小説☆カレル編---ライマー・シューゲル(2)

募集締め切りの時刻になり、養成学校の教官たちによる挨拶が始まろうかというぎりぎりになって、一人の青年が駆け込んできた。最後の受付を済ませたその青年は、周囲の人間に親しげに声を掛けながらこちらの方に近寄ってきた。

それを見たライマーは友達の多いやつだと思ったが、声を掛けられた相手の戸惑いの表情からすると、どうやらそうではないらしいことに気付いた。そして、見ず知らずの人間であるはずのライマーにも、

  「よっ!お前、でけぇなぁ!」

と、気軽に挨拶してきたことで、やはりそうではなかったを確信した。

  「誰だ、お前。」

ライマーは『馴れ馴れしい奴だ』という厭味のつもりでそう言った。すると、そのまま先へ行こうとしていた青年は足を止め、ライマーを見上げて二カッと笑って名を名乗った。

  「カレル・シューイン。お前は?」

カレルと名乗った青年は、唯一自分に話しかけてきたライマーに付きまとうことに決めたようで、隣にとんと荷物を置いた。ライマーは内心、他の奴らのように軽く流せば良かったと後悔しながら、一応の礼儀として自分も自己紹介をした。

  「…ライマー・シューゲル。」

  「よろしく、ライマー。仲良くしようぜ?」

差し出された手を義理で握りながら、ライマーは改めて相手を値踏みした。カレルの服装はつぎはぎだらけで、手荷物も他の者と比べて一際少なかった。余程貧しい家庭なのだろう。そういうことで差別をする気はないが、軽薄で馴れ馴れしく、いい加減そうな雰囲気は気に入らなかった。自分が最も嫌うタイプの人間。こいつとは相容れないと思った。

それがまさか、生涯の友になろうとは、その時のライマーには想像すらできなかった。





兵舎での生活は厳しいものだった。朝6時起床。号令と共に廊下に整列し、点呼の後、駆け足で広場に行って体操をする。朝食がすんだらまず学科。そして昼食を挟んで訓練があり、就寝前にまた学科。その頃には、皆くたくたに疲れきっていたが、それで居眠りなどしようものなら、

  「貴様は戦場でも居眠りするつもりか!?」

と怒鳴られ、廊下で散々腕立て伏せやスクワットをやらされる羽目になるため、皆必死で睡魔と闘っていた。

訓練は全員同じメニューをこなすが、学科は読み書き計算が出来る者と出来ない者とで、AとBの2クラスに分けられた。Bクラスでは、まずは読み書き計算からやっていくのに対し、Aクラスではいきなり理論から入る。殆どの者がBクラスに入る中で、ライマーは勿論、Aクラス。 しかし、Aクラスとはいっても、所詮一般兵レベル。学校を首席で卒業してきたライマーにとっては生ぬるいにも程があった為、ライマーは自分で計画を立て、将校として必要な勉強を自分で進めていた。

一般兵から叩き上げで将校になるなど、滅多にないことで、並大抵の努力では到達できない。一分一秒たりとも無駄には出来ないというのに。それなのに…

  「そんでよ。その女がまた、ぷるぃんっぷるぃん!のイイケツしててよ。」

  「ぎゃははははッ!」

休憩時間、Bクラスの連中がわざわざAクラスにやって来る。原因は、カレルだ。カレルは意外なことにAクラスに入った。本はおろか、ペンやノートすら買えないような貧困層のカレルが学校に行っていたとは到底思えない。何か事情があるのだろうが、ライマーには興味がなかった。寧ろ、愛想良くしたつもりは一度もないのに、何やかやと自分に構おうとしてくるカレルを、鬱陶しいとさえ思っていた。 クラスで完全に浮いた存在であるライマーにまで気さくに声を掛けるような、そんなカレルには友人が多く、いつもこうして人が集まってくる。そして、そのせいで今こうしてライマーは迷惑を被っているわけだ。

知性の欠片もない下卑た会話。それのどこが楽しいのかまるでわからない。読み書きが出来ないなら、その間に書き取りでもすればいいのに、くだらない話で時間を無駄にしている。ここにいる連中は意識も志も低すぎる。最初のうちは、休憩時間中に勉強しているのは自分一人だけだったので我慢していたが、日に日にイライラが募り、とうとう限界がやってきた。ライマーは握っていたペンをパタッと置いて立ち上がった。

