小説☆カレル編〜短編集---オレストは見た!(2)

  「ゴホッゴホッ…ゴホゴホゴホッ!」

団長室のドアを開けた途端、カレルさんの咳き込む声が聞こえてきた。部屋の隅っこに置かれた机がカレルさんの仕事場所。本当なら大きな個室を貰える立場にあるのに。しかもその机は装飾も何もない、とても簡素で質素なもの。知らない人が見たら、間違いなくカレルさんのことを秘書官…いや使用人だと思うだろう。

だけど、その机はカレルさんの親父さんが、カレルさんの体格にぴったり合うように作ってくれたものらしい。カレルさんの注文通りに、引き出しとかに色々と仕掛けがあったりして、遊び心がくすぐられる逸品だ。カレルさんはそれが超お気に入りなのだ。

カレルさんはいつものように椅子の上に胡坐をかいて座り、忙しく何かを書いていた。俺が近寄っても顔を上げようとしない。かなり集中しているらしい。

  「カレルさん。」

俺は書類を机に置きながら、カレルさんの顔を覗き込んだ。

  「ん?ケホッケホッ!」

カレルさんはチラッと俺を確認すると、すぐまた視線を戻した。

  「熱があるんじゃないっすか?」

  「かもな。」

  「休んだ方がいいんじゃないっすか?」

  「大丈夫だってゴホッゴホッ!」

カレルさんは咳き込みながら、あっちへ行けと手をヒラヒラさせた。集中しているところを邪魔されるのが嫌なんだ。しかし、これはどう見たって大丈夫じゃない。頬の火照り具合からして、相当熱があるはずだ。

俺はすぐさまライマーさんを探した。カレルさんはライマーさんの言う事なら素直に聞くからだ。



  「風邪?」

  「はい。でもかなり無理してるようで。」

  「わかった。」

ライマーさんは報告書を書いていた手を止めて立ち上がった。「大の大人が風邪をひいたくらいで大げさだ」とか、「そんなの放っておけばいい」とかいう、普通だったら当り前の話にならないのは、カレルさんは放って置いたら本当にぶっ倒れかねない、そんな困った人だからだ。

  「僕が告げ口したってのは黙っておいて下さいよ。」

俺はライマーさんを見送りながらそう言った。ばれたらきっとカレルさんにいぢめられる。ライマーさんはふっと笑って、わかったと頷いて出て行った。人を安心させる笑み。相変わらずカッコイイなぁ…。俺もあんな風に頼もしい男になりたいもんだ。

鏡に向かってライマーさんみたいに笑ってみる。……何で俺だとひょうきんな感じになるんだろう?



しばらく時間を置いてから再び様子を見に来てみると、団長室にカレルさんの姿はなく、机の上に紙が書きかけのまま、そのまま放置されていた。どうやら強制連行されて行ったらしい。

カレルさんの自室に行ってみると、カレルさんは寝巻きに着替えさせられ、ベッドにしっかり寝かしつけられていた。暇そうにぼんやりと天井を眺めているカレルさんに、俺は素知らぬフリをしながら近づいた。

  「なんだ、とうとうダウンしたんですか。」

  「んー…。」

  「薬でも持ってきましょうか?」

  「もう飲んだ。」

流石ライマーさん。抜かりなし。

  「じゃ、ゆっくり寝てて下さいね。」

もう大丈夫だと俺は安心して立ち上がった、その時だった。

  「オレスト…。」

  「何ですか?」

振り向いた俺を、カレルさんが熱に潤んだ瞳でじっと見つめてきた。

ドキッ!

な、なんだろう、この気分!?カレルさんって普段の雰囲気が邪魔しているけど、時々妙に可愛くみえるときがあって…って違うだろッ!!

  「成る程、お前の差し金か。」

ぎくッ!

  「えっ!?な、何がですか?」

カレルさんは何も言わず、寝返りを打って反対を向いてしまった。熱中していたのを中断させられた事に腹を立ててるのだろう。それにしても、ライマーさんを寄越したのが俺だって事、ばれない様に十分気をつけたはずなのに、何で分かったんだろう?いつも思う事だけど、カレルさんってほんとに、人の心が読めるんじゃないだろうか。

  「…何でわかったんですか?」

するとカレルさんがじろっと振り返った。

  「やっぱりか!ゲホッ!ケホケホッ!」

  「ええっ!?カマかけてたんですか?」

  「まぁ七割程度は確信してたけどな。ゴホッ!やってくれるじゃねぇか、ドングリの癖に。ゴホンゴホンッ!」

またしてもやられた!何回この手に引っかかれば気が済むんだ、俺は!こんなだからドングリって言われるんだ。

ドングリなんて変なあだ名を付けてくれたのは勿論カレルさん。最初は、俺の目と髪の色が茶色なせいかと思ったけど、よくよく聞いてみたら、ドングリの素朴さと、手の中で心地よくコロンと転がる感じがそっくりなんだそうな。皆も笑ったって事は、そういうイメージがあるのは確かなんだろう。けど、こんな風に簡単に転がされてしまうのは相手がカレルさんだからだ。カレルさんの手に掛かったら誰だってそうなるに決まってる。あの究極にゴーイングマイウェイなアルベル団長だって、カレルさんにしてやられてるんだから。でも何故かカレルさんはいつも俺ばっかりを標的にしてくる。俺を転がすのがそんなに面白いんだろうか。

