朝の光が差し込む中、アランは晴れやかな気分で目を覚ました。視線を隣に移す。そこでは最愛の人が静かな寝息をたてている。それを起こさぬようにそっと身を起こした。ベッドに流れる艶やかな髪を指先で撫でながら、安らかな寝顔を目で愛する。そうして心の底から、そうしていられる幸せを噛み締めた。
(誰がこうしてこの人の寝顔を見守れる?こんな風に触れる事が出来る?私以外の誰が。)
それは紛れもなく、アランが特別であるという証。アルベルは不器用ながらも精一杯、そう伝えてくれた。
アランは髪の一房をするりとすくうと、愛を込めてそれに口付けをした。
アルベルがああしたやり方で退こうとしたのには理由があった。それを推察すべきだったのに、何も話してくれぬことに落胆し、それを責めるような真似をして…。自分はなんて愚かなんだろう。
何も言わなくても、全てを理解できるようにならなければ。
(あの男の出る幕などなくなるくらいに。)
「あ…。」
思わず、アランは小さく声を上げた。チラリと思い浮かんだ人物とともに、大変な事を思い出してしまったのだ。
アランは朝食を作りながら、激しく後悔していた。
(何故、あんな話に乗ってしまったのだろう。どうして、私はこんなに馬鹿なのか…)
あの時は、アルベルをなんとしてでも復帰させたい、独占したい、という気持ちが強くて、そこに出されたカレルの案がアルベルを手に入れる唯一の手段のように思えた。他には何も考えられず、ただそれに飛びついた。しかし、アルベルの本心を知った今、もうそんなことをする必要ない。アルベルが団長であろうがなかろうが関係ない。
いわばアルベルを辱めるような作戦に乗ってしまった自分を許してくれるだろうか。それでも尚、『お前は特別な存在だ』と、そう思ってくれるだろうか。これがきっかけで二度と信用してもらえなくなったら…そう考えると恐ろしくて、とても食事が喉を通らない。そんなアランの様子に、アルベルが気付いた。
「どうした?」
アルベルは食後の紅茶を飲みながら、アランをじっと見た。人を射抜くような紅い瞳に、アランはたちまち動揺した。
「あの…。」
何とかこの場を誤魔化せないかと思って、次の瞬間、そう思ってしまったことを恥じた。この人に嘘や誤魔化しをしようとするなんて。しかし、どうしても次の言葉が出ない。
「顔色が悪い。具合が悪いんじゃねぇか?」
優しく自分の身を案じてくれるアルベル。アランはがっくりと肩を落とした。このままここから逃げ出したい。だが、今を逃せば事態は更に悪くなる。アランは覚悟を決め、内心震えながら口を開いた。
「実は一つ、あなたにお話していない事が…。」
「何だ?」
アランはさっと席を立つと、アルベルの前に跪き、「申し訳ありません。」と深々と頭を下げた。
「つまらない独占欲から、私はとんでもない過ちを犯してしまいました。カレル・シューインの企みに同意するなど、本当にどうかしていて…」
アルベルは、アランの思わぬ行動に目を丸くしていたが、カレルの名が出た途端、その目をすっと細めた。果てしなく嫌な予感がしたのだ。
「どうか!…どうか…愚かな私をお許し下さい!」
「いいから話せ。」
「舞踏会の件…なのですが…。」