その夜。風呂も食事も済ませ、後は寝るだけとなって、アルベルはアランをベッドに座らせた。自分もその隣に座る。二人の間で、ベッドは和解の場と決めているのだ。
しかし、座らせたはいいが、なんと切り出せばいいのか。アランはそんなアルベルの横顔をじっと見つめ、アルベルが口を開くのを待っている。アルベルはまっすぐ前を睨んだまま、内心焦りながら言うべき言葉を捜した。まずは今日の料理が美味かったと誉めようか…いや、美味いのはいつもの事だし、今更それを言うのも変だ…それにしてもちょっと離れて座りすぎた、これでは避けられたと思われてしまうかもしれない、もう少し近くに座れば良かった…などなど、それこそ色んな事を考えた挙句、
「戦争のない時代をつくるとするなら、それに相応しい人間が務めるべきだと思った。…だから俺は降りた。」
と、結局いつものようにいきなり本題に入った。
「あなた以外の誰が相応しいというのですか?」
「お前がどう思おうが、とにかく俺はそう思った!」
先のカレルとの会話の流れで、ついキツイ言い方になってしまった。お前がどう考えようと俺には関係ない…そんな響きに、アランは目を伏せ、弱々しく「はい。」と頷いた。その表情から、アルベルは自分がまたアランを傷つけてしまったのに気付いた。そんなつもりはなかったのに。
「お前にそれを言わなかったのは、言えばお前も辞めると言い出すと思ったからだ。」
「貴方が辞めるなと仰れば、私はそれに従いました。現に、私が何の未練もない職を未だ辞していないのは、ひとえに貴方の命令があるからです。」
アランは悲しげにそう言った。
『話してもどうせわからないと思ったんですか?』
そうではない。ただ、なんとしてもアランに疾風団長を続けさせたかったのだ。
(……そうか、そう言えばよかった。)
考えすぎるから、いつも何も言えなくなってしまう。
『旦那はいかんせん言葉が足りな過ぎる。余計なことは言うくせに…』
カレルの遠慮も会釈も容赦もない言葉を思い出して、ムカっときた。それで、つい不機嫌な口調になった。
「…わかった。次から話す。」
それがアランには、「話せばいいんだろう?」という風に、投げやりに聞こえてしまった。それなのにアルベルは、アランの表情がちっとも晴れないことに苛立った。それは微笑んで欲しいという気持ちの裏返しであることにアルベルは気付かず、その苛立ちをアランにぶつけた。
「お前に何も話さなかったことが、そんなに気にいらねぇか。」
「気に入らぬなどと、そんな大それたこと…。ただ…私を受け入れて下さらないのが悲しくて…」
「誰が受け入れてないと言った!?」
「申し訳ありません。」
アランは慌てて謝った。アルベルは舌打ちしてアランから顔を背けた。違う。こんな事を言いたいのではない。こんな顔をさせたいのではない。かといって、どう言えばいいのか。今のこの気持ちを言葉にしようとしたって出来るものではない。
長い長い沈黙の後、アルベルは口を開いた。
「俺の本心が知りたいか?」
「はい。」
アランは頷き、居住まいを正した。やっと本音を話してもらえる…そんな期待に満ちた空気が伝わってくる。アルベルは目を逸らすと、息を吸い込み、そして、一息に言った。
「なら、言ってやる。お前の存在など、俺にとってはクズほどの価値もねぇ。そんな奴にいちいち本心を語ってやる必要がどこにある?それがわかったら、俺の前から消えろ。」
アランがさっと立ち上がった。口を押さえ、逃げるように部屋から出て行こうとする。
「待て!」
アルベルはそれを急いで止めた。するとアランはぴたりと立ち止まった。深く傷つき、肩を震わせながら、それでも命令に逆らわぬアラン。その姿を見て、アルベルの胸にどうしようもないほどの感情が溢れた。そしてその感情のおもむくままに、アランに歩み寄り、後ろから抱きしめた。
アランは驚き、体をビクリと震わせた。
アルベルはアランの肩に頭を預けながら、抱きしめる腕に力を込めた。アランの体のぬくもりが心に染みる。それと同時に湧き上がるこの思い。これがこのまま伝わればいい。アルベルは静かに言った。
「お前にとって…言葉だけが真実か?」
アランが、はっと息をのむのが分かった。
「こっちを向け。」
アランは素直に従った。濡れた瞳がまっすぐにアルベルを見つめる。アルベルは手の平でアランの頬に伝う涙を優しくぬぐった。
「泣くな。お前が悲しむと俺は…」
アルベルはそこで言葉を切り、黙ってアランを抱き寄せた。
最早、言葉はいらなかった。