小説☆カレル編---アルベル精鋭部隊(4)


  「そんなの出来るわけがねぇッ!」

アルベルは丸めた紙を天井に投げつけ、一人そう叫んだ。ここはアルベルの自邸の一室。時は既に草木も眠る丑三つ時。

確かに付き合ってやるとは言った。だが、団長になったばかりで、まだ何にも考えていなかったのに、いきなり方針を決めろと言われても無理な相談だ。

一応、努力はした。その結果、アルベルの机の周りには、くしゃくしゃになった紙くずが散らばっている。だが、何を書いても、この原案と比べると見劣りする。そもそもこの原案の中には初めて見るような専門用語が所々にあり、何のことやらさっぱり意味のわからぬ部分もある。幼少の頃から、マンツーマンで父の教育を受け、ある程度の事はわかっているつもりになっていたが、それは凡そ基礎的な部分だけだった事、そして、まだまだ知らない事が多すぎる事を、これを見て知った。認めたくはないが、この点に関してはあの男の方が上だ。

原案をめくって、そこに書かれたきちんとした文字を見ている内に、無性に腹が立ってきた。どう考えたって、これ以上の物など有得ない。

  (そもそもアイツはこれを一晩で仕上げたのか?)

そんなはずはない。そうだ、これだけのものをたった一晩で仕上げるなど、最初から不可能だったのだ。無理難題を押し付けてきた方が悪いのだ。

アルベルは開き直って机から立ち上がり、まっすぐにベッドに潜り込んだ。





次の日、修練場の団長室に入ると、それを待ち構えていたかのように、すぐさまカレルがやってきた。

  「お早うございます。出来ましたか?」

開口一番がそれ。アルベルはカレルを睨み、むっつりとしながら、昨日渡されていた原案をぽんと机の上に置いた。自分でここまで完璧に作っておいて、今更、人に新しく作らせようなど、まさかその出来栄えを見せ付けるつもりだったのではないか。だとしたら、出来てないのは百も承知のはずだ。それなのにわざわざ聞いてきやがってとムカムカしながら、カレルの出方を窺っいると、カレルはそれを手に取ってペラペラとめくり、がっかりした顔をした。

  「はあ…。何らかの添削をしてくれてるかと期待してたんですがね。まっさらじゃないですか。」

  (添削!?成る程、その手があったか!)

  「それか箇条書きでも良かったんですよ。考えるべき事は全て項目になってたでしょ?」

カレルは原案をめくり、見出しを指していった。確かにそうなっていた。まずは心得から始まり、軍の規律、組織構成、軍事費の運用から果ては新兵の教育、生活のルールにいたるまで、全てのポイントを抑えてある。

  「各項目についての旦那の方針がわかりさえすれば、後はそれに沿って、下にゴチャゴチャ書いてる文章の内容を変更すればいいだけだったんですよ。」

それだったら『明日まで』というのも可能だった。何も全部自分で一から考えようとしなくて良かったのだ。しかし、今更そんなことは言えない。それで、慌てて考えを巡らせ、

  「…それでいいってことだ。」

そんな言い方で誤魔化した。実際、これは嘘ではない。だがカレルは、

  「いや、ダメです。」

と、間髪いれず一蹴した。

  「何でだ!?」

  「これは俺が考えたもんですから。旦那自身がちゃんと考えてくれないと。」

  「……それでいいと 考えた ・・・ のだ。」

我ながら苦しい言い訳。カレルもそれがわかったらしく、ワザと追求してきた。

  「へぇ?じゃ、聞きますけど、これ、一言一句に至るまで俺と同じって事ですか?」

  「………そうだ。」

そんなことがあるわけがない。しかし、意地を張ってしまった手前、そう答えるしかなかった。すると、カレルはアルベルの横顔をじっと見詰めた。そして、

  「…成る程ね。」

と、そう呟くと、すたすたと暖炉に近寄り、持っていた原案を躊躇いもなく放り込んだ。

  「なッ!?」

アルベルはカレルの予想だにしない行動に驚き、思わず立ち上がった。そして、ちょっと待てと、止める間もなく、カレルはそこに火を放ち、原案はあっという間に炎に包まれた。カレルはそれを見届けることなく、呆然とたちつくすアルベルを振り返ってニッと笑った。

  「さー、これで一から作るしかなくなりましたよ。」

アルベルは唖然とした。あれだけのものを作るのに、どれだけ思いを込め、どれだけの時間を費やしたのか。それをこの男は惜しげもなくあっさり捨ててしまった。

  「な、何も燃やすことはねぇだろう!?」

  「あれはあくまで『原案』なんですよ。しかも俺が考えたのをそのまんまなんて、話にならない。」

  (むかッ!)

遠慮も会釈も容赦もないカレルの言に腹を立てたが、

  「俺らで勝手にやれって事ですか?それじゃ、旦那はただのお飾りになってしまう。そんなリーダーは必要ない。」

と、こんな風に続けられたら反論できない。カレルは白い紙をアルベルの前に用意し、ペンを差し出した。

  「旦那が俺等を率いて、旦那自らが先頭に立ってこの改革に乗り出すって形じゃねぇとダメなんですよ。旦那も嫌でしょ?利用されるだけの操り人形ってのは。」

当然だと、そう思いながら、ここでやっと気付いた。カレルは、アルベルを自分の都合の良いように利用するつもりなど全くないのだ。一緒にやっていこうと、手を差し伸べているのだ。

その手の変わりに差し出されたペンを、アルベルは今度こそ素直に受け取った。この男は信用しても大丈夫だということが、ようやくわかったのだ。

  「ぐずぐずしてる時間ないんですよ。急いで。」

カレルは忙しげにそう言い残し、部屋を出て行った。



  「…。」

アルベルは白い紙を前にして途方に暮れた。昨日の夜と全く同じ状況に戻ってしまった。いや、違う。お手本が無くなってしまった分、更にマズイ状況だ。こんなことなら、あの原案の内容をもっと良く理解しておけばよかった。そう思いながら、恨めしげに暖炉を見ていると、カレルがどこからか椅子を持って戻ってきた。そして、ガタガタとアルベルの机の端に座り、自分もペンを取りながら、こう言った。

  「俺も手伝いますから。」

アルベルは、その一言にホッとした自分に気付いた。>

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■あとがき■
こうして少しずつ『信用』から『信頼』へと変わっていくのであーる。