  「悪いが、少し静かにしてくれないか?」

出来るだけ事を荒立てたくないと、言いたい事を全て飲み込んで、精一杯紳士的に頼んだつもりだったのだが、その甲斐もなく、連中が一斉に気色ばんだ。ただ一人、椅子に座ってじっとライマーを見上げているカレルを除いて。連中の一人が、与太歩きで近寄ってきた。

  「か〜っ!真面目に勉強なんかする奴の気がしれねぇ〜!」

まるでこっちの方がオカシイというような口ぶりに、ライマーはむっと顔を顰めた。

  「ここは勉強する場所だ。勉強する気がないなら出ていけ。」

  「何だと、こるぁ!?」

ライマーはいきなり胸倉を掴まれた。他の連中たちからも穏やかならぬ視線が浴びせられる。そんなヤクザ崩れな連中から取り囲まれながらも、ライマーはたじろがなかった。ライマーは上背もあり、力もある。相手を力で叩き伏せるのは簡単だった。しかし問題を起こしたくは無い。こんな馬鹿な人間のせいで将来が断たれるなど、馬鹿馬鹿しいにも程がある。それで、この事態をどうしたものかと悩んでいると、

  「待て待て!今のはお前が悪い。」

と、意外な人物が止めに入った。カレルだ。しかも、仲の良い連中よりも自分の肩をもったことに、ライマーは少々驚いた。

  「何でだ!?」

当然、連中は憤慨する。

  「こいつは『悪いが』ってお願いした。それを馬鹿にしたのはお前の方だ。だろ?」

全くカレルの言う通り。だがそれでこの頭の悪い連中が納得するとは思えない。ところが、

  「…けっ!」

相手はライマーの顔にそう吐き捨てると、胸倉を掴んでいた手を離した。

  「これでお互い様ってことでいいだろ?お前らのクラスであそぼーぜ!」

カレルが連中を促すとぞろぞろと動き出した。

  「あーあ!優等生って奴はこれだからよー!煮ても焼いても食えねぇなー!」

一人が通りすがりにライマーの机を蹴っ飛ばして行った。派手に机が倒れ、上に載っていた本やペンが散らばる。だがライマーはそれを黙ってやり過ごした。腹は立ったが、これで事態が収拾できるなら安いものだ。

  「はいはい、お外お外!」

カレルはそういって、連中をなだめながら外へと送り出してしまうと、一人、ライマーのところに戻ってきた。まだ何か用があるのかと、ライマーがウンザリしていると、カレルは倒れた机を元に戻し、散らばった荷物を拾い始めた。

  「悪かったな。」

カレルが謝ってきたことに、ライマーは驚いた。

  「……いや…いい。」

ひょっとしたらこいつは他の連中とは違うのかもしれない。そう、少しだけ見直しかけたとき、

  「けどな。お前、もうちょっと丸くなった方がいいんじゃねぇか?ダチも大事だぜ?」

自分の態度をそう批判されて、かっとなった。カレルに軽蔑の眼差しを向ける。

  「お前は何のためにここに来ているんだ?『ダチ』と仲良く遊ぶためか?」

すると、カレルは肩をちょいとすくめた。

  「いいや、金の為。」

そんな、ライマーからすればあまりに下種な返答が、あまりにアッサリケロリと返されたことで、ライマーは完全に虚をつかれた。

  「…そうだと思った。」

呆気に取られ過ぎて、そう反応を返すまでにしばし時間がかかってしまい、我ながら間抜けだなと思っていると、

  「お前は?何の為にここにいるんだ?」

と、今度は逆にカレルが聞いてきた。そんなこと、聞かれるまでもない。

  「軍人になるために決まっているだろう?」

そう。コレこそが正しい答えだ。それ以外に、ここにいる何の理由があるというのか。するとカレルは、

  「そう言うと思った。」

と、にっと笑って出て行った。その笑顔は、決して馬鹿にするという感じではなかったのだが、ライマーは無性に腹が立った。まるで「良い子良い子。」と頭を撫でられたような気分だったのだ。



だが、それからというもの、カレルは休憩時間にはBクラスにいくようになり、お陰でライマーは静かな環境を得ることが出来たのだった。

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