小説☆アラアル編---祭(2)

後は大した会話もなく、二人黙々と雪だるまを作っていると、そこに通りかかった女の子が立ち止まってじっと二人を見つめた。カレルがにっと笑って雪だるまを見せると、一緒にいた弟の手を引いて近寄ってきた。

  「何してんの?」

  「雪だるまを作ってんだ。」

そしてカレルは、これはこれから作る雪だるまの城の住人で、たくさん作らなければならないのだと説明してやった。

  「ふーん…。雪だるまだったら、私も作れるよ?」

それほど興味のないふりをしつつ、カレルが「手伝って」と言ってくれるのを、期待を込めてじっと待つ少女。誰がその期待を裏切れるだろうか?カレルはニッコリ笑った。

  「ホント?じゃ、一緒に作ってくれる?」

少女はぱっと輝くような笑顔を見せた。

子どもと一緒に雪だるまを作る大の男二人。通り行く人が、そんなカレル達の姿を微笑ましげに眺めていく。男の子はまだ雪の玉を作ることが出来るような年ではなく、カレルの膝に座って、カレルの渡す雪の玉を嬉しげに手の中で潰して遊んでいる。その傍で少女があれやらこれやらカレルにおしゃべりをしながら、せっせと雪だるまを作っている。そうしながら、アルベルのことが気になるのか、時折ちらりちらりとアルベルの様子を窺っていたが、やがてそっとカレルに囁いてきた。

  「ねぇ…なんであの人怒ってるの?」

囁きとはいっても、子どものすることである。それはばっちりアルベルの耳にも届いた。カレルは思わず笑いながら、アルベルをチラリと見、

  「怒ってないよ?」

と、アルベルにも聞こえる囁き声で教えてあげた。

  「うそー?」

  「ちょっと恥ずかしがってるだけだって。」

  「ふーん?」

雪を丸めながら疑わしげにアルベルを見る。

  「ほんとだって。話しかけてみな?」

  「えー、やだぁー!」

少女は急に大声になり、急いでカレルから離れてしまった。こちらに背を向け、二人から離れたところで雪だるまを一列に並べはじめる。カレルはそれを見守りながらくっくっと笑った。

  「まったく、子どもってのは残酷ですよね?」

アルベルは益々不機嫌になりつつ、それでも雪を丸め続けている。

  「何でこんな寒空の中、せっせと雪ダルマを作らなきゃなんねーんだ!」

  「えー?楽しいでしょう?」

  「どこがだ!」

  「俺はめっちゃ楽しい!」

  「けっ、元々てめえは遊びの方が好きなんだろうが!」

  「そりゃもうv人生はやっぱ楽しくなきゃvなぁ、カイト?」

カレルは膝に抱えた男の子に雪の玉をホイと渡した。カイトはそれを両手で挟んでグシャリと潰し、満足げに笑い声を上げた。

  「フン。戦いのない平和ボケの世の中なんざ、退屈でしょうがねえ!」

  「祭のイベントで、武闘大会があります。勿論、旦那にも出てもらいますから。」

  「それもお遊びの内じゃねぇか!」

  「お遊びでいいじゃないですか。俺はもう、人が死ぬのも、悲しむのも見たくない。」

カレルの瞳が、悲しみに翳った。それは偶然見てしまった、あの時の表情と重なる。



  「勝つための計算はしてある。安心して行って来い。」

戦地に赴く部下達に掛ける、カレルのいつものセリフ。買い物にでも行って来いというような気軽な口調。その平然とした態度が、いつも仲間を安心させる。窮地にあっても決して動じず、常にプラス思考で、「何とかなるさ。」と楽天的に構え、まるでオセロのように瞬く間に状況をプラスにひっくり返していく。

  「ほらね?何とかなったでしょ?」

そういって、何でもないことのようにからりと笑ったカレル。実はその裏で酷い罪悪感に苦しんでいるなど、微塵も感じさせなかった。だが、ある日アルベルは、カレルがライマーに本心を明かしているのを聞いてしまったのだ。

  「戦略戦略って格好つけて言ってるけど、つまりはどれほど効率よく相手を殺すかって事だ。これでまたどんだけの人間が死ぬんだか…。」

カレルは本心を吐きだすと、強い酒を一気に飲み干した。そして空になったグラスを置くや、酒瓶をとって再び酒を注ごうとしたが、それはライマーに止められた。

  「それでも出来るだけ被害が出ないように考え抜いたんだろう?」

  「死傷率がどれだけ低かろうが、遺族にとっちゃ100%だ。」

  「カレル…。」

  「……もう、こんなこと終わりにしてぇ…。」

ぽつりとそう言った時のカレルの表情。普段のカレルからは想像も出来ないほどに沈んだ様子に、アルベルは気配を消したままその場を後にしたのだった。



カレルはまだ形になっていない雪の城を、眩しげに見やった。その目には完成した城の姿が見えているのかもしれない。

  「この『雪だるまの城』はね、子ども達の遊ぶ姿が加わって初めて完成なんですよ。…子どもがいつも笑顔でいられるような、そういう世の中にしなきゃ。ね?旦那?」

アルベルは改めて部下たちを見つめた。お互いジョークを飛ばしあいながらせっせと作業している。皆、童心に返ったように、活き活きとしている。

これはこれでいいのかもしれない、とアルベルは思った。戦いがないとつまらないと口では言いつつ、本心からそう言い切れない部分がある事に気付いていた。何より、かつてのように生きるか死ぬかの極限を楽しめなくなってきた。死ぬわけにはいかないという気持ちが常にベースにあるようになったのだ。

