさんが抑揚のない声で教えてくれた。
「少なくとも3時間は起きねーよ。」
その不穏な響き。
「ま、まさか!一服盛ったとか!?」
エルさんは俺を振り返ってにやりっと笑った。この人が笑うって滅多にないことなんだけど、俺はそれどころじゃなかった。
「ままま、マジっすか!?っつーか、それ、ばれたらヤバくないっすか!?」
「だから、黙ってろよ?」
しゃべったら殺す。エルさんのメガネがきらりと光った。
(お…恐ろしい人だ…。)
ライマーさんはベッドで仰向けに寝ていた。こんなに周りでワサワサしてるのに、ライマーさんはピクリとも反応しない。カレルさんが布団の中からライマーさんの手を取りだすと、リコちゃん人形を握らせ、それをそっと胸に置いた。そして、「やれ。」の合図。映写機を構えて、
パシャ!
人目を忍びながら、急いで移動する。二人とも速い速い。何故かこういう時、この二人は息ぴったりなんだよなー。エルさんの実験が失敗した時も、逃げ遅れるのはいつも俺だけ…。
必死で二人を追いかけて、着いた先は俺の部屋。…なんで俺の部屋?
「はーっはっはっ!有り得ねー!ラ、ライマーと、リ、リ、リコちゃん…あーっはっはっは!」
カレルさんとエルさんは笑い転げてたけど、俺はとても笑える気分じゃなかった。バレた時のことを考えたら…。
「ね、ねぇ、この写真、ライマーさんのことを知ってるからレアなのであって、そうじゃない人にとったら、何だ?ってなりません?」
だが二人とも取り合ってくれない。
「いーんだよ。イケメンが実はリコちゃんと添い寝してる衝撃写真ってことで。」
「これ、ライマーさん知ったら相当怒るでしょうね?」
「確実にな。」
「相当なイメージダウンですよ?」
これじゃ、ライマーさん、ただのヘンタイだ。信じられない。カレルさんがライマーさんのイメージを壊そうとするなんて。だが、カレルさんは言った。
「ライマーの事を知ってる奴はジョークだってわかるから心配ねぇよ。」
「でもだって、シーハーツの人だっているわけだし…。」
そう言いながら、俺はハタと気付いた。ライマーさんは今、シーハーツの女の子達の間で凄い人気なのだ。成る程そういうことか。これはきっと、その子達がライマーさんに近寄らないようにするための虫除けに違いない。
「こんな写真で幻滅するなら、その程度ってことだ。」
…やっぱりね。
「僕らの仕業だってばれたらどうします?」
「だから…ほら、これ。」
エルさんがポイッと渡してきたのは女性用のナイトキャップ。ふりふりレースとリボンがとってもおしゃれ。ま、まさか…
「それを被れ。」
「えっ!なんでですか?」
「被害者が犯人だとは思わないだろ?」
エルさんが映写機を取り上げて構えた。
「ほら、さっさと寝ろよ。」
成る程、だから俺の部屋に来たわけね。そんな打ち合わせ、いつの間にしたんだろう?この二人が結託すると本当に恐ろしい…。俺は仕方なくナイトキャップを被り、ベッドにもぐりこんだ。
「それじゃ寝たふりしてるのがバレバレだ。涎でも垂らしとけ。」
「嫌ですよ!」
「じゃ、口を半開きで…もっと、間抜けな感じで、そうそう、よし!」
間抜けって…。はあぁ…俺だって女の子にモテたいのに…これで余計に望み薄だ……。
バシャ!
次はエルさんの部屋。うっひゃー、相変わらず足の踏み場がなーい!この部屋に来ることの多いカレルさんは、慣れた様子で器用に足元の障害物を避けていく。うわっ!何か踏んづけた!
エルさんは袋から女性物の下着を取り出した。
「そ、そそそ、それ、ど、どどどーしたんですか!?」
「借りてきた。」
実はエルさん、こんな引き篭もりオタクのようでありながら、女性に対しては積極的で、しかも同時に複数の女性と付き合ってるのだ。その内の一人から借りてきたのだろう。エルさんはベッドの上に散らかってた洋服やら本やらをバサバサッと床に落とすと、メガネを外してパンティを頭に被り、両鼻にペンを突っ込んで仰向けに寝転んだ。しかも白目までむいて…。自分にここまでできる人って…。
バシャ!
カレルさんの部屋はエルさんの部屋とは対照的に、なんッにも無い。装飾どころか、人が住んでる気配すら無い。
「じゃ、俺は…」
カレルさんはウキウキと袋の中を探ろうとしたが、エルさんは既に決めてたようで、カレルさんの手から袋を取り上げて、
「お前はこれ。」
と、ふわふわのウサギのぬいぐるみと、ウサ耳を取り出した。
「はあッ!?」
カレルさんは不満そうだ。
「俺だけ面白くねぇ。」
ってのがその理由。禿ズラがイイとカレルさんは言ったが、エルさんは問答無用でウサ耳をカレルさんに取り付けた。
うわっ、可愛い!!ほんと、30の男とは思えないよ…。
エルさんは俺らの時とは違って、細かく注文をつけた。そうやって、ふわふわウサちゃんを抱っこした、カレルさんの萌え萌え姿を写真におさめた。その出来栄えにエルさんはいたくご満悦だ。
「撮れたか?」
「ああ。シューゲル氏も気に入ってくれるはず。くくくっ。」
「何だって?」
カレルさんはウサ耳を外しながら聞き直したが、エルさんは、
「なんでもない。」
とごまかした。カレルさんには聞こえなかったようだけど、俺はばっちり聞いてしまった。恐るべきことに、この写真でライマーさんに何かするつもりなんだ。
何でか知らないけど、エルさんはライマーさんを事あるごとにたきつけようとするんだ。ライマーさんの前で、カレルさんに気があるフリをするのもその一つ。同性愛の気なんてこれっぽっちもないくせに。どうやら二人にくっついて欲しいようではあるんだけど、その一方で「ホモは死ね」って暴言を吐く。ほんと、もー、わけわかんない人だ。
「さて、次はどうする?」
カレルさんとエルさんが楽しそうに話し合ってる。その内容に、俺は血の気が引いた。
それからのことはもう、恐ろしくてここには書けない…。