パコッ!
机の端に並べられた小さな紙の箱の一つが、豆の玉に当たって弾けとんだ。
「当ったり〜♪」
カレルさんは嬉しそうに小さくガッツポーズを決めた。手には玩具の豆鉄砲。手元のレバーを引くと、バネ仕掛けで豆の玉が発射される。よくできた玩具だ。カレルさんの親父さんが、孤児院(カレルさんの弟さんが働いている)に寄付する為に作った試作品らしい。これは絶対売れるから、店に出したらいいと勧めたけど、親父さんは「子ども相手に商売なんかできん。」と頑として受け付けなかったらしい。「金持ちの子どもしか遊べんような玩具は好かん。」とも。
「楽しいですか?」
ここは食堂。まだ食事中の俺の隣で、カレルさんがこうして遊んでいるのを見て、部下達が笑いを噛み殺しながら通り過ぎていく。
「お前もやってみるか?」
「いえ、いいです。」
本当の事を言うと、ちょっとやってみたい気はあるんだけど…。それより、早く仕事に戻った方がいいんじゃないかなぁ?俺はカレルさんの机の上に積まれていた書類の山を思い浮かべた。だけどカレルさんはお構いなしで、玉を詰めなおして鉄砲を構えた。その目は真剣そのもの。
「カレルさんって、ホント、大人なのか子供なのかわかりませんよね。僕なんか及びもつかないくらい大人かと思いきや、急にガキっぽくなったりするし…」
パチッ!
今度は外れ。カレルさんは残念そうにすると、また玉をつめながら言った。
「俺は本来はガキなんだ。」
「あはは」
冗談かと思わず笑ったら、
「いや、マジで。」
と真面目に言われた。
「えー…?」
カレルさんは真剣な表情で標準に狙いをつけながら言った。
「本当は子供でいたかったのに、状況がそれを許さなかったもんで、仕方なく大人のフリしてるだけなんだよ。」
「えー…そうなんですか?」
パコッ!
真剣に玩具で遊んでいる姿をみるとそれが納得できるような、でも、何が起ころうと泰然と構える軍師としてのカレルさんの姿を思い浮かべると全く納得できないような…。
「本当の大人ってのはライマーみたいな奴の事を言うんだ。」
「それは納得できます。」
ライマーさんは大人だ。なんたってカッコイイ。俺もあんな風になりたいと憧れるけど、素地からして違うってのはよーく分かってる。
…あれ?ひょっとしてカレルさん、ライマーさんが来るのを待ってるのかな?
「アイツ、ガキの頃からガキらしくなかったんだと。」
カレルさんは飛ばした箱をキチンと並べなおしながら言った。
「へぇー。でも、その方がしっくりきますね。お母さんに甘えたり駄々こねたりしてるライマーさんって、ちょっと想像できませんもん。」
「相当オヤジくさい少年だったろーな。」
「誰がオヤジくさいって?」
ンガククッ!
後ろからの突然の声に、思わずジャガイモを塊のまま飲み込んでしまった。食道を無理やり押し広げながら胃に落ちていくのを、拳で叩いて促しながら振り返ると、そこには話題の主が。カレルさんは即座にすっ呆けた。
「は?誰かそんなこと言ったか?」
俺はブンブンと首を横に振った。ライマーさんに対して、『オヤジ』は禁句なんだ。本来ライマーさんは『オヤジ』ってイメージからはかけ離れてるんだけど、カレルさんがからかって遊ぶもんだから、『オヤジ』とか『オッサン』って言葉に過剰に反応するようになったらしい。実際より年上に間違えられるのを本人は気にしているようだけど、俺からすれば、そんだけかっこよければ、多少多めに年を間違えられるくらい大したことないんじゃないですかって言いたい。
大体、カレルさんと比べちゃいけないよ。だってこの人ってば、ハタチといっても通用するもんな。そんなカレルさんは、とりなすようにくるっと可愛く笑ってみせた。そうするとますます若くみえる。
「空耳じゃねぇの?」
「そうか?」
ライマーさんは穏やかに持っていたプレートを置くと、後ろから優しくカレルさんの首に腕を回した。あれれ?何かいい雰囲気…と思ったのも束の間、
「俺にはハッキリと聞こえた!」
と言うや、ライマーさんはカレルさんの首をぎりぎりと締め上げた。
「ぐああああッ!ごめんなさいッ、ごめんなさいーッ!!」
「あの…みんな見てますけど…。」
俺は無駄と知りつつ他人のフリを決め込んだ。仮にも漆黒のトップの人間が、こんなところで年甲斐もなくこんな風にふざけあってていいんですか?ほら、新人も呆れて見てるじゃないですか。俺はちょっと恥ずかしいっす。
だけどこうしたじゃれあいも一つの愛の形。いつだって大人なライマーさんがこうした子供っぽさを覗かせるのは、唯一カレルさんといる時だけだから。