小説☆カレル編---ライマー・シューゲル(1)

  「ここがフラトか。」

ライマーは大きなカバンをどしっと地面に置き、一息ついて街の様子を見渡した。士官学校生や兵士見習いの若者たちで賑わう、カルサアの南西部にあるフラトという街。ここに軍の養成学校がある。

国の正式な軍隊に入るには、まずここで基礎教育と基礎訓練を受けなければならない。適性のない者はこの段階で振るい落とされ、それをクリアできた者だけがそれぞれに能力に応じてアーリグリフ三軍のいずれかに配属される。ある程度の教育を受けた者が軍に配属されることで、右も左も、そして海の物とも山の物とも分からぬ者に教育を施す手間と費用、そして人員を大幅に削減できるという、アーリグリフ13世がつくった実に合理的な制度だ。勿論、有事の際には戦場にかり出されることも有り得るのだが。

一般兵の募集は春と秋の二回。応募資格は16歳〜30歳までという年齢制限以外には特に無いため、同期生でも歳も生まれも育ちも全く違う者達が集まり、その人数も期によってバラバラ。大抵、春の応募者は少なく、今回も集まるのは30人程度だろう。秋に応募者が多くなるのは、貧しさのあまり冬を越せないという切羽詰った者たちが集まるためだ。

指定時間よりも早めにやってきたライマーは、受付開始と同時に一番最初に受付を済ませ、広場で待機していた。ここで二年間の訓練を経て、それから正式に軍に配属されるのだ。

程なくして、ライマーに続いて受付を済ませた男たちがポツリポツリと広場に集まってきた。ライマーはその、どう見てもお利巧とはいえない連中の顔を見回し、

  (これからこいつらと二年間過ごすのか。)

と、密かにため息をつき、一般兵の宿舎の先にある立派な建物に視線をめぐらせた。士官学校だ。あそこにいる者たちが、将来自分たちの上官となるのだ。

入学金を払うことができないというだけでエリートコースを外されるこの理不尽さ。

  (だが見てろ。いずれ俺はあいつらを飛び越えてやる。)

ライマーはメラメラと闘志を燃やした。





ライマーはカルサア出身で、庶民の中でも比較的裕福な家庭に一人息子として生まれた。ライマーは幼少の頃から一風変わった子どもだった。恐ろしい程に頑固で、なんでも自分で決めなければ気が済まず、一旦こうと決めたら、周りが何と言おうと一歩も譲らない。間違ったことが大嫌いで、若干10歳にして親に説教する始末。明らかに両親とは異質だった。家庭を顧みない夫を持つ寂しさから、子育てに生甲斐を見出そうとしていた母は、そんな我が子を持て余し、ますます孤独を噛み締めるようになった。

身勝手な父から『他所で作った子だろう』と、母が責められずにすんだのは、ライマーが自分の父親、つまりライマーにとっては祖父に生き写しのようにそっくりだったからである。祖父は軍人で非情に厳格な人だった。ライマーの父はそれに耐え切れずに若くして家出をし、商売をはじめた。祖父が嫌っていた職業の内の一つだ。やがて祖父も死んで、やっと開放されたと思っていたところが、生まれてきた子が、死んだ父親にそっくり。父はその因縁のようなものにぞっとしたという。

父親は幅広く商売をやっていて、カルサアが鉱山の街として賑わっていた頃にはその流れに乗って銅を扱っていたが、年々採掘量が減っているのを見て取るや、そこからさっと手を引き、戦争が起こりそうな情勢をいち早く察知すると、すかさず武器を扱うなど、実に商売上手な人間だった。だが、それがライマーには、職人のようにこれと決めた道を究めるわけでもなく、聖職者のように人の為につくすわけでもなく、あこぎに人の足元をみて商売しているように思えて、そんな金で生活していることが、嫌で嫌で仕方が無かった。

その一方で憧れたのは、軍人として最後まで正義を貫いた祖父やアーリグリフ王国騎馬騎士団「風雷」団長ウォルター伯爵。仁義を重んじ大義のために生きる。あれこそが男の生き様。自分も必ずや立派な軍人となり、ウォルター伯爵に生涯をささげるのだと、ライマーは子どもの頃から決めていた。

そして、学校を首席で卒業した15歳のある日、早速息子に仕事を教えようとした父親に、ライマーは、

  「俺は軍人になる。」

と、そう宣言した。そんな息子の爆弾発言に両親は目を剥いてひっくり返った。

  「軍人だと!?何を馬鹿なことを言ってるんだ!お前は跡継ぎだぞ!?」

  「俺は親父の仕事を継ぐ気は無い。」

  「な、なんだと!?」

  「俺は俺の道を行く。」

  「生意気な口をきくな!誰がここまで育ててやったと思ってるんだ!ええっ!?」

  「子どもを育てるのは親の義務だ。でも、学校を卒業した俺はもう子どもじゃない。だから、これからはもう世話にはならない。」

唾を飛ばしてがなり立てる父、おろおろとただ泣くだけの母。ライマーは自ら親子の縁を切ってしまうと、荷物をまとめて家を出た。



養成学校へ入れるのは16歳から。まだ15歳だったライマーは知り合いのところに一年間下宿させてもらい、配達や家庭教師をしながら、金を貯め、それを入学金にあてるつもりだった。入ってしまえば後は奨学金制度を利用すればよい。やっていける自信はあった。

だが、現実はそう甘くは無く、生活するだけで金がかかり、やっとの思いで貯めた金は、入学金には到底足りなかった。ここで金を払えるか払えないかで、まさに天国と地獄ほどに人生が分かれてしまう。一般兵とは違い、士官学校に入れるのは16歳で、募集も春に一回のみ。ライマーは焦った。誰かに金を借りようにも、借りれる相手などいないし、大体そんな大金を若干16歳の少年に金を貸してくれる者などいないだろう。息子に甘い母に言えば父に内緒で工面してくれるかもしれないという考えがちらりと浮かんだが、次の瞬間にはそう考えてしまった自分を恥じた。世話にはならぬと決めた以上、それは貫かなければならない。

そして、悩みに悩み抜いて士官学校を諦め、一般兵から入るしかないと覚悟を決めた。一般兵から入っても、死ぬ気で頑張れば、ウォルター様ならきっと実力を認めてくれるはずだ。士官学校からの楽な道をゆくよりも、敢えて苦難の道を行くことで己を磨こう。そんな思いで軍に入ったのだった。





いつだったか、カレルにこの話をしたとき、

  「ばっかだな、お前。変な意地張らずに親に金払ってもらえばよかったんだ。」

と、カレルは迷わずそう言った。今の自分なら、それもそうだと笑って受け入れられるが、その当時はそういう事を考えるだけで嫌悪感を覚えた。あまりに堅苦しく潔癖過ぎ、そして世間知らず過ぎた。

だが、そのお陰でカレルや仲間達と出会い、こうして今の自分がある事を考えれば、その時の選択は間違っていなかったと、しみじみと思うのだった。

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