小説☆カレル編---アルベル精鋭部隊(2)

アルベルが団長、シェルビーが副団長になってから、漆黒はアルベル派とシェルビー派のどっちに付くかで大童だった。色んな噂や怪しい情報に右往左往し、漆黒の兵士達は今、軍に従事するどころではなくなっていた。

そんな中、いち早く情勢を掴んだものは、徒党を組んでアルベルのご機嫌伺いにやってきた。今、アルベルの目の前に居るのは、前団長の元で佐官だったものだ。前団長の体制下でかなり甘い汁を吸っていたくせに、 情勢が変わるところりと態度を変えてアルベルに媚びに来たのだった。

軍に入ってすぐに団長になってしまったアルベルはそういう事情は知らなかったが、その紋切り型で一本調子な口上を聞いている内にだんだん不機嫌になってきた。

  「…この度は漆黒団長ご就任、まことにおめでとうございます。我ら一同、心よりお祝い申し上げます。こちらはほんの心ばかりのものですが、どうぞお納め下さい。史上最年少にて漆黒の団長になられたのも、かの英雄、グラオ様のご子息であらせられ…」

しばらく我慢していたのだが、父の名前が出た途端、アルベルはぶち切れた。

  「黙れ!」

アルベルの一喝に、それまでとうとうと口上を述べていた佐官は、思わず身を竦ませた。

  「は…はッ!申し訳ありません!」

  「これを持って、出て行け。」

アルベルは忌々し気に、佐官が机の上に置いた献上品を顎でさした。

  「は?」

中には相当な額の金が入っているのだ。それなのに一体何が気に入らないのかと、佐官は訳がわからないといった顔をしてつっ立っている。すると、アルベルは献上品を引っ掴むと佐官に投げつけた。その拍子に箱の中から札束がヒラヒラと舞い、佐官は血相を変えた。

  「さっさと出て行け!」

  「は、はッ!」

アルベルよりも遥かに年上の佐官は、地面に這いつくばって急いで金をかき集めると、腹の中で悪態を付きながら出て行った。

父が死んだ途端、手のひらを返した者。自分が団長になった途端、媚を売ってくる者。もう誰も信用できない。

  「クソ虫共が!」

アルベルはドアに向かって吐き捨てた。

と、そこへ、カレルが苦笑しながら入ってきた。

  「ご機嫌うるわしゅう。」

アルベルの怒鳴り声は外まで聞こえていたから、ご機嫌なはずが無いのは百も承知なのにこんな事を言う。

  「何しにきた?」

アルベルにしてみれば、カレルも鬱陶しい輩の一人に過ぎない。お前も出て行けという雰囲気がありありとわかる。だが、カレルはそれを気にもせずにいきなり用件を切り出してきた。

  「団長の許可をもらいたいんで。」

嫌だ嫌だと思いつつ、いつの間にかまず長ったらしい挨拶から始まることに慣れてしまっていたせいか、カレルの余りに唐突な話の進め方に一瞬戸惑い、挨拶はさっきの一言だけかと肩透かしを食らったような気がした。

そういえばこの男は、まだ父の名を出してこない。まさか知らないわけでもあるまい。値踏みするようにカレルをジロリと睨んでいると、そこへ次のご挨拶衆がやって来た。ノックの後、ドアを開け、先客がいたことに一瞬躊躇したが、それがカレルだとわかると、構わずにずかずかと入り込んできた。そして、どけと言わんばかりに突進してきたのを、カレルは黙って避けた。

アルベルは敏感にその空気を察知した。身分が上だろうがなんだろうが順番は順番だ。アルベルはその男を睨みつけ、割り込むなと言おうとしたが、相手が先に口を開いた。

  「貴方様のお父上に大変お世話になり、」

その上、いきなり父の話。

  「消えろッ!!」

アルベルの突然の激昂に士官達は当惑し、そして苦虫を噛み潰したような顔をして出て行くのを、カレルは「あ〜あ。」と口の中でつぶやきながら見送った。

  「ったくどいつもこいつも!親父親父と、うるせぇ!」

カレルがまだその場にいるというのを忘れて、つい愚痴ってしまった。すると、

  「あの御方は偉大でしたからね。当然の事でしょ。」

というあっさりとした返答が返ってきた。これにはアルベルもムカッと来た。

  「わかってる!だが、いちいち引き合いに出す必要はねぇ!」

  「それは一生ついてきますよ。宿命だと思って諦めるしかない。」

  「〜〜〜ッ!」

遠慮会釈も無くドキッパリと言われてしまった。全く反論のしようのないのが悔しくて堪らない。お前に何がわかる!と言ってしまいそうになるのをぐっと飲み込んでいると、カレルはそれに気付いているのかいないのか、

