漆黒で事件が起きた。
漆黒に入りたての新米とそれを指導してた教育係が物置部屋で『おしゃぶり』してたのが見つかったのだ。二人とも雑用係の刑一ヶ月の上、教育係は更に降格処分となった。ちなみに、『雑用係の刑』ってのは旧体制の雑用係(通称・落ちこぼれ組)からきたもの。仕事内容も当時のまんまで、かなり過酷。任務をサボった奴に課される処罰で、サボった分以上に扱き使われ働かされるってわけだ。
処罰を受けたのはそれが勤務時間中だったから。処分を下したジノさんは二人の関係については触れもしなかった。
なのに、アンチホモ派がこれを大きく騒ぎ立てた。扇動しているのは、ライマーさんとカレルさんを応援する『愛の応援団』を、普段苦々しく思ってた奴らだ。ライマーさんを崇拝しちゃってるもんだから、俺らがふざけてライマーさんに『ホモ』のレッテルを貼ろうとしているように思えて、許せなかったんだろう。俺が応援団のリーダーで、そいつらより年は若いんだけど立場が上なもんだから、ずっと文句言えなくて、今ここぞとばかりに不満を爆発させてるんだ。
「野郎同士でヤるなんて、どうかしてるぜ。」
「大体、ホモなんか存在するのがおかしいんだ。」
わざと俺に聞こえるように言うところがなんとも幼い。
この事件、上官の立場を利用して若いのにおしゃぶりさせたのかと思ったら、実は違ったんだ。「命令して無理やり…」って言ったのは教育係の方。新人は10代の若者だったこともあって、最初は無罪放免だった。でも、その後、若い方がジノさんに、自分の罪を重くして、その分上官の処罰を軽減してくれるよう直談判にきたんだとか。入団したばかりのひよっ子が幹部に、しかも強面のジノさん相手(本当はざっくばらんであったかい人なんだけどね)に直談判なんて、相当な覚悟だっただろう。
結果、ジノさんは「それは筋が通らん。これは、任務中にあるまじき行為に及んだことと、教育係としての自覚が足りんことへの処罰だ。」ということで、教育係に対する決定を覆すことはなく、若い方に対しては「合意の上ならば処罰の対象」として、雑用係の刑一ヶ月を課した。
俺だったら情に流されてしまいそうだなぁ。でも筋を通してビシッと決めたジノさん、流石だなあ!
とにかく、その一幕で二人が本気なんだって事がわかった。そうとなれば愛の応援団としてはこの二人を放っておくわけにはいかない!…ってことで、急遽、応援の範囲を広げ、本当はそんなもんなかったんだけど『愛の応援団認定証』なるものを作って、二人を応援団の庇護下に置くと周囲に宣言した。これから好奇の目で見られるだろうし、噂とか批判とか色々と大変だと思うから、さ。漆黒人事公認となれば、下手に手出しはできないはずだし、何より応援してくれる人がいるってのは心強いと思うんだ。
で、愛の応援団のリーダーである俺としては、まずは騒ぎ立ててる奴らを鎮めて回らなきゃならないわけだ。騒ぎがここまで大きくなったのは俺らのせいでもあるからね。
俺は大声で噂話をしてた二人にスタスタと近寄った。まっすぐ来られてちょっとビビッてるみたいだったんで、俺は笑顔を見せた。必殺・太陽作戦。
「いいじゃないか。愛する心に違いはないんだから。」
気楽な感じで話しかけると、二人はほっとした顔をして安心してしゃべりだした。
「全然違いますよ、気持ち悪い!」
「気持ち悪いってのは主観だろ?」
すると、『主観』って言葉に対抗したかったのか、今度は理論的っぽい意見を持ち出してきた。
「非生産的じゃないですか。人類は子孫を残すのが義務でしょう!?」
まあ、頭いいんだぞってみせたい気持ちはわかるんだけどさ。でも、
「誰が決めたんだよ、そんな義務。」
「じゃあ人類が滅んでもいいんですか?」
