小説☆アラアル編---新体制〜後編(4)

遺跡の中は薄暗く静まり返っている。足早に台がある場所に近づく。だが、何の気配も感じられない。

  「これが青く光っていたのですが…」

現場の唯一の目撃者である漆黒の若い兵士が指したオーブは、ただの透明な水晶体だ。中に何が入っているわけでもない。これが青く光っていたなど信じられない。アランはそれに触れてみた。だが何も起こらない。周りを探ってもなにもわからない。 アルベルは、どこへ消えたのか。

  (どうか無事で…いや、無事に決まっている!)

そう何度も言い聞かせ、不安を必死で押し込める。だが、そうすればするほど、不安が増してくる。

  「他に手がかりは!?」

  「そう言われても…。」

兵士はアランの鋭い目つきに、急いで姿勢を正した。

  「ありません!申し訳ありません!」

漆黒では下手な言い訳や曖昧な表現は許されないのだ。潔く言い切られてしまったアランは視線を再び水晶に戻すしかなかった。それに、この兵士を叱ったところで事態が改善するわけでもない。

  (一体、どうすれば…何か方法は…わからない…わからない!…アルベル様!!)

頭が混乱し、感情が暴発しそうになったその時、

  「隊長。」

カレルの声が自分を呼んだ。カレルの姿を認めた瞬間、アランはほっとした自分に気付いた。

  「確証はありませんが、旦那は恐らくモーゼルの古代遺跡にいると思います。」

カレルはそう言いながら、スタスタとアランの前を通り過ぎ、台に近づいた。

  「飛ばされたんだと思います。これで。」

  「飛ばされた?」

風で吹き飛ばされたとでも言うのか。冗談を言っているのかと思ったが、カレルの目は笑ってなどいなかった。カレルは台のあちこちを手で探りながら、世間話でもするように言った。

  「以前、旦那から聞いたんですが、世の中には一瞬で移動することができる装置があるんだそうです。これがそうなんじゃないですか?」

  「まさか、そんなことが」

あるはずがない。そういい終わらないうちにカレルが振り返って、アランをピッと指差した。

  「ほら、星の船。」

空の向こうからやってきたという星の船。過去の理解を超えた事例を出されて、アランは口をつぐんだ。かつて、常識では起こりえないことが実際に起こったのだった。

  「仕掛けを解くと光って、それに触ると別の場所にいけるんですって。」

カレルは控えていた部下に尋ねた。

  「これ、最初は光ってたんだろ?」

  「は、はい…」

  「けど、今は光ってない。つまり仕掛けを解かないとこれは動かない。けど、ここには仕掛けらしきものは見当たらない。」

カレルはクルリとあたりを見渡した。

  「で、この金属的な部屋。そして、この模様。これ、別の場所でも見たことがあるんですよ。」

カレルの落ち着いた声と理性的な説明が、アランの不安をみるみる解いていく。

  「モーゼル遺跡で…」

  「そう。まったく確証はありませんが、俺は行ってみます。」

カレルは軽い口調でそう言った。その、まったくやる気のない態度。それはまさに『漆黒の頭脳・カレル・シューイン』のものだった。それにまるで張り合うかのように、アランの思考が正常に働き始めた。

  「確かに、行くしかありませんね。」

  「隊長はここで待ってて―――」

カレルはそう言いかけたが、アランはそれを遮った。

  「私も行きます。」

  「けど、立場上―――」

  「関係ありません。」

アランはカレルの進言をことごとく却下すると、部下を振り返った。

  「急ぎ城に戻り、武器を―――」

すると、今度はカレルが遮った。

  「すでに手配済みです。」

アランが振り向くと、カレルは軽く肩をすくめた。

  「『余計な事』かとは思ったんですが、一刻を争いますので。」

こちらの行動はお見通しというわけだ。だが、今はそれが有難かった。





モーゼル遺跡に到着すると、すでに部下が準備して待っていた。用意された装備を手早く身につけていく。アランはそうしながら、隣で同じように装備を整えているカレルを上から下まで見下ろして言った。

