「話になりません。下がりなさい。」
アランが部下を冷ややかに突き放す。カレルはそれを横目で見ながら思った。
(…そうなっちまうよな。)
今まで見えなかったあれこれがクリアに見えてくる。アランの心の状態が、今の自分と同じだとするなら、
(『人を大事にしろ』ったって、無理な話だ。)
自分自身さえ大事にできないのだから。自分が乗り越えられないのに、人にそれをやれなんて言えない。具体的な解決策もないまま、時間だけが過ぎていく。ただアランの様子を観察するだけの状態が続いた、ある日。
「失礼します!」
漆黒の兵士が血相を変えて入ってきた。
「カレル・シューイン隊長に緊急伝令!カルサア郊外の洞窟においてノックス団長が消息を絶たれました!!」
それはカレルへ向けての報告だったのだが、当然のごとくアランが横取りした。
「どういうことですか!?」
若い兵士はアランの方に向き直った。
++++++++++++++
『渡したいものがある故、指定の場所に一人で来られたし。時刻は…』
差出人は『アドレー・ラーズバード』となっていた。
アルベルはそれにざっと目を通すと、シーハーツからの使者に投げ返した。
「ふん。何か知らんが、渡したけりゃ、ここまで持って来いと伝えろ。」
「しかし、そこでなければ渡せぬものであると…。」
「俺の知ったことか。」
そうくるというのは想定内だったのだろう。使者は次の手紙を差し出した。開いてみると、そこにはこう書いてあった。
『もし来なければ、恥ずかしい写真をばら撒く旨、覚悟されたし。』
その内容にアルベルは唸った。カレルがいたらなら、間違いなくこんな浅い挑発にのるなというだろう。それは重々わかっている。だが、『恥ずかしい写真』と聞いて、じっとしていられようか。
女装の写真ぐらいだったらいい。しかし、もしも万が一、アランとの写真だったら…!?それによってアランが傷つくようなことがあったら…!
想像はどんどん悪いほうに転がっていく。
「くそッ!!」
何でこんな時に限ってアイツはいないのか。こういう策を弄する場面こそアイツの出番なのに。
日ごろはいちいち口出ししてくるカレルを鬱陶しいと思っておきながら、いざとなるとつい頼ろうとしてしまう自分が悔しい。そう思ったところで、ふと冷静になった。
そうだ。今、自分の無茶を止める奴がいないのだ。やりたいようにやってしまえ。
ここ最近、真面目に仕事をしているせいで、相当にストレスがたまっていたのだ。ふざけた挑発ごと吹っ飛ばしてくれる。そう考えるに至ったアルベルは不敵に笑って立ち上がった。
アドレーはペターニ郊外にある遺跡の扉の前に立っていた。
アルベルは炎のように燃え上がる殺気を漲らせながら歩み寄った。
「写真はどこだ!」
普通の人間なら、その気迫に圧され、震え上がることだろう。しかし、相手は普通の人間ではない。アドレーは髭を撫でながら、悪びれもせずこう言った。
「やっと来おったか。来んかと思って、次の手段を講じるところじゃったぞ、婿殿。」
「誰が婿だ!写真はどこだと聞いている!さっさと答えろ!」
「まあ待て。まだ役者が揃うておらん。」
「何?」
そこへ。クレアが息せき切ってやってきた。
「お父様!私の日記を返し…!?」
アドレーを睨みながらツカツカと歩み寄ってきたが、その場にアルベルの姿を見つけるや、ギクリと立ち止まり、父とアルベルを見比べ、慎重に尋ねた。
「…どういうことですか?」
二人が揃ったのを見て、アドレーは満足げに頷いた。
「よし、揃ったな。」
「お父様、説明を」
「いいか、よく聞けィ!」
クレアが先に尋ねようとしたが、アドレーの耳にはトンと入らぬようで、それを遮って突然声を張り上げた。
「ここからは二人で協力しなければ先には進めん。」
「はぁ?協力だと?」
「どういうことですか!?」
まったく事情が掴めぬ二人を他所に、アドレーはほくそ笑んだ。
(そして、この試練を乗り越えたとき、二人の絆が一層深まるというわけじゃ。くっくっく!)
「どういうつもりだ?…おいッ!聞いてんのかッ!!」
「とにかく、説明を…」
クレアが父に詰め寄ろうと、一歩踏み出したが、
「くぁーっはっはっはっは!」
父の唐突かつ豪快な笑い声に、クレアはビクリと身をすくめた。
「それでは健闘を祈る!」
アドレーは威勢よく施紋を刻んだ。敵が逃げようとしていることにいち早く気付いたアルベルは、
「待ちやがれッ!!」
と、剣を抜き衝撃波を飛ばしたが、そのときにはもうアドレーは天高く舞い上がり、あっという間に飛び去ってしまった。
「くそっ!!あの野郎、本当に人間か!?」
歯軋りするアルベルの頭上に、ひらひらと一枚の紙が落ちてきた。何か書いてある。
『孫は10人以上頼むぞ! じぃじ よりv』
「ふざけやがって!!」
アルベルはそれをグシャリと握りつぶして捨てると、扉へ向かった。とにもかくにも行くしかないのだ。クレアも黙って後に続いた。
(あのオヤジはど〜〜も苦手だ。)
アルベルはそのイライラをクレアにぶつけた。
「貴様のオヤジは何とかならんのかッ!」
だが、クレアはツンとそれをかわした。
「何とかなるようなら苦労しません。」
「〜〜ッ!!」
この女も敵だ。アルベルは憤怒を背負って歩を進めた。
扉を開けると、そこは広間だった。中央に台座がある。その上に置かれたオーブには青い光が灯っている。
(あそこに置いてあるのか?)
そう思って台座に近寄ったが、オーブ以外何もない。
「あの野郎、だましやがったんじゃねぇだろうな?」
アルベルはクレアを睨み付けた。クレアはアルベルをちらりとも見ずに言った。
「わかりません。」
「ああ?」
他人事のような返事にアルベルはムッとしたが、
「父の考えていることなど、理解できないし、したくもありません。」
と言われれば、それには納得できた。
「このオーブに何か仕掛けがあるのかも…。」
そう言って、クレアがオーブに触れた瞬間、急激に輝きを増し、あっという間に二人を包み込んだ。
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そうして二人の姿は一瞬にして消えたという。敵に悟られぬよう、隠れてアルベルを護衛していた部下も急いで後を追おうとしたが叶わず、報告しに引き返したのだ。
それを聞いたアランの顔から血の気が引いた。
「消えたとはどういうことです!?」
「…わかりません。」
そんな不甲斐ない返答に、アランが叱りつけようとした時、カレルが静かに席を立った。黙って部屋を出て行く。時計を見ると退出の時間になっていた。この緊急事態にもかかわらず、まだ猿芝居を続けようとするカレルに腹が立ったが、今はそれどころではないと、アランはすぐさま気持ちを切り替えた。
「わからないで済む問題ですか!?」
「しかし、これ以上、説明のしようがないのです!とにかく、現場を見ていただくしかありません。」
アランは取るものも取り合えず、アルベルが消えたという現場に駆けつけた。