「試験の答案を返す。名を呼ばれたものは順次取りに来い。」
途端に、どよどよと空気がよどんだ。次々と名前が呼ばれ、全ての教科の答案が返される。答案をさっと隠す者、互いに見せ合う者、がっくりと肩を落とす者。反応は様々だ。指導教官は全ての答案を返し終えると、
「首席、ライマー・シューゲル。」
と発表した。教室がオオーッとどよめき、ライマーに羨望の眼差しが集まった。しかし、自分の答案に目を通していたライマーは渋い顔のままだった。満点のつもりだったのに、点を落としてしまっているのがあったからだ。しかも数学は90点しか取れなかった。どんなに勉強して知識を蓄えていたって、目に見える結果がこれではダメだ。ライマーは悔しさに唇を噛み締めた。
「静かにしろ!以下、追試者並びに追試科目を発表する。追試に合格できなかったものは即退学となる。」
そして次々と挙がっていく落伍予備軍の中に、カレルの名前があった。
「カレル・シューイン、数学。」
(数学…?)
ライマーは思わずカレルを見たが、本人はいたって平然としている。ゴードンに算数を教えていた様子からして、落第点を取るような感じではなかったのだが。
気になったライマーは、成績発表を終えた教官が引き上げていったと同時に、カレルに声を掛けた。
「おい、答案を見せろ。」
するとカレルは、
「ああ。」
と言いながら、周りをキョロキョロしだした。一体何事かと思っていたら、
「おい、俺の答案どこいった?」
どうやらクラス中で回し見されていたらしい。あちこちから回収し、ホイと渡してきた。それを見て、ライマーは驚いた。
一般教養科目はほぼ満点。中にはライマーが負けている科目もある。自分が勝っているのは、ちゃんと勉強しなければ点数の取れない、暗記系や軍の専門科目。
そして問題の数学。確かに10点である。しかし、その10点が問題だった。
最後の問題、あれは満点を取らせまいという意地悪問題だった。満点を目指していたライマーは何とか解こうとしたが、自分の知らない知識が必要だということを感じて、途中で諦めた。試験が終わった後で調べてみたところ、それは何と大学レベルの問題だったのだ。数学の教官は、日頃から「下っ端」だの「馬鹿ども」だのと人を見下すような奴で、試験でわざとそんな問題を出してきた陰険さに、改めて嫌な奴だと思っていたのだったが…。
「お前…これが解けたのか?」
この問題が解けるなら、他のが0点だろうが大したことではない。
「ああ、これな。満点とらせたくねぇんだなってのがアリアリだったから、これだけはキッチリ解答してやったんだ。お陰で他のを解く時間がなくなっちまって、この有様。しっかし、この難易度でたった10点って有り得ねぇよな。えい、100点にしてやれ。」
カレルは10の数字の横にぐりぐりと0を書き足すと、その出来栄えに満足し、半分に折ってきっちり二枚に破った。他の答案も同じように半分に切って、せっせと自作ノートに継ぎ足している。
(ちゃんと試験勉強していたら、こいつの方が上だったということか!?それにしても…)
「お前、いつ勉強したんだ?」
「授業中。」
授業中、確かにカレルは真面目に授業を受けていた。しかし、こまめにノートを取っている様子でもなかった。そこで、カレルのノートは一風変わっているらしいことを思い出したライマーは、
「ノートを見せろ。」
と、切り終わった答案用紙を合わせてトントンと端を揃えていたカレルの手から取り上げた。
(こいつは―――!)
ライマーは驚愕した。カレルは習ったことを相関関係図に集約させていたのだ。完全に理解していなければ、こういう風に集約させることは出来ない。つまり、この図を書き上げた時点で勉強は終わっていたわけだ。
カレルが試験勉強を『もう終わった。』と言っていたのは、それは本当のことだった。
「…授業内容をその場で理解して覚えてたってわけか。」
ライマーはカレルが書いた図の内容が読み取れただけに、その凄さがわかった。カレルがそうやって書き留めているのは、授業中確かに理解し難かった部分。ライマーはとりあえずそのまま頭に叩き込んで済ませていた。その断片的な知識が、これを見たら見事に繋がっていくのが分かった。成る程、アレはこういう意味だったのか。そして、理解するというのはこういうことだったのか。本や黒板の文字を、ただ平面的に闇雲に頭に入れていただけの自分。それに対して、カレルはそれらを三次元に組みなおすことで、物事を包括的に捉え、完全に自分のものにしていたのだ。
「青春真っ只中の貴重な時間を勉強ばっかに使うの勿体無ぇだろ。授業っつー勉強時間枠が既に決まってんだから、それは最大限利用しねぇとな。」
勉強ばかりの毎日を送っていたライマーをまるで諭すかのようにそう言いつつ、
「でもまぁ、今回、初めて試験っつーもんを受けてみて、復習は大事だってことがわかった。結構忘れてるもんだな。ぼや〜っとまでは出てきたんだけどな〜。」
と、ちゃんとフォローすることも忘れなかった。
考え方の次元からして違った。上には上がいるという事を、ライマーは生まれて初めて思い知ったのだった。