アーリグリフ城の一室では、シーハーツの縫子達がせっせと舞踏会用のドレスを縫っていた。今、彼女たちが縫っているのはアルベル精鋭部隊の幹部たちの分だ。
舞踏会でのアルベルの女装は祭りの目玉であり、それで見劣りするようなことがあってはならぬと、アルベルのドレスだけはアランが請け負い、特注で作ることになったが、残りの者たちの分は、経費削減のため、集めた古着をそれぞれの体格に合わせて仕立て直してもらう事となったのだ。勿論、アーリグリフにも縫い子はいるが、カレルは敢えてクレアに頼む事で、お互いの交流を図った。そして、それは成功した。
クレアは早速シーハーツから裁縫が得意な部下達をアーリグリフに呼び寄せた。そして、採寸の為にカルサアからアルベル精鋭部隊幹部の面々がアーリグリフ城にやってくると、最初は遠慮気味だった女たちも、やがて何色が似合うだの、どういうドレスにしようかだの、髪型は、化粧はと、寄ってたかって面白がってくれた。
カレルは「俺らの分は、てきとーで良いから。」と言っていたのだが、女たちはこういう面白い仕事をもらえた事が嬉しいらしく、流行遅れのドレスをいかにセンスよく蘇らせるか、どういうデザインにしたらモデル(注:野郎共)の美しさを引き立たせる事が出来るか、皆真剣に腕を競い合っている。
作業はうわさ話に花を咲かせながら着々と進んでいく。
「漆黒の幹部っていうからよっぽど怖いオジサン集団が来るかと思ってたら、みんな若かったよね〜。」
「うんうん!照れちゃって可愛いの!」
「女装もみんな結構いけそうじゃない?」
「うーん…それはどうかな〜?」
「カレルさんは全然オッケーだよね。」
「うんうん!あの人は絶対可愛いよ!」
「彼、年いくつだろ?」
「さあ、私と変わんないくらい?」
「いやいや、そんなに若くないよ。22、3くらいじゃない?」
「ふーん…。」
「なんで?」
「あー!ひょっとして、狙ってんじゃないでしょうね!」
「や、やーだ!違うよー!」
「隠すな、隠すなー♪」
「ホ、ホントだって!だって、一番若そうなのに、みんなが敬語使ってたじゃん?それで、なんでだろうって…。」
「だって、あの人がアルベル・ノックスの片腕なんでしょ?」
「えッ!うそッ!?」
「漆黒の頭脳カレル・シューインって、多分あの人の事だよ。」
「えーーッ!!」
「全ッ然そんな風に見えなーい!」
「それって、別のカレルさんなんじゃないの?」
「違うよ。だって、漆黒の幹部が敬語使ってたんだから。」
「あ、そっかー。」
「ついでに言っときますけど、私はライマーさん狙いですからね。」
「あ、ずるぅ〜い〜!私も〜!」
「私はユークさんがいいな♪」
「あー彼もいいなぁvクールでちょっと神経質そうな感じが素敵よねv」
「この浮気者〜!」
「じゃ、私はカレルさん!」
「えーッ!?」
「えーって何よ?狙ってないんでしょ?」
「う……。」
キャイキャイと誰が誰を取るかでもめている中、一人が皆を意味深に見渡し、
「ねぇねぇ、アルベル・ノックスってさ。」
と、声を落とした。皆、仕事の手を止め、それを聞き取ろうと頭を寄せ合ってくる。
「実は、アラン様に気があるんじゃないの?」
その爆弾発言に、その場にいた者たちは一斉に絶叫した。
「「「「うッそーーッッ!?」」」」
女たちの黄色い叫び声が部屋中にジンジン響く。
「しーッ!」
一人が慌てて、声が大きいと皆を抑える。部屋には他に人はいないのだが、内容が内容なだけに、そうせずにいられなかったのだろう。
「だって、この間さ…」
「そうそう!アイツずっとアラン様と一緒にいたよね!」
「アラン様の部屋に入り浸って、その上、昼寝までしてたらしいよ!」
カルサアから漆黒の幹部たちがやってきた時、アルベルも一緒に城に訪れていた。幹部たちが散々玩具にされている間、アルベルはアランを従えて別室にて採寸を行い、アランに用意させた食事を食べ、アランの部屋のソファで昼寝した挙句にオヤツまで平らげ、更には飛竜で送らせた…と女たちの目には映ったのだった。実際は、久々の王への接見と、不承不承の採寸を済ませたアルベルは不機嫌マックスでさっさと引き上げようとし、それをアランがあの手この手で引き止めたのが真相であるが。
「それで、今回女装でしょ?女装してアラン様と踊ろうって魂胆なのよ、きっと!」
「いや〜ん、ずぅずぅしぃ〜!」
「しかも、ドレスは特注なんだって!」
「アラン様と踊るためにそこまで気合入れるなんて、信じられな〜い!」
アランは『様』なのに対し、アルベルは呼び捨ての上『アイツ』呼ばわり。女たちは勝手な推測で言いたい放題言っている。だが、
「でもさ、アラン様って恋人がいるんでしょ?」
その一言で、場の空気がずーんと沈んだ。
「そうなのよね…。ちょー悔しいけど…。」
「いいよね〜。アラン様に愛されるなんてさ。え〜ん〜羨ましいよ〜。」
さっきまで漆黒の誰を取るかで揉めていたくせにそれはそれ。アランは手の届かぬ王子様的存在として別格なのだ。
「その人…美人かな?」
「私よりブスだったら許さないもん!」
「でもさぁ、歪みのアルベルもそれは知ってんじゃない?」
「アラン様に恋人がいるからって、それで身を引くような奴だと思う!?」
実際はどうだか全く知らないのだが、アルベルの傲慢なイメージから、皆勝手に納得した。
「立場を利用して、あれこれ命令してたりして。」
「流石のアラン様も、アルベル・ノックスには逆らえないよねぇ〜。」
「え〜!それって、それって…!」
女たちの頭上に妄想がもわもわと沸き起こった。
『アラン。今夜、俺の部屋に来い。…わかってるな?』
『しかし、私には心に決めた人が…。』
『ほう?俺に逆らうのか?』
『い、いえ…。』
『フン!気に入らねぇな…。この俺に二度と口答えする気が起きねぇように、後でじっくりと調教してやる。』
「きゃあぁあ!やだあ!」
「いやいや、信じらんなーい!」
「やめてー!アラン様を汚さないでよー!」
声が大きいなどという意識は完全に吹っ飛び、ぎゃわぎゃわと大騒ぎ。机をバシバシ叩いて、イヤイヤをしながら全否定していると、そこへ、ネルとクレアが入ってきた。
「何、騒いでるんだい?廊下まであんた達の叫び声が響いてたよ。」
「あ、ネル様、クレア様。」
クリムゾンブレイドの登場に、女たちは慌てて仕事に戻った。