―――それは言うまでもなく、アランの為に。

  「はい、これあげる。」

少女が小さな雪だるまを差し出していた。突然の事に、アルベルは戸惑った。

  「くれるんですって。良かったですね、旦那?」

と、カレルが目で「それを受け取れ」と助け舟を出してくれた。アルベルは受け取り、しばらくどうしていいのか困惑していたが、ふと思いつきで手に持っていた自分の作った雪だるまを差し出した。少女はそれを受け取ると、そのでこぼこと不細工な面をしげしげと眺め、

  「変な雪だるま!」

と、素直に酷評しつつ、それでも自分の雪だるまの列に加えてくれた。カレルが笑いをかみ殺しているのを睨みながら、アルベルは、

  (俺も変わった…。)

と感じていた。いつの間にか数が増えてきた子供たちに囲まれながら、アルベルはこれも悪くはないと思った。





雪像作りが始まったと聞き、クレアは現場に顔を出そうと城を出た。いつもはどんよりと曇っている空は、今日は白く明るい。城下町は祭りの準備で活気付いている。街の人々は明るく挨拶をしてくれ、それににこやかに笑みを返しながら高台に向かった。そこでまず真っ先に目を引かれたのが、子どもたちに混じって雪だるまを作るアルベルとカレルの姿だった。

カレルは心から子どもが好きらしい。子ども達一人一人を愛しむようにして一緒に遊んでいる。一方のアルベルは、子どもにどう接してよいか困っているのが遠目にもわかる。

そこへ、ぼってりした雪だるまを持って、少女がつかつかとアルベルの所にやってきた。そして、その雪だるまを突きつけるや、

  「もっと可愛く作ってって言ったでしょ!?」

あろうことか、天下の漆黒団長に説教し始めた。クレアは仰天した。とっさにその場に駆けつけようとしたが、自分が出るべきではないと思いとどまり、カレルがいるから大丈夫だろう、しかしどうしたものかとハラハラしながら状況を見守っていると、アルベルはそれに怒るでもなく、少女の、

  「いい?私のする通りにして?」

との手取り足取りの雪だるまの作り方指導に、言われるままに従った。その様子を見ているうちに、クレアの体から緊張が解け、自然と口元がほころんだ。

不器用ながらも真面目に対応をしているのが、その人となりをしのばせる。そして、時折チラリと見せる苦笑には、隠し切れない優しさがあった。

あれこそがアルベルの素の姿。『歪みのアルベル』など、単なる虚像に過ぎない。

  (そして…。)

クレアはカレルを見た。それが人々の目にはっきりと映るよう、カレルは計算している。クレアは、カレルがさり気無く子どもたちをアルベルに仕向けていることに気付いていた。カレルが子どもに何事か言うと、子どもはアルベルに近づき、するとアルベルが自分の作った雪だるまを渡してやり、それを受け取った子どもは急いでカレルのところに戻ってくるという具合にだ。そうして段々子どもはアルベルに慣れ、あの少女のように親しげに声を掛けるようになっていくのだ。

  (これがみせるという事…)

  『人間は主に視覚で物事を判断する性質があります。その為、見かけも非常に重要なんです。』

カレルがそう言ったとき、実はぴんと来ていなかった。頭では「確かにそういう面もあるかもしれない」と理解はしていたが、それに実感が伴わなかったのは、美しい容姿を褒め称えられることの多いクレア自身、上面ばかりを誉めそやされる事に疑問を持ち、その為、見かけよりも中身が大事だという思いが強くあったからだった。また、物事はそんなに簡単なものではないとも思っていた。

しかし、それは単なる理想論に過ぎなかったというのが、今はわかる。実際には、理性だけではなく感情が働き、人はそれに大きく左右される。カレルはそれを知っているのだ。

女装だのなんだのと見かけばかりにこだわるカレルに、正直、彼の考えは甘く、決して上手くいかないだろうと考えていた。そして、彼が手放しで祭りに浮かれている様子から、二国の将来が掛かっているという事を忘れてしまっているのではないかと不安で仕方がなかった。だが、そのように考えていたのは、非常におこがましいことだったのだと、クレアは恥じた。

クレアは時間の経つのも忘れてその光景を見ながら、今回の祭の成功と、アルベルの復帰を確信していた。

二国の未来はきっと明るい。





一人現場に背を向けて、何やら難しい顔をしているライマーを発見した部下は、何かあったのかだろうかと近寄った。

  「どうしたんで…おっとォ…。」

ライマーの視線の先を見た途端、ライマーがその場に立ち尽くしていた理由が分かった。そこに広がっていたのは何とも知れない雪だるまの群集。コレを完成した城のあちこちに置くわけなのだが…。

  「いいんじゃないですか?この方が味があって。…あ、でもこれは逆さにした方がいいですかね。…ん?…あれ?…成る程、逆さにしたらちゃんと立たないんですね。…戻しとこう。」

ライマーは溜息を付いて諦めた。

  「まぁ、いい。これをどこかに保管しておいてくれ。城ができたら設置する。」

  「了解。…あ、ライマーさん。」

部下は、立ち去ろうとするライマーを呼び止めた。

  「団長って、実は子ども好きだったんですね。」

見直したというように嬉しそうに言う部下を見て、ライマーは全てを見通した上でそれに頷いた。

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■あとがき■
アルベルは子どもが苦手。好きかときかれれば、迷わず「好かん。」と言うし、子どもの泣き声は嫌いだけど、愛おしさを感じたりもする。