小説☆カレル編---ファーストキス(ライマー視点)

たった一度のキスが忘れられない。

さらさらと額にかかる前髪、ひんやりとした手の平、熱い吐息、絡みつく舌のあの蕩けるような感触。13年経った今でも、鮮明に記憶に焼きついている――――


あれは兵舎にいた頃。確か休憩時間だった。カレルのところへ数人が集まり、恋愛話で盛り上がっていた。俺は本を読みながらそれを聞き流していた。

  「ファーストキス?そんなもん、ガキの頃、気付かねぇ内にやっちまってるもんだろ?」

カレルのその発言に、興味本位の追及が始まった。

  「ほほう!相手は誰よ?」

  「初恋か?」

  「おら、ゲロっちまえよ。」

カレルは言いたくなさそうだったが、逃げられないと悟ったのかしぶしぶ答えた。

  「…妹。」

  「いっ、いもうとー!?」

  「そりゃおめぇ、ヤベェんじゃねえの?」

不潔だの、非道徳的だの野次が飛ぶ。カレルは必死で自己弁護した。

  「だから、ガキの遊びだって。エプロンを頭に被って、お嫁さんゴッコすんのが好きだったんだ。」

すると一同が驚き、口を揃えた。

  「「お嫁さんごっこ!?お前が!?」」

するとカレルがずっこけ、訂正した。

  「んなわけねーだろ!」

カレルの弟妹はカレルの事をとても慕っている。『兄さん、兄さん!』とカレルに甘えるのが見ていて微笑ましく、兄弟がいるというのが少し羨ましかった。

  「しっかし、遊びでも兄妹でキスしたりするもんかぁ?」

  「俺も妹いるけど、そんなん考えられねえ。」

  「俺も。姉貴となんて、想像しただけでぞっとする。」

  「案外、マジだったりしてな?」

拳でうりうりとやられるのを、カレルは鬱陶しそうに払いのけた。

  「違うって言ってんだろ?ガキの頃の話だし、第一、弟とも普通にしてたし。」

そのセリフに再び全員がぶっ飛んだ。

  「はあッ!!?」

  「おとーととォッ!?絶ッ対ッ有り得ねぇぞ、それはッ!!」

カレルは弟達と随分年が離れている。だが、そういう事情を知らない皆はよからぬ妄想をふくらませた。

  「なんでだよ?せがまれたら、してやりたくなるだろ?」

  「むりむりむり!ぜってー無理!」

  「つーか、普通せがんだりしねえだろ!?」

  「おまえんち、相当乱れまくってんなー…。」

  「もーいい!」

とうとうカレルはプイとそっぽを向いた。周りの連中がまあまあとカレルをなだめる。その内の一人が、

  「なあ、妹って、お前に似てる?」

そう聞いたのは、もしカレル似ならばきっと可愛いだろうと期待したからだろう。

  「いいや。」

その答えに連中はガッカリしかけたが、カレルはケロッといった。

  「俺より彫りが深くて美人だな。」

それは単なる妹自慢だったのだろうが、それが事態を悪くした。

  「マジか!?今度会わせろよ!」

  「嫌だ。」

  「何だよ、いいじゃねぇか。」

  「勿体ぶんじゃねぇよ。」

  「うるせぇ!手ぇ出したらぶっ殺すからな!」

カレルが内心本気で怒っているのに気付いた俺は、助け舟を出してやった。

  「お前の妹さん、歳が離れていたろう?」

  「ああ、6つ下。」

  「6つ下?…って事は……ああ!?11歳か!?」

  「んだよ、ガキじゃねぇか!」

  「だから言ってんじゃねぇか、さっきから!一番下の弟は3歳。」

お陰でカレルはようやく標的から外されたが、そのとばっちりが俺のところに飛んできた。

  「ライマーはもうあっちの方も経験済みだろ?」

俺の何を見てか、ソイツは勝手にそう決め付けた。

  「…そういう話は好きじゃない。」

だが、それで見逃してくれるわけはなかった。

  「もしかして、キスもまだとか?」

  「別にいいだろう?どうでも。」

本当にどうでもいいことだ。だが、周りは一斉に湧いた。

  「うわっ!マジかよ!?」

皆が口々に俺をからかう。そんな中、カレルだけはみんなの様に笑いはせず、俺の顔をじっと見ていた。そして、たまたま俺の傍にいたフランツに声を掛けた。

  「フランツ。ちょっと、お前、そこに立て。」

  「?」

カレルはフランツを俺の後ろに立たせた。

  「ライマーは、腕をこうやって椅子の後ろで組んでろ。」

一体何を始めようというのか。カレルの突然の行動に、皆俺をからかうのも忘れて見守っている。俺もカレルがどういうつもりかわからなかったが、ひょっとしたら話題を逸らそうとしてくれているのかもしれないと考え、とりあえず言われる通り椅子の後ろで腕を組んだ。すると、今度は俺の組んだ腕をフランツに握らせ、机の上に広げていた本を脇にどけてそこに座ってきた。

  「しっかり捕まえてろよ?」

カレルはフランツにそう言って、俺の顔を両手で挟んだ。俺の目を覗き込んでにっと笑う。そして―――

  「!!!」

フランツに腕をつかまれていなくても、俺はカレルを突き飛ばすようなことはなかったろう。事実、指一本動かす事もできず、ただ呆然と、カレルのされるがままになっていた。随分長いように思えたし、あっという間だったようにも思えた。周りの連中の騒ぎが遠くに聞こえていた。

カレルは俺の口腔を気の済むまで蹂躙しつくすと、仕上げにちゅっと音を立てて唇に軽いキスをし、目の前でにっと笑ってこう言った。

  「ファーストキス、頂き♪」


どうやってその場から逃げ出したか、今でも思い出せない。

頭が痛くなるほどの動悸、眩暈がするほどの熱、そして狂おしいほどに疼く体――――

唇を奪われたことより、それに体が反応してしまった事の方がショックだった。

カレルの何気ない仕草にふつりふつりと感じていたあの感情の正体を知ってしまった事の方が遥かに。

それは――――


――――欲情

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