小説☆アラアル編---新体制〜後編(1)

  (結婚…か。)

アルベルはソファに座って、アランがいれたお茶を飲みながら、洗濯物にアイロンがけをしているアランを見た。無駄のない優雅な動作で服が次々と綺麗にたたまれていくのは、まるで魔法のようで見ていて飽きない。

  『結婚して下さい。』

舞踏会のとき、アランがそう言った。これ以上ないほど必死な目をして。あの時はアルベルは動揺しきっていて、結局うやむやのままになっていた。

アランは覚えているはずだ。だが、あれ以来、それらしいことは何も言ってこない。断られたとでも思ったのだろうか?

  (そんなつもりは………そもそも、結婚とはなんだ?)

一緒に住んで、ベッドを共にし、パンツまで洗濯してもらっているわけだから、自分たちのこの状況は、既に結婚といえるのではないか。アランは『私はアルベル様のものです。』と常々言っているわけだし―――

  「どうかされましたか?」

『この身体、どうぞアルベル様のお好きなように…。』と耳元でささやいたアランをぼんやりと思い出していたところに、不意に声をかけられてどぎまぎしてしまった。それを隠すため、急いで別のことを持ち出した。

  「お前は本当に几帳面だな。」

大きさの違うはずの衣類が、均一な幅に畳まれ、一部の隙もなく端が揃えられている。アランは軽く目を伏せ、アルベルのほめ言葉を行儀よく受けた。

  「こうしておいた方が効率がいいのです。箪笥に綺麗に収まりますし、そうすると衣類を探す手間も省けますので。」

まるで主婦の鏡のようなセリフに、思わず笑ってしまった。

  「誰も想像できねぇだろうな。アーリグリフ軍の総隊長が、まさか家でチマチマと洗濯物をたたんでいようとは。」

アルベルがからかうと、アランは複雑な顔をし、たたみ終えたアルベルの服をそっと手で撫でた。

  「私は……本当はずっと家にいて、こういうことをしていたいのです。」

  「はっ!冗談もほどほどにしろ。」

  「本当です。」

ここでアルベルはやっとアランの本気に気付いた。

  「家事をできる奴はザラにいる。だが、お前ができることを代わりにできる奴がどこにいる?」

自分の真摯な願いをあっさりと一蹴されてしまったことにアランは落胆した。理解してもらえないこの寂しさ。

  『不安ですよね。そして悲しい…』

アランの脳裏に、カレルに言われたあの言葉がよみがえってきたが、瞬時に削除した。

  「そもそも、お前が家事をする必要はねぇんだ。いい機会だ。家政婦を雇え。」

  「嫌です!」

アルベルはアランの勢いに驚いた。

  「アラン…。」

城勤めだけでも疲れるはずなのに、帰ってきてからも家の雑事に追われる毎日。アルベルはそのこと常々心配していたのだ。

  「今の生活は私の長年の夢なのです。どうかそれを取り上げないでください。」

必死で懇願するアランに、アルベルは口調を優しくした。

  「老後の楽しみにでも取っておけばいいだろう?」

  (老後?…その時まで、あなたは私をそばに置いてくださるのですか?)

アランはそう口にしかけたがやめた。答えはわかってるから。できるかどうかわからない約束はしない、と。

  『不安ですよね。そして悲…』

  (うるさいッ!!)

目を伏せ、服を握り締めたアランの様子を見て、アルベルはそれ以上言うのをやめた。なんだか嫌な空気になってしまった。

  「まあ、お前の好きにしろ。」

アルベルはそう言い残して、自室に引き上げた。



一人になったアランはぼんやりと考えた。 最初は好きな人の傍にいられれば、それだけで幸せだと思った。それが叶った時は本当に幸せだった。しかし、やがて不安が襲ってきた。アルベルが自分を捨ててどこかに行ってしまうのではないか。不安で不安で、何度もアルベルを求め、やがてアルベルがそれに応えてくれるようになった。そして、

  『お前が好きだ』

と言ってくれた。愛してやまない人と想いが通じる。これ以上の幸せはない。しかし、幸せで満ち溢れているはずの心は、気付けば不安でいっぱいになっている。この幸せがいつまで続いてくれるのだろうか、と。

  (……ああ、皺になってしまった。)

アランは気持ちを鎮め、思わず強く握り締めてしまった服に再びアイロンを当てた。

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■あとがき■
最初、アランにパンツを洗われるのを抵抗していたアルベルでしたが、いつの間にかそれも当たり前にv