  「親が偉大で子供が苦労してるってのはよく聞く話ですよ。…そんなことより、本題に入りたいんですがね。」

とさらっと片付られてしまった。それに対して、アルベルが二の句が告げずにいる中、カレルはさっさと自分の用件を言い始めた。

  「『落ちこぼれ部隊』を『アルベル精鋭部隊』として認めてくれませんかね?相当役に立てると思うんですが。」

アルベルはこの無礼千万な男に何とか仕返しをしたくて、カレルの言う事も『そんな事』で返してやろうとしていたのだが、部隊にいきなり自分の名が付けられているのを聞いてがくっと気勢をそがれた。

  「はぁッ!?『アルベル精鋭部隊』だと!?阿呆か!そんなものは必要ない!」

すると、カレルは呆れた顔をした。上官に向かってそれは、非常に礼を失することだ。

  「必要ないって…戦場に単身で乗り込んでいくつもりなんで?それに、軍務もお一人で?」

  「!」

軍を機能させるには、前線から後方担当まで、相当の人材が必要だ。これまでは、団長が交代する時には、参謀など団長の周辺はお気に入りを起用する以外は、人事はそのまま維持されてきた。要するに、頭を挿げ替えるだけだったのだ。

だが、アルベルは旧体制を引き継ぐ者をそのまま使うつもりは毛頭無かった。しかし、かといって当てがあるわけでもなかった。ウォルターからは人が必要なら、こちらから派遣してやるとは言われている。しかし、それに頼るのも癪に障る。どうしようか、一体何から始めればいいのかと、実は途方に暮れていたところだったのだ。

  「今、漆黒の団員達は、アルベル派とシェルビー派のどっちに付くかで右往左往している状態です。その間も取り合えず、軍を機能させとかなきゃならないし、すぐにでも動かせるまとまった部隊が必要でしょ?だったら、この『アルベル精鋭部隊』以外にない。ぐずぐずしてると、副団長殿にみんーな持っていかれちまいますよ。団長が追っ払った奴らは、今頃は副団長殿の所に尻尾を振りに行ってるでしょうしね。」

  「はッ!好きにすればいい。貴様もそろそろ副団長殿へのご挨拶の時間なんじゃねぇのか?まぁ、さっきの奴程度に無視されてるようじゃ、直々に相手してもらえるとは到底思えないが。」

アルベルの痛烈な皮肉。だが、カレルは笑いながら、「でしょーね。」とちょっと肩をすくめただけだった。そのとき、アルベルはこの男は苦手だと直感した。国王もこの手の人間だ。こちらの攻撃が通用しないのだ。こういう人間を前にすると、棘のある言葉や態度で囲ったバリアを通り越して、隠したい自分の本当の姿を見られている気がして、いつも落ち着かなくなる。

  「敵は出来るだけ少ない方がいいんですがねぇ…。さっきのだって、折角団長に付くって言ってんだから受け入れてやりゃいいのに。」

  「ふん、あんなクズなど必要ない。」

  「クズはクズなりの長所があるもんですよ。人間的に好き嫌いはあってもいいけど、上に立つ者としてはそれを上手く使ってやるくらいじゃなきゃ、先が思いやられる。」

  「何だとッ!!」

アルベルは溜まりに溜まった怒りの勢いで怒鳴りつけた。だが、

  「本当の事ですよ?」

と駄目押しされ、アルベルはうぐっと言葉を詰まらせた。カレルの言う事はいちいちもっともだ。何とか言い返したいが、思いつくのは負け惜しみになってしまうような無様なセリフばかり。悔しくて悔しくて堪らない。アルベルが爆発し損ねた不発弾のように、頭から湯気をしゅるしゅると吐き出していると、そこで急にカレルの柔らかい声が硬化した。

  「現在の漆黒の体制は腐ってますからね。旦那に何とかしてもらいたいんですよ。」

アルベルは思わずカレルの顔をまじまじと見た。それが怒りによるものだという事に気付いたのだ。だが、それはその一瞬だけで、すぐにまた元の調子に戻り、

  「だから、旦那には頑張ってもらわねぇと。」

と言う時にはニコリと笑った。その思慮深い瞳には熱い期待が込められている。アルベルはそれを受け止める事ができず、自分から目を逸らした。

  「漆黒を正常に立て直すには、まずは腐った部分を洗い出して、その部分をすっぱり切り捨てなきゃなんなかったんですが、旦那がシェルビー殿を副団長に据えてくれたお蔭で、この点は本当に楽にできそうですよ。待ってりゃ自然と色分けが出来るんだから。」