  「あなたも戦えるのですか?」

およそ戦闘向きには見えない体つきに、それで防御できるのかと疑いたくなる程の軽装備。

  「はあ、まあ、一応漆黒の人間ですからね。それなりに。」

カレルはやる気なさそうに答えながら、額にバンダナを巻き、細身の剣をシュッと腰に挿した。すると、目つきがまるで別人のように鋭くなった。さっきまでの気安く声をかけられるような雰囲気ではない。そのたたずまいはまさに漆黒のそれ。だが、目が合うと、いつもの笑みを見せた。

  「極力戦闘回避・やばくなったら即撤退!…でいきましょうね。俺、血ィ見るの大ッ嫌いなんで。」

そこへ、クリムゾンブレイドの片割れであり、クレアの親友であるネル・ゼルファーが部下を連れて駆けつけてきた。アランはちらりとカレルを見た。カレルが手を回したのだ。自分がオロオロしている間に。

  「アドレー・ラーズバード閣下は?」

挨拶抜きでカレルが尋ねた。アドレーに事情を説明してもらおうと部下をシーハーツにやったのだが、代わりにネルがやってきたところをみると、

  「悪いね。捕まらなかった。」

ということだ。カレルはアランに気付かれないように、ポケットからシワシワになった紙片をネルに渡した。それは扉の前に落ちていたものだった。

  『孫は10人以上頼むぞ! じぃじ よりv』

アドレーの字。ネルはそれを見ただけで、およそ状況を把握した。カレルがそれをアランに見せなかったのは、これ以上アランの感情を刺激したくなかったからだ。

  「娘を巻き込んだってことは、命に関わる程の危険はないと思ったんだが、どう思う?」

  「だけど、卑汚の風の影響で、中がどうなっているかわからない。」

卑汚の風。空の向こう、宇宙の果てから飛んできた波動によって、魔物が凶暴化し、更には見たこともない魔物が現われたのだ。

  「閣下はそこんところもちゃんと考えて…」

ないとは思いつつ、カレルはそこに一縷の望みを掛けたが、

  「いないと思うね…。」

ネルは、ため息混じりにそう答えた。カレルはすぐに気持ちを切り替えた。

  「ま、こういうのに詳しいあんたが来てくれて良かった。色々と教えてくれ。」

かつてこの国に、宇宙という空の向こうから星の船が現われたとき、ネル、アドレー、アルベルは、それに対抗する異星人たちと共にそれを打ち破ったという過去があった。中でもネルは彼らともっとも長く行動を共にしている。それだけ異世界の文明に触れる機会があったわけである。だがネルは自信なさそうな表情を浮かべた。

  「あたしもそんなにわかってるわけじゃない。ただ、ペターニのあの入り口がこのモーゼル遺跡に繋がってるってのは正解。」

この遺跡は昔から、魔界に繋がっているという言い伝えがあった。ネルが異星人から聞いた話によると、そこは魔界ではなく、異星人が作った建造物であり、『科学』という技術を使っているのだという。

  「『カガク』?初めて聞く言葉だな。なんで、そんなもんがここにあるんだ?」

  「…それを話すと長くなるけど。」

  「では結構です。話を次に。」

アランに話を流され、カレルは残念そうな顔をしたが、確かにアルベルたちの安否がわからない以上、のんびりおしゃべりしている暇はない。

ネルは地面にさっと地図を描いた。

  「大雑把だけど、ここがこの入り口とすると、クレア達はここに来ていると思う。」

ネルは入り口とは反対側の最奥を指した。

  「そこから扉がいくつもあって、仕掛けをとかないと先に進めないようになってるんだ。」



遺跡に入ると、まず大きな扉が目に入った。扉は重く、びくともしない。左右には廊下が伸び、その先は暗がりで見えない。ネルはその方を指差した。

  「この先にそれぞれ仕掛けがある。石像を動かせば、この扉が開くはずだよ。」

  「じゃ、とりあえず二手に分かれるか。」

それぞれ石像を動かし中央に戻ると、扉が開いていた。部屋に入りかけて、突然、ネルが武器を構え、カレルも剣を抜きながらアランを庇うように前に出た。異様な気配を感じたのだ。良く見るとあちこちに黒い影が立っていた。顔の中央にポツリと目らしきものが光っている。こんな魔物は見たことがない。

  「どうにかやり過ごせねぇかなー…。」

だがそういう訳にはいかなかった。近くにいた一体がいきなり襲い掛かってきたのだ。ゆらゆらと緩慢な動きから一転、不意をつかれるほどのすばやい動きだった。カレルは最小限の動きで身をかわし、軽やかな身のこなしで魔物の死角にもぐりこむと急所に剣を突き立てた。まさに一撃必殺。鮮やかなものだった。

