祭二日目もつつがなく終了した。あと一日。明日のことを思い出して、ライマーはどんよりとなった。何で女装などしなければならないのか。
(はあ、仕方がない…。)
集中が途切れたついでに時計を見た。今日は日中バタバタしていたので、随分遅くなってしまった。今日はもうキリのいいところでやめにして、仕事部屋を後にした。自室に向かう途中、風呂上りのカレルと会った。
「はー、今日は疲れたー…。」
カレルは濡れた髪をタオルでガシガシと拭きながら言った。『漆黒の軍師と頭脳勝負!』で、何人もの相手と対局したのだ。結果、全勝。カレルは逆に面白くないといった。
「早く寝ろ。明日も早いだろう?」
「ああ、そーする。」
だが、そう言いながらカレルは自分の部屋の前を通り過ぎ、いつまでもライマーについてくる。もしや…
「…俺の部屋で寝るつもりか。」
「あたり♪」
カレルはにんまりと笑った。
部屋に戻り、手にしていた書類や本を机の上に置こうとして、見慣れない写真立が置いてあるのに気づいた。表は伏せてある。一体誰が置いたのだろうと、ひっくり返してみた。写真が入っている。それはウサギのぬいぐるみを抱いて眠る…カレル!?
「なんだ、それ?」
カレルがひょいと横から覗き込んできた。カレルからはほのかな石鹸の香りがする。
「何でお前…これ俺の写真…?」
これは賞品の一部になるはずだったのに、どうしてそれをライマーが持っているのだろう?もしかして…と、カレルはにんまりと笑った。
「お前、こーゆーのが好きだったのか?」
ライマーは動揺した。
「いや、違うっ!」
「隠すな隠すな♪額にまで入れてくれちゃって。」
「俺は知らん!」
「こーゆーのが欲しいなら欲しいと、言ってくれりゃ、いくらでも」
「違うと言ってるだろう!?」
勢いでつい大声が出てしまった。
しーん。
「…そんなに、力いっぱい否定しなくてもいいだろ?」
カレルの傷ついた表情に、ライマーはしまったと思った。
「あ…いや…そんなつもりは…」
「ま、ぶっちゃけ、気持ち悪ぃよな〜。」
カレルはそう言いながらライマーの手から写真を取り上げ、己の姿を見て自嘲した。
「30にもなったオッサンがこんな格好して、ぬいぐるみなんか抱っこしやがって。」
「いや、そんな…」
そんなことはない。否定するなんて、そんなつもりもなかった。だが、カレルは写真を写真立てごとゴミ箱に捨てると、そのまま部屋を出て行こうとした。ライマーはカレルの腕を掴んで引き止めた。
「待て!悪かった。」
だが、カレルは振り向いてもくれなかった。
「謝るこっちゃねぇよ。」
「気持ち悪いなんて一言も言ってないだろう?」
カレルはライマーの手を振りほどいた。
「気ぃ遣ってくれなくていい。」
ライマーは再びカレルの腕を捕まえた。
「だから、本当だ。寧ろ…」
ライマーははっとして言葉を止めた。その言葉をカレルに対して言うことを自分に許していない。カレルが振り向いた。
「寧ろ…?」
カレルの腕から手を離し、目を逸らしながら、急いで別の言葉を探す。
「いや…その…似合ってる…というか…。」
本心で言っているかを確かめるように、ガラスの瞳がこちらを凝視している。ライマーは急いで話題を変えた。
「そ、それよりお前、何であんな写真を…そもそも誰が撮ったんだ!?」
『あんな写真』その言葉に、カレルの表情が硬くなった。
「さあ?知らねー。」
「まさか、知らないうちに撮られたのか?」
それはつまり、カレルの寝室に入り込んだ人物がいるということだ。ライマーは顔色を変えた。
「全然気付かなかったのか?いくら寝てても、ここまでされたら普通目を覚ますだろう?」
だが、カレルは他人事のように言った。
「さあな。」
「さあなって…」
「どーでもいい。」
カレルはそっけなく言って、フイと出て行ってしまった。
ライマーはため息をついた。
(怒らせてしまった…。)
ライマーは自分を責めながら、ゴミ箱から写真立てを拾った。
一体、誰がこんな写真を?そして何故ここに置いた?
こんなことをしそうなのはオレストだが、オレストは今、絵画展示の為、アーリグリフにいる。それに、オレストだったら「見てくださいよ、これ〜!」とウキウキしながら見せに来ることだろう。
自分とカレルの関係を発展させようと画策する、『愛の応援団』なるものがあるらしいが、そいつらの仕業かもしれない。
とりあえず、カレルには部屋にちゃんと鍵を掛けるように注意しなければ。もっとも、機嫌が直るまでは言うことを聞いてくれないだろうが。
「…。」
30の男とは到底思えない。もともとカレルの容姿はあまり性別を感じさせないが、こういう格好をすると、ますますそうなる。
この有り得ないほど似合うウサギの姿もさる事ながら、この無防備な寝顔が…
『寧ろ…?』
――――可愛い