腐敗した部分を切り捨てる、と言うのは簡単だが、実際にそれを行うとなると、それは相当に大変な事だ。腐敗した側(こう名指しされるのは不本意であろうが)からすれば、折角作った自分達に都合の良い体制をぶち壊されては堪らない。それこそ必死で抵抗するだろう。下手すればこちらが消されかねない、まさに命懸けの作業となるところだったのだ。それが、旧体制の象徴であるシェルビーの元に自ら寄り集まってくれるという訳だ。

  「いやーホント、これは普通考えつかないですよ。それに中々できる事じゃない。実にお見事!」

カレルの賛辞に、アルベルは居心地が悪くなった。実は、そこまで深く考えていたわけではなかったからだ。

王から漆黒団長になれと言われたとき、正真正銘の本心を言えば自信がなかった。若干18歳の小僧に誰がついてくるだろうか。孤立してしまうに決まっている。だからまず、自分に付いて来る人間がどれだけいるのか、アルベルはそれを知りたかったのだ。自分に反する人間など放っておいて、こちらはこちらで勝手にやるつもりだった。

それが予想に反して、これまで何人も名乗り出てきた。だがそれはアルベルにではなく、国の英雄であるグラオや後ろ盾であるウォルターに対してだった。アルベルの事など、誰も見てはいなかった。打算によってこちらに寄ってきた人間は、すぐ裏切るに決まっている。媚を売りに来る連中の厭らしさに、アルベルの心はますます固く閉ざされた。

しかし、どうもこの男は違う気がする。自分の単なる思い付きを、勝手に深く掘り下げた形で解釈し、心から感心している様子のカレルに対してそんなふうに思いかけていると、カレルは「だけど」と口調を変えた。

  「これ以上の分裂は必要はねぇと思うんですが、どうですか?副団長の方がどうであれ、少なくともこっちは間口を広くしておかねぇと、団長にも副団長にもつかない派閥が出来てしまう。それが少数ならいいですが、無視できなくなるほどになってくるとまずい。」

言われてみれば確かに。これ以上の内部分裂は収拾がつかなくなってしまう。軍を二分する事すら、ウォルターが知れば何と言うか。

  「現段階ですべきことは、団長派か副団長派、つまり旧体制派か新体制派の二つに、一刻も早く分ける事。奴らに考える時間を与えないってのがポイントですよ。そうして、大方が二つに分かれてしまえば、少数派はいずれ自然消滅していきますからね。多少こちらにも旧体制の異分子が紛れ込むでしょうが、それは別の手で潰して行けばいいんですよ。この振り分けによって数は減ってくれてるだろうから、そうなりゃ手の打ち様はいくらでもある。」

『別の手』がどんなものなのか、手の打ち様はいくらでもあると言われても、アルベルには俄かには思いつけなかった。アルベルが団長となった昨日の今日なのに、どうしてこの男は既にそんなところまで考えているのか。アルベルは目の前の男に、何か計り知れないものを感じた。

  「次に誰かが挨拶にきたら、そこんとこを考えてみてくださいよ。冷静に、ね?…消滅するのが団長派でないことを祈ってますよ。」

このままではアルベルだけが孤立してしまう事をはっきりと示唆され、またも反論のしようがなくて、アルベルはむっつりと黙り込んだ。

そこでカレルは口調を変え、持っていた紙を渡した。

  「それはいいとして。これがアルベル精鋭部隊のリストです。隊員の名前と、それぞれの得意分野を簡単に書いときました。」

カレルが差し出した紙の一番上には、『アルベル精鋭部隊隊員』とデカデカと書かれていた。

  「…。」

  「そして、こいつらを組織として配置した図がこれ。…これはまあ一応、参考までに。」

アルベルは父から、軍のイロハなど色々と教わっていたが、これは全く見慣れぬ配置になっていた。だが、斬新で面白い。 団長のすぐ下に幹部を並列に置き、横の繋がりを密にとる形になっている。そして、『副』などの間の役職を削減して、無駄を極力省くことで、組織図はシンプルになり、団長の命令が通りやすくなっている。

これまで漆黒では、名義だけの不要な役職が多々あり、それが細かに枝分かれしていたため、命令が末端にまで伝達されるまで、かなりの時間がかかっていた。そして、互いの職務が独立していることにより、妙な派閥意識が生まれ、他所の部署のことには全く不干渉となってしまい、何か問題が起こると、まず責任の所在をハッキリさせるという名目において、責任の擦り合いから始まるのが常だった。