  「見かけによらず、なかなかやるじゃないか。」

ネルが感心した。

  「漆黒じゃ俺は弱い方だけどな。」

  「へえ?」

そう言っている間に、他の影達がゆらゆらと近寄ってきた。どうやらおしゃべりしている暇はないようだ。ネルが別の一体を倒した。だが、あまりに数が多すぎる。こいつらに一斉に襲い掛かられたらひとたまりもない。すると、アランが大剣を抜いた。

  「下がりなさい。」

柄を両手で握り、切っ先を下にして、剣を身体の前に立てた。その切っ先が床に着いた瞬間、そこから一気に冷気が広がり、魔物たちが見る間に凍りついた。そうして徐に剣を下段に構えると、横なぎに払った。その軌道が氷の刃となって飛び、魔物たちは一瞬で砕け散った。

命を奪うということでは、結局は同じなのだが、アランのそのあまりに無差別で、あまりに一瞬での大量殺戮ぶりに、一同言葉もなかった。これがもし戦場だったら…そう考えたネルは複雑な表情をしている。

  「ぐずぐずしている暇はありません。」

アランは剣を納め、さっと歩き出した。



奥へ続く扉はあるが、やはり開かない。その脇に装置のようなものがあった。ネルがそれに触れると、突然映像が映し出された。アルベルとクレアだ。

  「アルベル様!」

アランが呼びかけたが、声は届かないようだ。向こうの声も聞こえない。二人はなにやら激しく言い争っている様子だ。

  「取り合えず元気そうではあるね…。」

ネルはそう言いながら、そこに映ったクレアの表情に驚いていた。素のクレアがそこにいたのだ。よく笑い、よく怒り、よく泣いた、幼き頃のクレア。いつからだろう?彼女が穏やかな微笑の影に、その生き生きとした表情を隠してしまったのは。

カレルが横から画面を覗き込んできた。

  「これ、望遠鏡…?…なのか??」

初めて見たときはネルもそう思った。

  「そんなようなもんだけど、望遠鏡とちがってクレア達のいる方向はわからない。距離も関係ない。」

  「どういうことだ???」

  「人間の目に相当する装置があって、それに写ったものがここに映し出されるんだ。…悪いけど、それ以上のことはわからないよ。」

カレルの好奇心あふれる目を見て、ネルはそれ以上聞いてくれるなと先に釘をさした。

  「アルベル様がこちらに気付いてくださる方法は!?」

  「わからない。この場所に行くしかないね。」

アランは落胆し、画面に映るアルベルに触れた。するとその途端、映像が消え、ばらばらとすごいスピードで数式らしきものが表示され、画面が埋め尽くされた。

1012=1
6870=4
1111=0
3256=1
2222=0



9861=4
3665=?

『?』の部分が点滅している。

  「これを使って、この答えを入れれば扉が開くんだと思うけど…。」

ネルは脇にある文字盤を示した。

  「これは一体、何の数式でしょうか?」

アランがカレルを見た。カレルは腕組みして唸った。問題を考えているのかと思ったが、違った。

  「うーん…答えは2…だと思うんだけどなー…。」

なんとカレルはすでに答えを出していたのだ。だが何やら歯切れが悪い。

  「…何か問題でも?」

  「いや、なんか、仕掛けが大掛かりなわりに、問題がちゃちだなーと思って。」

『問題がちゃちだ』といわれても、こちらは何をどう考えればいいのかすらわからない。するとカレルが説明した。

  「これ、単に丸の数を聞いてんじゃないですかねぇ?」

  「丸?」

  「数字の形ですよ。0は丸が一個。6と9も丸が一個。8は丸が二個。」

馬鹿馬鹿しいが、確かにそう考えると全てが当てはまる。

  「けど、それじゃあまりにも簡単すぎるしなー…別の深い意味があったりして…。」

カレルはありとあらゆる可能性を考え込み、そして結論を出した。

  「答えは2。やっぱそれ以外ない!」

ネルがたどたどしい手つきで『2』と打ち込んだ。

  「こうして…これに触れるんだった。」

すると、数字の羅列が消え、扉が開いた。

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