小説☆アラアル編---新体制(8)

カレルに関して、アルベルからは「明日からは好きに使え。」 と言われたが、カレルはあくまで漆黒の人間だ。大っぴらに疾風に関わらせる訳にはいかないし、そもそもアルベルが言うから仕方なくここに置いているだけで、こちらには取り立てて用事はない。しかし、ただ遊ばせておく訳にも いかないので、差し支えない範囲の雑用をさせておいたのだが。

  「定時ですので、これで失礼します。」

と、仕事の途中だろうが人が話している最中だろうが何だろうが、カレルは定刻になるとさっさと退出してしまう。

  「待ちなさい!まだ終わってないではありませんか!」

当然アランは腹を立てたが、カレルは悪びれもせず言った。

  「申し訳ありませんが、勤務時間は決められておりますので。」

そう。その時間はアルベルが定めたものだから文句は言えない。だが、それより何より苛立つのが、この「言われた通り」に「言われた事だけ」な態度だ。

  「いい加減、その猿芝居はやめなさい!!」

アランは怒りに任せて、机の上に置いてあった本を投げつけた。カレルはそれを避けなかった。本は額にあたり、ばさりと地面に落ちた。今までにないアランの剣幕に、不幸にもその場に居合わせてしまった部下たちは息を顰めて事態を見守っている。これ以上アランを怒らせるような真似はしてくれるな、と一様に祈るような表情だ。そんな中、カレルは額に傷を負いながらも人形のように感情のない目でアランを見た。

  「猿芝居とは…意味がわかりません。」

  「白々しい!『木偶の坊』のつもりでしょうが、非常に不愉快です!」

木偶の坊―――カレルがアランの部下をそう評したのだ。カレルは戸惑ったような表情を作った。

  「…隊長が望んでいるのはこういう事でしょう?」

  「まったく違います。見当違いも甚だしい!」

  「ではどうすればいいか、教えて下さい。」

―――お前の言うとおりに動いてやっているのに何が不満なのだ。

殊勝な言葉とは裏腹に、そう考えているのが手に取るようにわかる。何故なら、自分もそうだったから。かつての自分の姿と重なって、余計に神経を逆なでする。

  「わかっているのでしょう!?私を馬鹿にしているのですか!?」

  「いいえ。自分はただ、隊長が望むとおりにしたいと思っただけです。」

これ以上話しても無駄だと感じたアランは怒気を吐き、感情を抑えた口調で言った。

  「では、もうこれ以上私を怒らせないで下さい。」

カレルは努力しますと言い、しかし、落ちた本を拾いさえせず、そのまま部屋を出て行った。代りに部下がさっと本を拾った。埃を払って机の隅にそっと戻す。そのおどおどした目。媚を売る態度。

  『木偶の坊』

アランはカレルが消えたドアを見据えながら、抑えた口調で言った。

  「一人にして下さい。」

部下達は速やかに姿を消した。





あれから、カレルは程よく融通をきかせるようになった。それでいて余計なことは一切せず、行儀良く言いつけを守る。まさにアランが望んでいる通り。なのに、今度はそれでイライラするようになった。常にこちらの顔色を窺う態度が気に入らない。やれば出来るはずなのに、命令されないとしない。脅威を覚えるほどのあの才気が、今はまったく感じられない。これなら口答えされてた時の方が何倍もマシだった。アランは堪りかねて言った。

  「一体、どういうつもりなのですか?」

  「どういうつもり、とは?」

すっ呆けたカレルを、アランは苦々しげに睨みつけた。

  「どういうつもりで私の言いなりになっているのかと聞いているのです。」

  「部下として上官の命令に従うのは当然の―――」

アランは手を上げて遮った。もう怒るだけの気力はなかった。アランは疲れきった口調で続けた。

  「そんなことなど、毛先ほども思っていないでしょう?」

カレルは心外だという顔をした。これが演技なら大したものだ。 アランはここで周囲の目線に気付き、人払いをした。静かに部下たちが出て行き、二人だけになった。

  「建前はもう結構です。あなたは疾風再編のためにここに来たはずでしょう?それなのに、それらしいことは何一つしていないではありませんか。」

すると、カレルが「お言葉を返すようですが。」とやっと本音を言いはじめた。

  「自分なりに努力しているつもりです。」

アランはそれを鼻で笑った。

  「結果が出なければ意味はありません。そして、結果が出ない以上、あなたがここにいる必要はない。」

カレルは困ったような表情を浮かべ、そして言った。

  「要するに、あなたのそういうところが問題なのです。」

  「…何ですって?」

カレルは続けた。

  「逆にお尋ねしますが。一体何がそんなにお気に召さないのですか?あなたの仰る通りにしているのに。」

アランはイラッとした表情を浮かべた。

  「あなたの、その『命令を聞いてやっている』という態度です!」

カレルは小さくため息をついた。

  「あなただって、前疾風団長従っていたのは表面だけだったではありませんか。」

それを聞いたアランはカレルの言わんとすることを悟り、あざ笑った。すべてがどうでもいいというように。

  「では相応しい人物が団長につけばいいではありませんか。私は一向に構わない。」

そして、それが切欠となり、アランはカレルに向かって、これまで抑え続けていた不満を一気にぶちまけた。

  「アルベル様が仰るから仕方なくこの座に留まっているのです。そうでなければこんなところにはいません。あとどれだけ傍にいられるかわからないのに、どうしてその貴重な時間をこんなことに割かなければ―――」

アランは急に黙り込んだ。こんなことまで話すつもりはなかったのだ。

  「…。」

二人の間に沈黙が漂った。

今は自分を愛してくれていても、いつかは失ってしまう。今の幸せがいつまでも続くはずがない。そうなったときが恐ろしい。何をしていても漠然とした不安がつきまとう。

カレルはその感情を身にしみて良く知っていた。「そっか。」と悲しげに微笑んで目を伏せた。

  「不安ですよね。そして、苦しい…」

その声はかすれていた。そこから発せられた波動がアランの心の奥の何かを揺さぶった。その初めての感触をアランは『不快』と捉えた。

  「…出て行きなさい。」

それだけを言うのがやっとだった。

一人になって、アランはじっと机の上に目を落としたまま、しばらくそうしていた。

ざわついた心が落ち着きを取り戻すのに、かなりの時間を要した。

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