  「まあ、訳のわからん男がいきなり押しかけてきて、正体もわからん部隊を差し出してきた訳ですから、戸惑うのが当前だし、胡散臭く思うのも当然。ですが、どうか、まずこいつらを使ってみてやって下さいよ。嫌ってほど不当な目にあってきた奴らだから、筋の通らない事は絶対にしねぇし、仲間がどれだけ大切かってのは身に沁みてっから、簡単に裏切るようなこともしない。」

次第にカレルの言葉に熱が入る。

  「どうしても信用できねぇってんなら、俺は何でもします。土下座でも、裸踊りでも、旦那が使ってもいいと思えるまで。」

アルベルにしてみれば、別に使えというなら使ってやってもいい。駄目だと思えば切り捨てればいいだけなのだ。どっちにしろ誰も信用していないのだから、誰を使おうと同じ事だ。

だがアルベルは、自分に向けられる、このあまりにも真摯な熱意に耐えられなくなった。

  「漆黒を立て直すだなんだと、手前の理想を俺に押し付けるな。俺は俺のやりたいようにするつもりだ。手前らは手前らで勝手にすればいいだろ。」

アルベルはそう言ってカレルを突き放した。すると、

  「旦那って、曲がった事は嫌いでしょ?」

突然話題が変わり、こいつはいきなり何を言い出すのかと、アルベルは内心戸惑った。だが、その通り、確かに嫌いだ。

  「権力を笠に着るのも、逆に媚びへつらわれんのも嫌い。実力がありゃ認めるし、そうでなけりゃ、いくら身分が高かろうが年上だろうが関係ない。金やツテで取り入ろうとする奴など相手にもしない。」

全くその通りだが、何故こいつは知っているのだろう?

  「この点に関して、俺らと気が合うと思うんですがね。…なんでわかるか、不思議ですか?さっきの、佐官殿とのやり取り聞いてりゃ、簡単にわかることで。」

カレルは事も無げにそういったが、そんなに誰でも気付けるわけがない。現に、殆どの人間がアルベルを不快に思っている。さっきの場に居合わせたとしたら、10人中9人はアルベルが理由も無く突然切れたと感じるところだろう。そればかりか、この男は、アルベルは押し隠しているはずの表情まで読んできた。

  「曲がった事を嫌う人間が、曲がった事をするはずがない。これは理想でも幻想でもない、ごく当たり前のことだと思うんですが。」

それはそうだ。

  「旦那はこれから団長としてやっていくのに人間が必要。ちょうど俺がそれを持ってる。そして、旦那の気質と俺らの気質はとてもよく似てる。上手くやっていけそうな気がすんですが。どうでしょう?使ってみてくれませんか?」

これだけ条件がそろえば考える事は無かった。別に断わる理由もない。

  「ふん。…いいだろう。そこまで言うなら使ってやる。」

  「よっし!」

カレルは心底嬉しそうに、ガッツポーズを決めた。それに対して、アルベルはしっかりと釘を刺した。

  「但し!使えんと思ったら即排除だ。覚えておけ。」

  「了解♪」

だが、楽天的なのか、余程自信があるのか、カレルは軽い調子ですちゃっと敬礼した。

  「そしたら早速、幹部候補の奴らに会ってもらえますか?すぐにでも始動できるように会議室で待たせてるんで、そこまでご足労願いたいんですが。」

どこまでも手回しがいい。こちらに考える暇を与えないつもりなのか。アルベルは、この男が現れてからの事態の急展開ぶりに戸惑いつつ、カレルの誘いにのった。やはり、多少なりとも興味もあったのだ。





カレルに連れられ、会議室の前まで来ると、そこでカレルがふっとアルベルを振り返った。

  「…っと、あらかじめ断わっときますが、どいつもこいつも癖のある奴らばっかなんで覚悟しといて下さいよ。旦那に付くって言ってんのは、あくまで俺の考えで、奴らはまだ納得してません。何でも自分の目で確かめないと気が済まねぇ奴らなんで、恐らくまずは旦那を値踏みしてくるでしょう。気を悪くしたとしても、広ーい心で許してやって下さいよ?」

アルベルは思わずちょっと待てと止めてしまいそうになった。どれ程のものかと偉そうに品定めをしてやる気でいたら、さり気無くこちらが排除されかねない事を示唆されたのだ。

こんな自分が受け入れられるはずがない。拒絶されて傷つくのはもう沢山だ。その思いが顔に出ていたのだろう。またも、表情を読まれてしまったようだ。

  「心配しなくても、旦那なら大丈夫。俺が保証しますよ。」

カレルはそう言って、軽くウィンクした。

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■あとがき■
佐官(大佐、中佐、少佐)。実際の軍の組織がどーなってるかなんて、さっぱりわかりません。軽く流しといてくらさい;。

この時アルベルはまだ18歳ですからね。ガキっぽさが残っていて当然ですよ。