小説☆カレル編---アルベル精鋭部隊(5)

  「さて次は、『へいたんじゅうしの徹底及び、しちょうへいの戦闘力強化について』ですけど…」

  (ヘイタンジューシ?シチョーヘイ…シチョー兵?)

カレルの喋っている言葉に所々意味不明な単語が混じる。話の流れから必死に意味を推測し、これまでは何とかついて来ていたのだが、ここに来てとうとう行き詰った。

  「まず、これを兵士達に叩き込まねぇと。前団長殿の御蔭様で、今の漆黒にはこれを軽視する風潮があるんですよ。」

カレルは呆れた、といった風に手を広げた。

  「まぁ実際、地味な仕事ですからね。戦地で華々しく手柄を立てたいってヤツは、まずやりたがらない。自分の出世の事で頭がいっぱいで、これが如何に重要かが全く見えて……」

  (軽視?…成る程、『ヘイタンジューシ』の『ジューシ』は『重視』か。ヘイタン…兵端?兵の末端を重視するって事か?)

カレルは、眉間に皺を寄せて考え込んでるアルベルの顔の前で、手の平をひらひらとさせた。

  「旦那?聞いてくれてます?」

アルベルはそれを鬱陶しげに払い、カレルを横目で睨んだ。

  「…聞いてる。」

  「何か良い考えでも?」

まさか、言っている意味がわからないとは言えない。人に弱みを見せることなど、絶対にしたくないという気持ちが、アルベルを強がらせた。

  「……無い。」

アルベルは目を逸らし、ボソッと答えた。

  「…考える気は?」

むかっときた。こんなに必死に考えているのに。

  「ちゃんと考えてる!」

それでつい、必要以上に強い口調になった。しかし、

  「じゃ、早速そのお考えをどうぞ。」

と言われ、今度はぐっと言葉を詰まらせた。

  「!…そ、それより、さっき言った事をちゃんと書け。」

アルベルは、カレルの前に置かれた紙を指差した。カレルが挙げた項目の下に、アルベルの団長としての考えが箇条書きにされている。最初はアルベルも一緒に書くはずだったのだが、一行目を書いた段階で、「やっぱり俺が書きます。」と取り上げられた。そうして、芸術的といわれればそう見えなくも無い、アルベルの豪快で型破りな文字から始まり、その下にカレルのきちっとした文字がきちっと並んでいき、今やそれが十数枚目に及んでいた。だが、『へいたんじゅうしの徹底及び、しちょうへいの戦闘力強化について』と書く予定の所にはまだ黒点を打っているだけだ。

  「さっき?」

  「こうして書いているだろう!次のをさっさと書けと言ってんだ!」

  「あぁ、はいはい、『次の』…ね。」

カレルはアルベルをちらっと見て、言われた通りに次の項目を紙に書いた。

  『 ・ 兵站重視の徹底及び、輜重兵の戦闘力強化について 』

文字を見れば少しは推測できるかと思ったのだが、当ては外れた。全く見たこともない字。全く意味がわからない。『站』…『立』と『占』で何を表したいのか?『輜重』…『田』んぼの上に『く』の字が三つ並んで『車』がついたら確かに重そうだ、などと我ながら阿呆な事を考えていると、

  「…よーするに、後方補給の徹底と、それを担当する兵士達の戦闘力を上げてやろうってことです。」

とカレルが説明した。アルベルは顔にかっと血が上るのを感じた。意味がわかっていなかったのを隠していたのがばれてしまったのだ。

  (最初からそう言えばすぐにわかったのだ!わざわざ難しい単語を使いやがって!)

