小説☆アラアル編---側近(2)

次の日の朝。クロードが立ち上がって、「おはようございます。」とにこやかにアランを迎えた。朝はいつもこんな感じだ。帰るときも同じ。アランを笑顔で見送る。

アランがコートを脱ぎ、席に落ち着くのを待って、クロードが組織図についての話を持ち掛けてきた。

  「組織図を変更したい?」

  「はい、天下りの為に作られた部署など、不要なものを一掃し、現在の体制に合った組織図にしたいのだそうです。」

それは願ってもないことだった。実はクロードに渡した組織図は、ヴォックスが団長だったときに作られたもので、アランはそれをそのまま用いていた。無駄な部署があることを知ってはいたが、作り変えるのは面倒だったし、それで別に支障はなかったからだ。その面倒な作業もやってくれるというなら有難い。

  「却下されるようなものでなければ構いません。」

アランが許可を出すと、

  「それではこちらを。」

と、クロード手にが持っていた書類を提出してきた。それは新しい組織図だった。変更の許可を取り、それから組織図を作りにかかるのかと思っていたら、それは既に出来上がっていたようだ。アランの胸に初めて期待の感情が浮かんだ。組織図を手に取り目を通す。

無駄を省き、すっきりと整理されている。なかなか良い。

だが途中で、アランの目がふと止まった。

  「『懲罰』とは?」

  「はい。現在、懲罰の権限は団長にありますが、それを切り離し、軍法にのっとって公正な判断を下す部署を置きたい、と。」

  「団長に懲罰の権限がないなど、そのような話、聞いたこともありません。」

  「漆黒はそのようになっているそうです。」

  「漆黒が?」

アランは驚いた。当然アルベルが仕切っているものだとばかり思っていたからだ。

  「何故、アルベル様はそれを承諾なさったのか…。」

アランのつぶやきに対する答えを、クロードは持っていた。

  「団長といえど人間ですから、一時の感情に任せて過剰な処罰を与えてしまうこともあり、それを避ける為とのことでした。」

  「…それは誰に聞いたのですか?」

何故、漆黒内部の情報を掴んでいるのか。その理由は簡単であった。

  「漆黒のカレル・シューイン隊長です。漆黒の懲罰長であるジノ・バジェドール隊長を紹介していただきまして、直接お話しすることができました。彼はどっしりとした安心感を感じさせるお人柄で、このような方の下す処罰なら、誰もが納得して…」

懲罰長の話などどうでもよい。それよりも良い具合にカレルの名が出たので、今まで気になりながらも聞けずにいたことを尋ねた。

  「あなたはカレル・シューインと親しいのですか?」

  「あ、はい、最近親しくなりました。」

  「…最近?」

  「1、2週間ほど前でしょうか。」

たった数週間!?アランはその事実に愕然とした。

  (知りあったばかりの人間を側近として推薦してくるとは!)

一体どういうつもりなのだろうか。「まさか手を抜いたのか?」という考えが一瞬脳裏に過ぎったが、すぐにそんなはずはないと打ち消した。カレルは『理解者』と言った。あの男が言うからには、きっと何かあるはずなのだ。だが、大した取り柄も見当たらないこの男のどこを見てそんな事を口にしたのか、アランには全く理解できなかった。

  「…それで?疾風にもその制度を導入したいと?」

  「はい。」

それはつまり、アランの処罰に不満があるということ。しかし、懲罰の権限を取り上げられれば、後々面倒な事になると判断したアランは、即座に却下した。

  「必要ありません。その他はこれで良いでしょう。早速、人員を配置するように。」

ところが、今まで返事一つで従っていたクロードが、「ですが…。」と初めて反論した。

  「あなたの下す処罰は厳しすぎるため、皆それを恐れて、役職につきたがらないのだとか。」

しかも、面と向かって躊躇うことなく批判的な内容を口にした。アランはすっと目を細めた。

  「その為、この『懲罰』の設置は大変重要で、これが可能でなければ、組織の形を変えても中味は変わらないだろう、と。この組織図を作った者達からも、これが認められぬ限りは、自分の名を出してくれるなと頼まれております。」

  『そんなことするから、隊長の周りは木偶の坊ばっかりになるんですよ。』

いつだったかカレルがそう言った。

  「成る程。私のせいですか…。」

好きでやっていることなら、素直に耳を傾けもするだろう。だが、元々なかったやる気を完全に奪うのに充分だった。アランは素っ気なく書類を付き返した。

  「私に不満があるなら、団長を別の人間にすれば良いではありませんか。」

  「『別の人間』?」

クロードが驚いたように目を見開いた。

  「私は一向に構いません。いえ、寧ろ有難い。」

  「何故…そのように思われるのですか?」

  「もともと望んで就いたわけではありません。アルベル様のご命令でなければ、とうに辞めています。」

こんなにも自分を犠牲にして、しかもちゃんと職務を全うしているのに、どうして責められなければならないのか。今までずっと我慢してた想いが溢れてきた。

  「何故限られた時間をこんなことの為に割かなければならないのか。私の時間なのに、何故好きなように使わせてもらえないのか!」

思わず口調が熱くなってしまった。アランは急いで冷静さを取り戻した。

  「…不信任により解任されたのなら、アルベル様も納得していただけるでしょう。」

クロードはどこか悲しげな表情でじっとアランを見つめていたが、アランの目に何かを感じたのか、何度か頷き、

  「ではそのように伝えましょう。」

と言った。だが、そこで表情を曇らせた。

  「ですが、残念ながら、団長をお辞めになることはできないでしょう。」

  「何故です?」

  「あなたほどの才能は他にないからです。」

  「だからといって何故、私が犠牲にならなければならないのですか!」

それもこれも、周りの人間が無能なせい!無能な癖に努力をしようともせず、人の才能を勝手に利用しようとする。もっと有能な人間がいてくれたなら、自分は目立たずひっそりと暮らせたのだ!そういういう想いがドロドロと渦を巻き、怒りとなって口からほとばしった。

すると、これまでどんなに叱ってもどこ吹く風だったクロードが、初めてハッとした表情を見せた。そして胸を押さえ、

  「ああ、本当に。仰る通りですね。」

と自分の言葉を深く反省した。

  「…。」

その瞬間、アランは怒りがふわりと昇華したのを感じた。それは多分、相手が自分の言い分を受け入れたから。クロードは、アランに謝り、

  「あなたを惜しく思うものだから、つい。」

と微笑んだ。そして、組織図を手に取り、こう言った。

  「皆を説得してみます。…ですが、くれぐれも期待はなさいませんように。」



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