小説☆アラアル編---祭(3)

  「ダンスは常に相手がいます。男性は自分が踊ろうとしていることを相手に身体で伝えます。これを『リード』といいます。対して、女性は男性のリードを感じ、美しい姿勢を保ちながら、相手に負担をかけないように踊ります。これが『フォロー』です。」

アランは一通りの説明を終えると、

  「では、実際に踊ってみましょう。」

と、アルベルの手を取り、すっと腰に手を回した。するとアルベルは怪訝な表情をし、

  「おい。」

とアランを軽く睨んだ。

  「はい?」

  「これは女の体勢なんじゃねぇのか?」

ダンスを知らなくても分かる。こんな風に抱かれるのは女の方だ。それに対して、アランはさらりと答えた。

  「ダンスは、ただ1・2・3の拍子に合わせればいいわけではありません。自然な流れに即した動き・呼吸があります。まずはそれを知っておく必要があるのです。そして、その上で男性は女性をリードしなければなりません。どういう風にリードされたら踊りやすいか、それらも含めて体感して頂きたいのです。私がリードしますので、それに合わせて下さい。」

アルベルはしぶしぶ従い、言われるままにアランの腕に手を置いた。



体が触れるか触れないかのぎりぎりの距離。細くしなやかな体がすぐ傍に感じられる。本当はもっと触れたいのに、必要以上に触れてはならない。その焦らされるような感覚が堪らない。アルベルの団長引退騒動で沈んでいた気持ちが和み、それに合わせてステップも弾む。

  (あ…。)

アランはちらとアルベルを見た。アルベルは不機嫌にも見える程に真剣な表情でアランの動きについてきている。

  (ほら、また…。)

試しに歩幅を変えてみても、アルベルはすっと合わせてくる。まるで完全に一体化したかのように、全く重さを感じない。音楽と完全に調和して実に心地よい。ダンスを踊るのが、これが初めてなど信じられない。

  (楽しい!)

ダンスがこんなに楽しかったなんて、今の今まで知らなかった。だが、アルベルの表情は固い。そして、アランの方を見ようともしない。その横顔に何かを感じたアランは、立ち止まって、そっと手を離した。すると、アルベルはホッと緊張を解くや、すぐさまアランから離れてしまった。

アルベルのそうした態度はよくあることだ。だが、アランは過去の記憶とあいまって強いショックを受けた。

ダンスでは女性から誘いを受けたら、どんなに疲れていても男性はそれを断ってはならないのが鉄則だ。女たちは皆、アランと踊りたがった。その為、社交界ではいつも踊りっぱなし。きつ過ぎる香水。絡みつくような視線。中身のない会話。それらを我慢して相手をしてやりつつ、二度と誘いに来る気が起きぬよう、さりげなく、しかしはっきりとそうした態度で「二度と誘うな」と知らしめてきたのだった。

  (いや、アルベル様は私とは違う!)

アランはすぐさま、そんな過去の記憶を振り払った。今の態度も、全くそんなつもりなどなかったのは分かっている。アルベルからキスしてくれた事もある。抱きしめて、優しく頭を撫でてくれた事もある。その一つ一つを今でも克明に思い出せる。

しかし一方で、人前で何度こんな風に拒絶されたか。 考えてみたら、アルベルは一度たりともアランを『好きだ』とも『愛してる』とも言ってくれた事はない。 そして何より、肝心な事は何一つ話してくれなかった。それが、アルベルに未だ受け入れられていない証拠のように思えた。

アルベルは自分との関係をどう思っているのか。これを機にハッキリさせたいと思ったアランは、水差しからグラスに水を注いでいるアルベルに声を掛けた。

  「アルベル様…。」

  「何だ。」

返事はしてくれたが、アルベルはこちらに背を向けたままだ。アランは黙ってアルベルがこちらを向いてくれるのを待った。アルベルの反応や表情の変化を一つも見逃さないように、顔を見て話したかった。

  「どうした?」

アルベルはグラスの水を飲み干したところでアランの沈黙に気付き、こちらを見た。以前はそれだけでも幸せだったのに。自分の存在を受け入れて欲しい、自分にだけは全てをさらけ出して欲しいと思うのは、望みすぎなのだろうか。

  「貴方にとって、私はどういう存在ですか?」

アルベルはわずかに目を見開いた。突然の質問に戸惑っているようだ。長い沈黙の後、アルベルはグラスを置くという口実で、アランの真剣な眼差しから目を逸らしながら、

  「さあ?考えた事もねぇな。」

と答えた。

  「私のことなど、考えるに値しない存在…ということですか?」

  「そうは言ってねぇ。」

  「私に肝心な事は何も仰って下さらないのは、そういう事ではありませんか?」

  「違う!」

アルベルはグラスを見つめたまま口調を強めた。

  「では?」

  「…知るか。」

そんな事など今まで考えた事もなかったから、アルベルはそう答えたのだが、アランはアルベルがやはり何も答えてはくれないことにひどく落胆した。

  「もし、私との関係を周囲に知られたら、貴方はどうなさいますか?」

別に知られようと知られまいと関係ないとアルベルは思ったが、周囲からその手の事ではやし立てられるのは嫌だった。漆黒の奴らはまず間違いなく、面白がって異様に盛り上がるに決まっている。奴らの悪乗りの餌食になるは絶対にご免だ。そして、何よりウォルターが知れば何というか。ウォルターが既に事実を知っていることを知らぬアルベルは、それが一番の気がかりであった。また口うるさい事を言われるに決まっている。それだけで済めばいいが、本気で二人を引き離そうとしてくるかもしれない。そうなったら自分はどうするだろう…。そういった迷いもひっくるめて、

  「…さあな。」

という言葉で表した。それがアランを更に傷つけた。

  「私を切捨てますか?」

  「は?」

アルベルは驚いてアランを振り返った。

  「あんな人間など知らぬと、私との関係などなかったかのように…」

  「お前、一体何が言いたい?」

アルベルはアランを遮った。さっきから、何でそんな質問をするのか。アルベルにはアランの意図が全くわからなかった。

  「答えて下さい。」

アランは静かながら、強い口調で返事を促した。

  「…別にどうこうするつもりはない。」

アルベルは、アランとの関係を変えるつもりはないと言ったのだったが、アランの表情は晴れなかった。アランは固い表情のまま、アルベルの言った事を信じていないかのように、じっとアルベルを見つめた。アルベルはそんなアランのいつもと違う様子に戸惑い、やがて逆に尋ねた。

  「…お前は俺にどうしてほしいんだ?」

  「私を受け入れて欲しい…。」

アルベルはアランのこの言葉に驚いた。アルベルとしては精一杯アランを受け入れているつもりだったのだ。それなのに、アランはそれをわかっていなかった。これでは足りないと言われても、これ以上、どう受け入れてやればいいのかわからない。

  「これ以上どうしろってんだ…。」

アルベルがつぶやくと、アランは何とも悲しげな表情を見せた。

そのあまりに悲痛な瞳に、アルベルは言葉もなかった。

次の話へ /→目次へ戻る