ロメロの一件以来、アルベルは敵の術に嵌ってしまった自分の脆さを鍛える為、部下達が引き上げた後も、一人残って稽古をしていた。そこへ急に雨が降り出し、それでも構わず刀を降り続けた。そして雨に濡れながら帰ってきた頃には、体がすっかり冷え切ってしまっていた。
アランは急いでアルベルを風呂に入れ、温かい飲み物をアルベルに飲ませたが、次の朝、アルベルはしっかり風邪をひいていた。
アランはアルベルの額に手を当てた。
「だいぶ熱がありますね。」
「このくらい、稽古したらすぐ治る。」
「だめです!」
アルベルはベッドに寝かしつけられた。大したことない、というアルベルの言葉を聞き流してアランは医者を呼び、アルベルに薬を飲ませた。
アランはベッドの横に付きっ切りで、アルベルの額に濡れた布巾を時折替えている。
「お前にまで風邪がうつるぞ。」
「構いません。どうか傍にいさせて下さい。」
アランのやさしい眼差しに、アルベルの遠い記憶がよみがえる。自分をやさしく撫でてくれた母のあのあたたかい手。何も考えず、安心して甘えることができた存在。
母の深い愛情に包まれ、自分が愛されていることを信じきって、それを疑うことなど知らなかったあの頃。
(そう言えば、俺にもそんな時があったな…。)
なんとなくアランに甘えてみたい気分になり、そんな自分の気持ちに驚きながら、なんとなく、アランが布を絞っているのをじっと見ていると、アランが気付いた。
「どうしました?」
ヒヤリとした布をアルベルの額に当てながら、やさしく訊いてきた。
「…いや、何でもない。」
「遠慮なさらないで、何でも仰って下さい。」
本当に何でもなかったのだが、何か言ってみたくて、あれこれ考え、ふと思いついた。
「粥を作ってくれ。薬草のいっぱい入った。」
「薬草ですか?」
「ああ。飛び切りまずいやつが食いたい。」
「まずいやつ、ですか…。」
アランは、その要求に少々戸惑い、風邪だからアルベルの味覚が狂っているのかもしれないと思いつつ、でもアルベルの頼み事なので、とりあえず風邪に効きそうな薬草を揃えて作ってみた。
「あの…。一応、できたのですが…。」
「ああ。」
アルベルは起き上がって、アランが恐る恐る差し出た粥を、一口食べて、
「まずい。」
と笑った。
「申し訳ありません!作り直します!」
最初は、アルベルの言った通りに一応作ってみたのだが、そのあまりのまずさに、これは食べられたものではないと、少々手を加えたのだ。それでもひどい味にはかわりなく、でも飛び切りまずいのと言われていたので迷いながら出してみたのだが、
(やっぱり、もっとちゃんとつくればよかった。)
とアランは後悔した。だが、アルベルは、
「いや、これなら食える。」
と、満足そうに食べ始めた。
「あの、無理なさらなくても。かえってお体に悪いのでは…。」
「昔、親父がつくってくれた粥はこれよりひどかった。あれはとても食えたものじゃなかったからな。」
「…。」
「親父はそれを俺の母から教わったのだといっていたが、実際はこれだったんじゃないかという気がする。」
アルベルはそう言って、結局、全部平らげてしまった。
「満足した。」
「よかったです。」
アランが食器を片付けて戻ってくると、アルベルは眠ってしまっていた。
アランはそっとベッドの横に座って、その安らかな寝顔に微笑みかけた。アルベルが大切な両親の事を自分に話してくれたことが嬉しかった。
(あの粥がアルベル様の心を、少しでも癒してくれたらいいのだが。)
アランはずっとアルベルの寝顔を見つめ続けた。