カレルとの会話は楽しかった。そして、カレルの自由自在な考え方に接するうちに、ライマーは勉強ばかりにこだわっていた自分が小さく思えてきて、徐々に同期の仲間たちと過ごす時間を増やしていった。もともと、人から頼りにされる要素を多く持っていたライマーはすぐに溶け込んだ。
「カレル、お前はすごいな。」
ある日、芝生の上に二人寝転んで、流れる雲を眺めながら、ライマーはしみじみとそう言った。
「どうしてそんな風に考えられるんだ?俺とは考え方のスケールが違う。」
だが、カレルはそれは自分だけの力ではないと首を振った。
「俺の場合、殆どが受け売りだ。俺の周りにはイイ大人が沢山いてくれて、その人たちに教わったんだ。特にお袋の影響が強いな。そういった意味では俺はすごく恵まれてた。」
カレルの会話にはよく母親の言葉が出てくる。辛いことも悲しいことも全てプラスに換え、明るく生きていく術がそこには詰まっていた。
「お袋には多分、一生敵わねぇだろうな。」
「…一度会ってみたいな。」
「ああ、今度一緒に行こうぜ。まぁ、俺ん家に来たら、まず間違いなく目が点になる。」
カレルは、「お前の驚く顔を見るのが楽しみだ。」と意味深に笑った。二人はいつの間にか、友人たちの中でも一番気の合う親友となり、多くの時間を共有するようになっていた。二人の息の合った仲の良さは周囲の人間も認めるところで、長身のライマーと小柄なカレルを二人セットで「でこぼこコンビ」と呼んだりしていた。
「なぁライマー。俺はつくづく思うんだが、俺とお前って、対極にいるよな。」
「そうだな。俺もそれはそう思う。」
性格も考え方も全く違う二人が、不思議なことに上手い具合に噛みあう。何も言わずとも互いの考えていることがわかったりする程に。
「お前は自分ってもんをはっきり確立してるが、ちょっとばかし柔軟性が足りない。俺は柔軟ではあるが、ふわふわと流されちまう。こつこつと努力を積み上げていくお前、閃きに頼る俺。何でも幅広くこなすお前、得意不得意が激しい俺。俺が持ってないものをお前が持ってて、お前が持ってないものを俺が持ってる。」
「お前が持ってるものの方が随分多い。」
ライマーが軽く笑いながらそういうと、カレルは起き上がり、真顔でライマーを見下ろした。
「俺もお前といるとそういう気分になる。」
思わぬ言葉に、ライマーは驚いてカレルを見つめた。するとカレルはちらっと不貞腐れた。
「お前、自分がもってるもんの価値に全然気付いてねぇ。まぁ、持ってる側からしたら、それが普通って感じるもんかもしらねぇけど、俺からすればそれが勿体無くてしょーがねぇ。いらねぇならよこせっ!て言いたくなる。マジで。」
カレルからそんな風に思われてたとは驚きだった。
「きっと俺ら二人を足したらすげぇ人間になれる。」
珍しく真剣な表情でカレルがそういったのに対して、ライマーは起き上がりながら、わざとらしくしかめ面をしてみせた。
「二人で一人前というのはいささか頼りないな。俺はお前を見習う、お前は俺を見習う、そうやって互いに足りない部分を補っていく方がいい。」
「ははっ!それ、賛成!」
カレルは明るく笑って立ち上がり、うーんと伸びをして空を見上げた。
「そうやって成長したお前が風雷に行ったら…って、確実に行くだろうが、そしたらあっという間に将校だな!」
ライマーも笑いながら立ち上がった。
「お前は疾風で、だろ?」
カレルはグラオに憧れていると言っていたから、そう言ってみたのだが、すっとカレルの顔から笑みが消えた。
「……そうだな。」
カレルはじっと空を見上げたまま、噛み締めるように言った。
「ああそうだな、行くとするなら疾風だ。まあ、お前が行くんだったら風雷でもいいけど、漆黒だけはカンベンして欲しいな。」
本人は決して口にはしなかったのだが、ライマーにはカレルが本当は軍に行きたくないのではないかという気がしていた。それが今、確信にかわった。考えてみれば、人が好きで学問として研究をしたいと言う人間が、人を殺す兵士になどなりたいはずがない。しかし、家族の為には行かないわけにはいかず、せめて、殺戮部隊といわれる漆黒だけは避けたいのだろう。ライマーは何と声を掛けてよいかわからず、カレルの横顔を見ながら黙っていると、カレルはそれに気付き、すぐにニヤッと笑った。
「漆黒じゃ武器は大剣って決まってるだろ?あんなでけぇのを俺が持ったら、逆に振り回されちまいそうだ。」
と、沈みかけた気分を冗談で吹き飛ばした。ライマーには、それを手伝うくらいのことしかできなかった。
「ああ成る程、さっき俺によこせと言ったのは身長の事だったのか。」
ニヤッと笑いながらそういうと、カレルがライマーの首に飛びつき、唇を引っ張ろうとしてきた。
「その余計な事をいう口もだ!俺によこせ、この野郎ッ!」
「はっはははっ!やめろ!悪かったから放せっ!」
これからもずっと、こんな風に笑い合って過ごせたらいい。二人はじゃれ合いながら、そう願っていた。