…それにしても、せめて『シイの実』にして欲しかった。なんか響きがスマートな感じだから。

カレルさんがブツブツと文句を言い始めた。

  「今日一日ベッドから出るな、だとさ。ったく、そんなに寝てられるかって…ックション!」

  「ちゃんと体を休めて下さいよ。部下に心配かけるなんて、部隊長として失格ですよ。」

  「はー、ぶたいちょーね。お前にやる。グスッ。」

  「本命はライマーさんなんでしょう?」

するとカレルさんはむっつりとなって、

  「…断られた。」

というと、頭からすっぽりと毛布にくるまってしまった。

  「まったくもう…。」

カレルさんって、時々、急に子供みたいになるんだ。でもそれが何だか愛しく感じるのは、普段は本心がどこにあるのかわからない人だからこそだ。この瞬間だけは、間違いなく心からの本音だと確信できるから。

どんなに喜怒哀楽を隠そうとしたって、雰囲気からなんとなく読み取れるものだ。俺はそういうのが得意だと自負しているし、人より秀でているのは確か。でも、カレルさんに関してはその自信がなくなってしまう。勿論カレルさんだって、笑うときは笑うし、怒る時は怒る。けど、本当に笑っているのか、本当に怒っているのか、何を感じ、何を考えてるのか、分からなくなってしまう事が多々あるんだ。カレルさんと同じものを見ているつもりでも、カレルさんは既にその先の先を見ていたりするから。

「今、何考えてるんですか?」と聞いてみても、「自分でも分からない。」っていうような曖昧な返答でぼかされる。それならばと、カレルさんの事を一番よく知っているライマーさんに聞いてみても、ライマーさんですら掴みきれない部分があるというから、俺なんかじゃ全く掴みようがないわけで。それならそれとして、そのまま受け入れることにするって言ったら、ライマーさんはそれが正解だって言って笑った。

そんな事でも考えながら、ライマーさんがくべて行ったんであろう暖炉の薪を火かき棒でならしていると、ノックの音がしてライマーさんが入ってきた。手したプレートには温かいスープとパン。

  「飯を持ってきたぞ。」

だが、カレルさんは毛布に包まったまま、

  「いらねーよ。」

と不機嫌そうに毛布の中から答えた。それに対してライマーさんは、「そうか。」と実にあっさりしたもので、プレートを俺の方に差し出した。

  「なら、オレスト、食うか?肉は入ってないが。」

肉なしかぁ…。ん?っていうことは、もしかして…。

  「これ、ライマーさんが作ったんですか?」

  「まあな。」

するとカレルさんがムックリと起き上がってきた。そして、

  「いる。」

と、俺にそれを寄越せと手を差し出してきた。



  「やっぱお前が作ったのが一番美味い♪」

あっさりと機嫌をなおして美味そうにスープを食べるカレルさん。薬が効いてきたのか咳も落ち着いたようだ。

  「もうちょっと自己管理にも気を配れ。」

と、言っても無駄と知りつつ説教しながら世話を焼くライマーさん。

カレルさんは生活能力が無いに等しい。特に、何かに熱中し出すと、寝るのも忘れ、ただでさえ少ない食事もしなくなってしまう。戦時中は、ライマーさんがカルサアを離れている事が多くて、その時にはよく倒れたりしてた。それをライマーさんが心配して、俺が代りに面倒見るように頼まれたけど、俺がいくら言ったって無駄で、やっぱりライマーさんじゃないと駄目なんだと実感した。

  「ゴホッ!ゲホゲホッ!」

カレルさんが咽だした。その背中をライマーさんがさすってやる。

  「何やってんだ。ほら、口を拭け。」

……普通、こんなに面倒見たりしないって。

例えば俺のダチが風邪で倒れたとして。十中八九、放っとく。まあ、せいぜい酒を持ってきてやるくらい。飯を作って薬飲ませて、着替えさせて…なんて、絶対ありえない。

二人の間で普通だと思っている事が、傍からすれば特別なんだって事、ライマーさんならわかってるはずだ。

それをどうしてもいじりたくなってきた。でもライマーさんを怒らせることになるかもしれないと、うずうずしながらしばらく我慢してたけど、とうとう我慢できなくなった。怒ったら謝ればいいや。

  「ライマーさんってホント面倒見がいいですね?」

  「こういう奴だ。誰かが面倒見ざるを得ないだろう?」

  「そうそう。」

カレルさんが頷くと、「調子に乗るな。」とライマーさんがどついた。だけど、俺にはその逃げは通用しない。

  「でも、ここまで面倒見るってなかなか出来ないと思うんですけど。」

そう。愛がなければ。俺はライマーさんの反応をうかがった。焦ったり動揺したりするかなと期待したんだけど、ライマーさんは至って平常心で、

  「そういう生き物だと思えば別に普通の事だ。」

とさらりと言った。

  「「生き物?」」

カレルさんとハモってしまった。

  「例えばこれが飛竜やルムだったら、エサをやって体を洗って寝床を作って、そうやって面倒見るのは当然の事だろう?」

  「つまり俺は動物並みってことか?」

カレルさんはかなり不服そうだ。だがライマーさんは容赦ない。

  「以下だ。動物の方が手が掛からない。文句言わずに素直に言う事を聞いてくれるからな。」

  「へーへー。お手数をお掛けしてすいませんでした。素直に寝てりゃーいいんだろ!」

カレルさんは空になった皿を突き返すと、ベッドにもぐり、今度こそ完全に不貞腐れてしまった。

…ドングリ扱いよりずーっとマシだと思いますけどね。

呆れて溜息を付くと、ライマーさんがちらりと俺を見た。

その目は微かに笑ってた。

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