小説☆カレル編---落ちこぼれ部隊(2)

カレルが唯一の希望としていたグラオが死んだ日、カレルの顔から笑顔が消えた。

どんなに辛くても、どんなに酷い目にあっても、カレルがこんな風に笑顔を見せなくなってしまうことはなかった。いつものように仕事をこなしてはいるが、上の空で目には力がなく、ライマーの呼びかけにも殆ど応じない。

洗濯物を落としてしまった事で兵士達に殴られても、殴られるまま、蹴られるまま、それを防ごうともせず、自分で起き上がろうともしなかった。それを見つけたライマーは自分の身体でカレルを庇い、ぐったりとなったカレルを担いで、急いで部屋に運んで傷の手当てをした。

  「カレル…。」

呼びかけてみても反応はない。昨日までは笑顔で話をしていたのに。

  「なぁ、答えてくれ。今、何を考えているんだ?」

  「…。」

  「カレル!」

ライマーはカレルの肩を揺すり、強く呼びかけた。すると、ようやくカレルが口を開いた。

  「なんか…全てがどうでもよくなっちまった…ってな。このまま死ぬなら、別にそれでもいいかって。」

  「お前が死んだら、残された家族はどうなるんだ?」

  「…俺も一応兵士なわけだし、死んだら手当金がでるだろ。」

  「そんなの雀の涙ほどもないだろう!」

  「それを使い切る頃には弟たちも働ける歳になる。…十分やっていけるさ。」

カレルが既に死んだ後の算段までしていることに、ライマーはぞっとした。

元々、カレルが漆黒でやっていくには無理がありすぎた。それを持ち前のプラス思考でやっと乗り越えてきたのを、こんな状態でやっていけるはずがなかった。このまま精神を病んでしまうか、もしくは本当に死んでしまうかもしれない。そんな危機感を抱いたライマーは、カレルの荷物をまとめ始めた。カレルの手荷物は悲しいほどに少ない。どうしてカレルばかりがこんなに辛い思いばかりをしなければならないのだろう。思わず涙がこぼれそうになったのを、ライマーはぐっと飲み込んだ。

  「カレル。このまま出て行け。」

頑張れなどという言葉をかける事など出来なかった。カレルは既に限界以上のぎりぎりで踏ん張ってきた。そんな人間に、どうしてもっと頑張れなんて残酷な事が言えるだろう。

  「これをもって行け。」

ライマーは一通の手紙を差し出した。

  「ここに住所が書いてある。そこに行ってこの手紙を渡せ。ひょっとしたら、仕事を紹介してもらえるかもしれない。…当てにならなくて申し訳ないが。」

それは父へ宛てた手紙だった。自分の親不孝を伏して侘び、この報いは全て自分が受けるから、どうかこのカレルを雇って欲しいと切に訴えていた。父親の力を借りたくないなどと、形振り構ってはいられなかった。

カレルはぼんやりとそれを眺めているが手に取る気配はない。ライマーはカレルの手を取ってそれを握らせた。

  「どこか他所の町で働いて、そこから家族に金を送ればいいじゃないか。」

ライマーはカレルの手を強く握り、そう説得した。

  「このままここにいたらお前は潰される。」

  「…お前は?俺の為に漆黒に来たのに」

この期に及んでまだ人の心配をするカレル。

  「俺の事はいい。お前がいなくなるなら、漆黒にいる理由はない。風雷に転入させてもらう。」

それは口からの出任せだった。元々風雷に決まっていたのに、わざわざ漆黒に変えてもらったのを、今更、戻してくれなどと勝手な事は言えなかった。しかし、この嘘はカレルの心を揺さぶった。カレルの目に涙が溢れ、まるで子どものようにライマーの首にしがみついてきた。

  「ごめん…。今までつき合わせて悪かった。お前にまで辛い思いをさせて」

放っておいたら、泣きながらいつまでも謝り続けそうなカレルをなだめ、

  「俺が望んでした事だ。気にするな。」

と、荷物を持たせて立ち上がらせた。





ライマーは修練場の裏口からカレルを送り出した後、裏口の階段に腰掛けて、宵闇の中に一人ぼんやりとしていた。夜空に輝く美しい星々の輝きも今は目に入らない。

こんな理不尽な事はない。真に才能のある人間がどうしてこんな憂き目にあわなければならないのか。カレルを失うのがどれ程の損失か、ここにいる人間は全く分かっていない。いつかの日かカレルに陽の目が当たるまで、自分が一番の理解者となり、彼を支えていこうと、そう思っていたのに。とうとうその才能を発揮することなく、誰からも認められることなく、カレルは去ってしまった。

胸にはぽっかりと空いた穴。生きる意味を完全に見失った。何をする気も、何を考える気も起こらなかった。本当に全てがどうでも良くなった。

明日になったらきっと立ち直るから。今はただ、泣かせて欲しい…。

何があっても決して泣かぬと心に決めていた男の目から、一筋の涙が流れた。





サクッ…サクッ…サクッ…

どれ程時間が経っただろうか。流した涙も乾き、いい加減部屋に戻らねばならないと思っていた時、こちらに近づいてくる足音が聞こえてきた。ライマーさっと身構え、じっと暗闇を見据えた。そこに現れたのは…

  「カレル!?お前、どうして!?」

  「娑婆の空気吸ったら気が変わった。」

やつれてはいたが、目には力があり、何よりいつもの笑みが戻っていた。

  「一旦退いてみるってのもいいもんだな。」

カレルは荷物をトンと置き、

  「お前がいてくれて、ホント良かった。」

と笑った。そして、その表情はすぐに申し訳なさそうになり、

  「また風雷に行き損なうことになるな。」

と言った。今度は嬉しさに涙がこぼれそうになるのを堪えていたライマーは、

  「はっ、いいさ。」

と、カレルの余計な心配に思わず笑い、良く戻ってきてくれたとカレルを抱きしめた。

  「恐らく永久にいけなくなる。俺はお前が必要なんだ。」

カレルがライマーの耳元でつぶやいたその予言めいたセリフは、印象深くいつまでもライマーの心に残った。



その日から、カレルは殆ど口を聞かなくなった。しかし、ライマーは今度は心配しなかった。カレルの目には強い光が宿っていたからだ。どうやら深い思考の中にいるようで、草を毟りながらも、時折メモしながら真剣な表情で何かを考えている。

そして、ある日。カレルはライマーに計画を打ち明けた。落ちこぼれ組みを部隊としてまとめ、有望な人材を集め、組織化していく計画だった。それを聞くうち、ライマーは心が高揚し、身体が震えるのを感じた。

  「俺はこれに命を懸ける。目的のために余計な情は一切捨てて突っ走る。もし間違った方向にいきそうになったら、止めてくれ。」

カレルの色素の薄い瞳の奥に、今まで見た事がないほどの強い意思が光っていた。

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