戦地に食料や武器を輸送する任務は、地味ではあるが極めて重要な役割であり、いかに効率よく物資を補給するかを常に考えなければならない。逆に、敵の補給ラインを叩くことで、戦況は大きく有利に転じる。父から習い知っていた事だ。ただ、そういう専門用語を知らなかっただけだ。 と、カレルが、

  「今までの所で、他にわからなかった事は?」

と聞いてきた。それが何だか馬鹿にされたような気がして、アルベルはムキになってカレルに噛み付いた。

  「無い!この単語の意味だけだ!」

  「本当に?」

  「もうこの単語の意味もわかった!後方部隊が如何に大事かなど議論するまでもねぇ!次だ!」

本当はもう一つ意味がハッキリしなかった部分があったのだが、アルベルは羞恥のあまり激昂し、さっさと次へ行けと言い立てた。すると、カレルはそれを穏やかに嗜めた。

  「ねぇ、旦那。知らねぇってのは恥ずかしい事じゃないですよ。」

アルベルの顔に益々血が上る。知らぬは一時の恥などという常套文句で慰められるのかと思ったが、そうではなかった。

  「恐ろしい事です。」

カレルはそこに重みを置いた。

  (恐ろしい?)

  「ほら、そこにドラゴンの巣があるって知ってたら、絶対に近寄らないでしょ?でも知らなかったら、鼻歌でも歌いながら平気で踏み込んじまう。それとか、金とか出世とか、そーゆードロドロが絡んでくる世界じゃ特に、物事を知らねぇ人間は、知ってる人間にいいように利用される。無知さが身を危険に晒すってわけです。」

そんなことはよくわかっている。だが、

  「だから常に『知ろう』としてなきゃいけない。知らねぇと思ったら、一刻も早く『知ってる』事に変えてしまわなきゃ。それには、知ってる人間に聞くのが一番早いんですよ。自分で勉強しようなんてしてたら、それこそ倍以上の時間がかかってしまう。知らない事ってのは腐るほどありますからね、聞くのが恥ずかしいなんていってる暇はないですよ。」

こんな風に考えたことはなかった。人に聞くことで、無知を晒すような真似は恥ずかしくてできなかった。何の躊躇いもなく聞けたのは父だけ。父は何を聞いても、真面目にきちんと答えてくれた。全てにおいて信頼できた唯一無二の存在。…信頼できる人間といえば、口では決してそうとは言わないが、ウォルターもそうではある。ウォルターも聞けば答えてくれるが、「そんなことも知らんのか。」と必ず嫌味を言われる。それが嫌で、知らない事があると後でこっそり本などで調べたりしていたのだが、カレルはそれを時間の無駄だとばっさり切り捨てた。取るに足らない感情の為にグズグズしてる間に、目的の為に合理的に割り切ってしまえというのだろう。

確かに、その言葉が出たときにさっさと意味を聞いていれば、こんなに時間をロスしすることはなかったし、話を聞きながら意味を必死で探るという無駄な労力も必要なかった。そう思い当たった途端、アルベルの肩から力がすっと抜けた。

  「ただ、相手の言った事がホントに正しいのかどうか、裏を取っとく必要はありますがね。…さ、質問をどうぞ。」

アルベルは、カレルの言う事をすんなり受け入れられる自分に、自身でも驚いていた。だが、素直にわからなかった所を質問し掛けて、やはりそこでひねりが入って、それを聞く前に最初にした質問は、何故そんなに小難しい専門用語を使うのか。それに対するカレルの答えは実にわかりやすかった。

  「一言で済むから。」





アルベルとカレルは朝から殆ど席を立つことなく、ぶっ通しで原案に取り組んだ。二人とも熱中しだすと時間を忘れるタイプで、その集中力は恐ろしいものがあった。途中何度か部屋を訪れる者があったが、彼らの記憶には殆ど残っていなかった。 アルベルはそれぞれの項目に対する自分の考えを述べながら、知らないところを新たに勉強していった。知識を吸収する喜びは実に心地よい。その感覚を味わうのは、父に勉強を教えてもらっていた時以来のことだった。カレルの説明は実に端的でわかりやすく、アルベルはいつしか熱心に耳を傾けていた。

そうして日が傾き始めた頃、やっとアルベル流の原案が出来上がった。

カレルはすぐさま幹部を集め、皆と一緒にそれを最初から見直していった。幹部らは皆、自分の頭でちゃんと物を考える者達ばかりだ。人の意見を丸呑みするようなことは決して無い。そんな彼らの遠慮会釈なしの率直な意見交換によって、それは更に煮詰められていった。アルベルは皆の意見を聴き、改めるべきところは改め、引けぬ所はカレルのフォローを借りながら、言葉少なながらも皆を説得した。

