アランが正式に疾風団長に就任してからというもの、アランはことあるごとにアルベルにつきまとった。無論、アルベルはそれを鬱陶しく思ったが、威嚇しても笑顔で返され、罵声を浴びせてもさらっと聞き流され、追い払っても追い払っても、ケロリとしてまたつきまとってくる。
これまで周囲に対して張ってきたバリアが、アランには全く通用しなかった。
まるでハエにでもたかられている気分で、アランの顔を見るたび、また来たかと、いやーな顔をしていたアルベルも、とうとう根負けし、無駄な抵抗は諦めた。アランの語り掛けに相槌くらいは打つようになり、やがて、頭の回転が速く、幅広い知識を持ったアランとの会話を楽しむようになった。
アランはついに、アルベルの隣というポジションを獲得したのである。
半ば強引に誘った食事の席で、アランはずっと訊きたくて仕方が無かったことを質問した。
「アルベル様は御結婚なさらないのですか?」
口に運びかけていたフォークが、途中でぴたっと止まり、アルベルは大きな溜息をついた。
「またその話か。どいつもこいつも、結婚だ、後継ぎだと、うるせえったらねえ。」
「誰か心に決められた方でも…いらっしゃるのですか?」
「いるわけねえだろ。女には興味ねえ。」
いなさそうだとは思っていたが、アランは内心ドキドキしながら返事を待ち、アルベルの口からハッキリとそうきいて、ホッと安心した。が、ふと引っかかった。
(女には―――?)
「では男には?」
唐突な質問に、アルベルが食べ物を喉につまらせ咳き込んだ。
「大丈夫ですか?」
アランは慌てて水を注いで、アルベルに渡した。アルベルは、一頻咳き込んだ後、涙目になりながら、
「阿呆か、お前は!」
と一喝した。冗談にも程があるとアランを見ると、真剣な目つきとぶつかった。
「でも、あなたに言い寄ってくる者も多いでしょう?」
「けっ、冗談じゃねえ。考えただけでぞっとする。それより、そう言うお前はどうなんだ?」
「私には心に決めた人がいますので。」
「ほーお。じゃあ結婚するのか。」
「したいです。本当に。でも…できません。」
「なんでだ?」
「私の一方的な片思いですから。」
「ほぉ、お前が?」
アルベルはアランの整った顔をチラリと見た。
(この顔に言い寄られたら、どんな女でもイチコロだろうと思っていたのだが、案外苦労してるってわけか。)
「だったら、こんな所で俺とメシなんて食ってないで、そっちに時間を使え、そっちに。」
「そうですね。」
アランは笑顔で当たり障りの無い返事をし、さりげなく話題をかえた。
仕事部屋に戻って、アランはさっきの話の続きをしてみた。
「あなたは恋をしたことはないのですか?」
アルベルは窓辺に腰掛けて、外を眺めていた。スリットから左足の付け根がこちらに丸見えになっている。その白さを、気付かれないようにそっと目で撫でる。
「…無い。」
「一度も?」
「無い。」
「男女の関係も?」
「ッ!!だから無いと言ってるだろう!」
アルベルはとうとう怒り出した。
「皆俺を馬鹿にするが、経験が無いと言うのがそんなにおかしい事か!?だいたい、なんでそんなにやりたがるのか、そっちの方が俺にはわからん!」
そんな、男だったら普通信じられないようなアルベルの言葉に、
(どうして思わないんだろう?アルベル様には、性欲が無いのだろうか。)
と、アランはビックリした。
「まあ、気持ちがいいからでしょうか…。それになにより、欲求がたまったりしませんか?」
「…。」
アルベルはムッツリと黙り込んだ。顔が少し赤くなっている。そのあまりに正直な反応に、
(なんて、可愛いんだろう!!)
と思いながら、ふとある事を思いついた。
「自分でするより、人にしてもらった方が、快感の度合いが大きいのですよ。本当に、全然違います。」
アルベルはふいっと窓の外の方を見て、
「…人に触られるのは嫌いなんだよッ!」
と白状した。
(成る程。)
人に触れられるのを嫌うのは、病的なものか、もしくは体が極めて敏感であるためかのどちらかである。これまで、書類などを渡す際、アルベルの手に触れたこともあったし、飛竜に乗せる時には手を貸したりもしたが、別にそれらを嫌がる様子は見られなかった。
(と、言うことは…。)
そう考えただけで、アランの下半身に痺れが走った。それを押し隠し、確信を持って更に畳み掛けた。
「でも、慣れると病みつきになります。そして、どうしてみんながやりたいと思うのかもきっとわかると思いますよ。」
「…。」
アルベルは窓の外を見てはいたが、耳はこちらに傾けており、自分の話に少々ぐらついているようだ。全く興味が無いわけでもないらしい。その恥らっている少年のような表情を見て、
(これはひょっとしたら上手く行くかもしれない!)
とほくそえんだ。
「ちょっとだけ試してみませんか?」
「何を?」
「ですから…。」
とアルベルの背後にまわった。ドキドキしながら露わになっている太ももに手を伸ばし、するりと撫でた途端、ドウッと鳩尾にアルベルの肘がめり込んだ。
「何しやがんだ、この阿呆がっ!!」
うずくまるアランをそのままに、アルベルは顔を真っ赤にして部屋から出ていった。
アランはしばらくそうやってうずくまっていたが、そのうち笑いの衝動が起こってきた。
「くくっ、くっはははっ、ははははは!!!」
そうして笑いながら、
(もうだめだ。)
と思った。我慢の限界だった。
(あの人が欲しい!!無理やり犯してしまいたい!!!)
もう、この欲求を抑えることはできない。そうすれば、きっとアルベルの心も体も深く傷つけてしまうだろう。
(そうなる前に手を打たねば…。)
危険分子は消去する。
それが自分だとしても例外ではないのだ。
急に笑いが消え、そしてぽつりと、
(もう、こんな思いはたくさんだ…。)
と思った。