「暑いですねぇ…。」
俺は水で濡らした手ぬぐいを額に巻き直しながらライマーさんに言った。カルサアはトラオム山岳地帯から吹き降りてくる冷たい空気のお陰で夏でも涼しく過ごしやすいはずなんだけど、ここ数日、例年にない猛暑続き。夜もムシムシと寝苦しい。バール山脈の方の火山活動が活発になってるせいだとか。この異常気象に、流石の俺も食欲がわかない。けど、食ったらちゃんと胃に納まるんで、ライマーさんと二人で昼食を済ませて来たところだ。この廊下は少し涼しい。日陰になってるからかな。
「カレルさん、今日も昼食に来ませんでしたね。」
「暑さにバテて食欲が…」
歩きながら何気なく窓の外を見ていたライマーさんはそこで言葉を止め、急に窓から身を乗り出した。そして、俺がライマーさんと同じ光景を見たときには、既に走り出していた。
なんと、一階の渡り廊下の柱の影に、カレルさんが倒れてる!
俺も必死でライマーさんの後を追った。けど、追いつけない!ライマーさん、足速ぇ!
ライマーさんは風のように駆け寄ると、うつぶせに倒れてるカレルさんの肩を揺すって呼びかけた。
「カレル!!」
すると、
「はい、すんませんっ!」
カレルさんがいきなりガバッと上体を起こした。覆いかぶさるようにしていたライマーさんは、カレルさんの後頭部で鼻を潰されないように、素早くそれを避けなきゃならなかった。いつものように、団長に居眠りしているところを叩き起こされたと思ったんだろう。カレルさんはライマーさんの顔を見ると、
「あー、びっくりした…。」
と、再びぱったりと床にうつ伏せた。
「それはこっちのセリフだ。」
ライマーさんは安心して、どっと疲れたようだ。そのまま床に座り込んだ。俺も食直後に全力疾走で、胃がでんぐり返りそうだ。
「なんだ、寝てたんですか?」
「んー。」
カレルさんは顔を反対に向けて寝顔を隠した。
「なんでこんなところで…。」
「ひんやりして気持ちいいんだ、ここ。」
そう言われて、俺も床に触れてみた。
「あ、ホントだ。」
その時、ふわりとカルサアらしい心地よい風が入ってきた。ここは風の通り道らしい。
日陰から見る光の世界は明るく、そして遠く。吹き抜ける静かな風の音に、心がおだやかになっていく。
「何か食べたか?」
ライマーさんが心配する。
「いや…。」
「余計バテるぞ?」
「食いたくねぇ…。」
「何なら食べられそうだ?」
カレルさんは返事をしなかった。ライマーさんは急かすことなく、じっと返事を待っていたけど、俺はそうはいかなくて、「寝てるんじゃないですか。」とライマーさんをせっつこうとした頃、
「…スイカ。」
ぽつりと返事が返って来た。
「じゃあ…」
と立ち上がりかけたライマーさんを、
「僕が行って来ます。」
と、止めた。ここは後輩が行くべきだし、何より二人きりにさせたい。
ライマーさんから小遣い込みの金を受け取った俺は、スイカを調達しに行きながら、ちらっと二人の姿を振り返ってみた。
カレルさんは仰向けになり、ライマーさんを見上げて何か言ってた。
それを見下ろしているライマーさんの顔。
それは本当に優しいものだった。