そんな中、最も難航したのは部隊の名前だった。

  「とにかく!俺の名前を使うなッ!大体、何でそんなに俺の名にこだわる!?」

アルベルがドンと机を叩いてそう訊ねると、ライマーが説明した。

  「団長と副団長が決裂しているとはいえ、漆黒の兵士である以上、上官である副団長が何か言えば、俺らはそれに従わなければならないんですよ。だけどそれから完全に独立して、『アルベル団長直属の部隊』とすれば、『団長の命令でしか動かない部隊』としての名目がたつわけです。」

  「アルベル精鋭部隊って言えば、説明なしでも他の人間にはっきりとわかるでしょ?『旦那の部隊』なんだって。」

ライマーの説明に、カレルが付け足した。成る程、そういうわけなら納得できる。だがしかし、自分の名前をつけられるのはどうにも居心地が悪いと、渋い顔をしていると、カレルがその場をまとめるようにぽんと手を叩いた。

  「よし!やっぱ正式名称は『アルベル精鋭部隊』!コレしかない!そして、通称は『アルベル軍団』!旦那は慣れてください。」

  「は!?慣れの問題か!?」

  「この部隊の特質をはっきり示す名前って、他にそうは無いですよ。思いつきます?」

思いつかない。しかし、それでも何か思いつこうと、考えをめぐらせた矢先、

  「そんなのを考えるより、旦那の照れくさい気分を『慣れ』に変えてしまうほうが簡単で早いですからね。大丈夫、何度か口に出して言ってたらすぐ慣れますよ。」

と勝手にまとめられてしまった。確かにカレルの言うとおりだ。アルベルは部隊の名前については溜息をついて諦めた。

団長だからといって自分の意見が全て通るわけではない、この、普通だったら考えられない状況に呆れつつ、だが、悪い感じはしなかった。寧ろ、自分の言う事に何でもイエスと言われる方が不気味だ。そんな人間らしい活き活きとした話し合いの中で、軍に入ったばかりで右も左もわからなかったアルベルにも、この改革が自分達の手で行われているのだという実感が湧いてきた。カレルによってアルベルの心につけられた小さな種火が、今大きく燃えあがろうとしていたのだ。



こうして出来上がった、今後漆黒の改革の指針となるであろう原稿を、カレルは執務担当のカーティスに手渡した。

  「これ、清書頼む。明日の早朝までに。」

  「わかりました。」

彼は周囲に『歩く国語辞典』と言わしめるほど、言語力が高い。そして仕事が速い。原案を受け取るやいなや、さっと自室に消えてしまった。カレルはアルベルに了解を取った上で、皆にテキパキと指示を出し、そして最後にアルベルを振り返った。

  「俺は次の準備に移りますね。王の承認を得たら早速動かなきゃなんねーし。」

明日、朝一番に王に謁見し、清書した原案を提出することになっていた。

  「旦那は休んでて下さいよ。準備が出来たら報告に行きますから。…寝不足なんでしょ?」

カレルが付け加えた最後のセリフの優しさに、アルベルは戸惑った。

  「ホントは旦那なりにちゃんと考えてくれてたんですよね?旦那の話を聞きながらそれがわかったもんで。」

カレルはそう言ってニッと笑った。原案のことだ。今朝、カレルの作ったものをそのまま使おうとした事で、何も考えていなかったと誤解されているだろうと思っていた。どう思われようが、どうでもよかったのだが、理解を示されると急に照れくささが湧いてきた。

  「べッ!別にッ!お、俺は疲れたッ、寝るッ!」

アルベルは赤面した顔を隠すように急いで背を向け、勢いよく部屋を出た。そしてその勢いのままツカツカと廊下を歩いていて、ふと振り返った。

  (疲れてるのはアイツも同じじゃねぇか…。)

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■あとがき■
カレルはいわば、アルベルの人生における二人目の教育係だね。一人目は勿論、グラオパパv