シーハーツ城の自室で、クレアは机の上に日記帳の新しいページを開いてぼんやりと座っていた。
「ふう…。」
ため息をついた拍子に、ずっとペンを握り締めたままだったことに気付き、それをそっと置いた。忙しくしているときは良いが、こうして暇になると余計なことを考えはじめる。それはアランのこと。そしてアルベルとの関係。あのアランが汚れた同性愛関係に身を落とすなど、しかもその相手がアルベルであるなど、どうしても納得できなかった。
(せめて、相手が女性だったら……いいえ、考えても仕方のないことだわ。)
そう思いつつも、どうにかアランの目を覚まさせることができないかと考えてしまうのは、やはりアランに対する未練から。自分の気持ちに無理やり蓋をしようとしてしまったがために、クレアの胸の中でアランに対する想いが燃え切れず、未だにぶすぶすと燻り続けている。
(一体、どうしたらいいの?…アラン様…どうして?)
心の中でそっと呟いたその時、いきなりドアが開き、クレアはギクリと身を震わせた。父アドレーだった。アドレーは遠慮会釈なくズカズカと入ってきた。プライバシーも何もあったものではない。クレアは急いで日記を隠した。
「お父様。部屋に入るときにはノックして下さるよう何度もお願いしたはずです。」
言っても無駄だと知りつつやはり言わずにはおれない。怒りを抑えた口調でそう諭す。しかしやはり今度も父の耳には届かなかったようで、さっさと用件を話し始めた。
「ときにクレア。婿殿とはどうなっておる?」
「婿…?」
「式はいつにするか、早う決めねばなるまい。」
その言葉にクレアは血相を変えて立ち上がった。
「お父様!あれ程、結婚するつもりはピーチクパーチクピヨピヨピヨピヨ…」
小鳥の囀りのごとく言い募る娘を見て、アドレーは顎鬚をさすりながら思った。成る程、これはまだ進展していないと見た。まあ、あの『うぶ』な婿殿では手を握るだけでも難しかろう。これは一肌脱いでやらねば。
「ピーヒョロロロロなのです!金輪際、お父様の仰ることにはピヨピヨピョロロロですから!」
「よし!わかった!」
クレアは眉をしかめた。人の話を聞かずに勝手に物事を進めらるのは迷惑であり、金輪際、父の言う事に耳を貸すつもりはないと宣言したのに対して、この反応。
「…お父様?ちゃんと聞いているのですか?」
「言わずともわかっておる。ワシに任せておけ!」
その父の言葉に、クレアは息をのんだ。父がそう言い出したら、ろくなことがないのだ。
「お父様!?」
「心配するな。ドーンと任せておけばよい!」
アドレーは「忙しくなってきたわい。」と賑やかに部屋を出て行った。クレアはガックリと肩を落とした。
わかってない。絶対にわかっていない。これほどはっきり言ってもダメだった。結局は何を言っても無駄なのだ。それだけならまだしも、恐ろしくもまた何かをしでかすつもりなのだ。
クレアはよろよろと窓辺に戻り、空を見上げて胸の前で手を組んだ。
(どうかアペリス様…どうか、父を止めてください。)
最早、神に祈るより他になかった。
ちょうどその頃。王はアルベルを自室に呼び出した。そして、アルベルが部屋に入るなり、唐突に切り出した。
「結婚の話は進んでいるか?」
「…結婚?」
アルベルは表向きは平静を保ちつつ、内心思いっきり動揺した。
結婚?アランと?男同士なのに?何で王がそんなことを言い出すのか。そもそも何で王が知っているのか?一体、いつバレたのか。他に誰が知っているのか。もしや、ウォルターまで…?いやいや、それなら説教なり何なりしてくるはず…。焦りながらそれらのことを頭の中でぐるぐる回転させているアルベルの表情から、王はまったく進展していないことを悟った。だが、そのまま忘れてもらっては困る。
「クレアとの結婚だ。」
「?」
(くれあ?なんだ?どこかで聞いたことがある…くれあ…クレア…はッ!あの女か!)
「なんだ。手くらいは握っただろうと期待していたんだが。」
ことさらにがっかりと言われ、アルベルはむっとした。
「結婚なんざ、するつもりはねぇ!」
「何故だ?いい話だと思うが。」
驚いたようにまじまじと言われて、言葉に詰まった。理由は、アランがいるから。だがそれを言う気はない。アルベルにとって、人に恋人関係を知らせるというのは、そういう関係であると…つまり、二人で『そういうこと』をしていると知らせるのと同じ事だからだ。他人に二人の睦み合いまで覗き見られるような気がして、それがどうしても嫌なのだ。アランとの関係をひた隠しにするのはその為だ。
そこで、アルベルはだんまりを決め込んだ。これがこの王に対する一番の手だ。下手に口を開いたばっかりに、「そうか!それなら…」と目を輝かされ、引くに引けなくなったことがこれまでに何度あったことか。
「せっかくの機会だ。それに、お前もいい年だ。そろそろ結婚を考えてみろ。」
だが、アルベルはツーンとそっぽを向いたままだ。
それを見た王は、ふむ、とあごに手をやり考えた。アルベルはその手の話に疎い。女の噂すら聞いたことがない。周りが段取りをとってやらなければ、恐らくは一生独身…それどころか、女を知らぬままだ。形だけでも作ってしまえば、情に厚いアルベルのことだ。女を大切にするだろう、と。
取りあえず、結婚についてどう考えているのか、どういう女が好みなのか、その辺りに探りを入れるべく、話を変えた。