「それは飛躍しすぎだろ?同性愛の人もいて、異性愛の人もいる。皆それぞれ自由でいいじゃないか。」
理屈を封じられてしまうと、今度は本音を吐き出してきた。
「第一、そんな目で見られてると思うと、ぞっとするんですよ。」
「そうそう、そんな奴らと一緒に風呂とか入りたくないですよ。」
俺はにかっと笑って親指でグーを作った。
「心配しなくても君らは大丈夫!」
さらにダメ押し。
「それとひとつ教えてあげるけど、本当に関心がなければそんな風に大声で否定したりしないもんなんだよ。ホントは興味あるんだろ?」
「はあっ!?何言ってんですか、違いますよッ!!」
「うわっ、ますますあやし〜!」
「違いますッ!!!」
「まあまあ、僕が応援してあげるから、いつでも相談してくれよ☆」
とまあ、こんな調子で、この事件を話してるところに片っ端から首を突っ込んで、だいぶ鎮火してまわったけど、キリがないなぁ。「同性愛など間違ってる!」だの「そんな汚らわしい関係を、漆黒の人事として認めるとはいかがなものか!」だの、「二人を追放すべき。」だの、こうもマイナスの感情を浴び続けるとしんどい…。
あ、ライマーさんだ。訓練から帰ってきたところかな。汗びっしょりだ。…そうだ!俺も体動かして、食らった邪気を汗と一緒に流して来よう!
そう決めて歩きかけて、あれっ…?と気がついた。そう言えば、ライマーさんが「そんなことはすべきではない。」とか「俺は反対だ。」とか言うのを聞いたことがない。
ああいや、「言語道断!」って…あ、でも、あの時は、媚薬を使ってライマーさんをその気にさせちゃえばっていう話だったからな。
ライマーさんは「俺にその手の話題はふるな。」といつも門前払いなんだけど、考えてみたら同性愛に対する意見を言うのは一度も聞いたことがない。否定『的』な態度でいつも門前払いだったから、否定してるんだって勘違いしてた。
…よし、早速確認してみよう!
俺はくるりときびすを返し、風呂場に向かおうとしていたライマーさんを追いかけた。下手に変化球を投げるとそれを逆手に取られて煙に巻かれるので、最初っから直球勝負で話をふった。
「ライマーさん。同性愛ってどう思います?」
「…今度の問題のことか?」
そうなんです、とここで相槌を打ってしまうと、そっちの方に話を持っていかれてしまうので、俺は再び直球を投げた。
「いえ、それとは別に、ライマーさんの意見を聞きたいんです。同性愛について。」
これは避けられないはず。すると、ライマーさんが答えた。
「それは当事者の問題だ。周りがどうこう言うべきじゃない。」
成る程、強引にポイントをずらしてきたか。そうじゃなくて、ライマーさんがどう感じるかっていうのを知りたいんだけど、それを言う前にライマーさんが先手を打った。
「お前は同性愛者か?」
「…いいえ。」
「なら、お前には関係ないだろう?」
うわっぷ、話の筋を逸らしてシャットアウト。でも負けるな、俺!
俺を置いて歩き出したライマーさんを急いで追っかけながら、次になんて切り込もうか考えた。ライマーさんのこの口ぶり、なんか引っかかる。でも、ライマーさんは話を切り上げたがってて、じっくり考える間がなかったんで、思ったまんまをストレートにぶつけた。案外、その方がツボを狙えるんだ。
「それ、ライマーさんには関係あるって言ってるように聞こえるんですけど。」
するとライマーさんはぴたりと立ち止まり、切れ長の目がすっと俺の方に向いた。
「…俺の言った意味がわからないのか?」
ひぃッ!これはもう、
「はい、僕は関係ないです!」
と言うほかない。こっ、怖ぇ〜!
ライマーさんの背中を見送りながら俺は思った。
ライマーさんは同性愛を否定していない。