小説☆カレル編---ライマー・シューゲル(7)

  「何だ、こんな簡単な問題も解けんのか!?」

今日も数学の教官は出来の悪い生徒をわざと指名し、黒板の前に立たせて、罵倒と厭味を繰り返している。数学は戦場には必要ない無駄な科目だと、同僚達から白い目で見られている鬱憤を、こうやって晴らすのが趣味らしい。

それが今日は特に酷い。余程嫌な事があったらしく、生徒の過去の試験の点数をわざと読上げ、如何にお前は頭が悪いか、数学が出来ない人間はクズだと延々と繰り返している。ライマーはいい加減うんざりしていた。他の者たちも同様で、教官に殺気をはらんだ視線を投げてつけている。しかし、逆らったらどんな目に合わされるかわからない。ただ黙って教官の気が済むのを待つしかないのだ。だが、

  「お前のような頭の悪いクズは死んだ方がましだ、さっさと死ね!」

と言った途端だった。がたっと誰かが席を立つ音がした。振り返ってみればカレルだった。

  「教官。俺が解きます。」

  「何だ貴様は!貴様は引っ込んでろ!」

この教官は、自分の試験で満点を取ってくるカレルを、癪に思うと同時にビビッていた。自分が解けなかった問題もあっさり解答してきたからだ。

  「さっきからもう15分以上も経っています。早く次へ進んで貰いたいんですが。」

  「なんだと貴様ッ!?」

言葉だけは威勢が良かったが、生徒の反抗に教官が動揺しているのが見ている者にはありありとわかった。

  「その問題に、15分もかける必要はないと思われます。」

カレルが冷ややかにそういうと、教官は顔を怒りで真っ赤にし、

  「もういいっ!お前は席に着けっ!」

教官はイビッていた生徒を席に戻すなり、カレルを無視してさっさと自分で答えを書き始めた。





次の数学の時間。教官は意気揚々と教室に入ってきた。そして一つの問題を黒板に書き付けた。

  「カレル・シューイン。これを解け。」

その自信満々な態度から、それが余程の難問である事が推察された。だが、我らがカレルなら、きっとさらさらと解いてくれるだろうと誰もが期待したのだが、カレルは立ち上がるなり、

  「わかりません。」

ときっぱりと答えた。教官も予想外の展開に唖然とした。

  「考えもせずにわからんとは、貴様どういうつもりだッ!」

教官は物凄い剣幕で怒鳴りつけたが、カレルは微動だにせず、平然と答えた。

  「これは以前、自分がどうしても解けなかった問題であります。その解法をご存知である教官に出会えて、自分は感無量であります。是非、ご教授お願いします。」

カレルはそういうと拍手をしだした。カレルの意図を量りかねている他の者達も、すかさず同調する。するとその途端、教官はうろたえ、拍手をやめろと怒鳴りつけた。

  「だ、誰が答えを教えてやると言った!?」

  「しかし、教官レベルの数学の知識を持っていないと、これを解くのは無理です。」

  「あ、甘えるなッ!自分で考えろッ!」

教官は必死の形相でそう怒鳴り、とにかく前に出ろと命令した。すると、カレルは前に出て黒板に何やら書き始めた。

  「この先からがどうにもならないんですが。教官はどう思われます?」



教官は、「まぁ、よろしい。」とうにゃうにゃと口の中でつぶやくと、さっさと問題を消してしまい、何事もなかったかのように授業を始めた。授業が終わり、教官が出て行った途端、わっと級友達がカレルを取り囲んだ。

  「カレル、本当に凄いな!」

  「あの野郎、目を白黒させてたぜ!いい気味だ!」

  「いやいや、軽い軽い♪」

カレルは友人らの賛辞を軽く流しながら、輪から離れたところで呆れ顔でこっちを見ていたライマーにニッと笑った。



二人だけになったとき、ライマーはカレルに真相を聞きだした。

  「お前、あれ適当に書いたんだろ?」

するとカレルは「ばれたか。」と、ぺろっと舌を出し、

  「それらしく見えたろ?」

と、ウィンクして見せた。やはりそうだったか。ライマーは、黒板の前に立ったカレルの目が、悪戯っぽく煌いた一瞬を見逃さなかった。そして、素知らぬ顔をして危ない橋を渡るカレルを見守りながら、ライマーはヒヤヒヤしていたのだ。

  「呆れた…!ばれたらどうするつもりだったんだ?」

カレルはニヤリと笑ってネタを明かした。

  「あれな、実は数学者の間では有名な未解決問題なんだ。」

それを聞いて、ライマーも納得した。未解決問題ということは、誰も真の解答を知らないという事。カレルの解答の真偽をはかれる人間などあの場にはいない。それに黒板に書くのだから、証拠はすぐに消される。要するに、あの場面では、自信たっぷりにそれらしく書けば良かったというわけだ。

  「親父が取り組んでたのを横から見た事があってな。確かああいう感じの記号が並んでた。正しく書いてあったって意味はさっぱりだったんだから、間違ってたって一緒だろ?ま、あんな有名な問題を持ってきたのが奴の敗因だったな。」

  「たいした奴だよ、お前は…。」

ライマーはカレルの度胸に呆れながらも感心した。だが、ふとカレルは表情を曇らせた。

  「しかし、アイツは根に持つ奴だからな。後が怖ぇな。」

  「どうせ大したことはできないだろう。」

ライマーはフンと鼻を鳴らして数学の教官を見下したが、カレルは少し気になっているようだった。

  「…だといいけどな。俺、歩兵訓練の教官にも目ぇ付けられてるし。」

目を付けられた理由は、これも訓練で倒れた友人を庇った為だ。ライマーにもカレルの不安がうつってきた。

そして、後にその予感が的中することになるのである。

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