小説☆アラアル編---側近(4)

それから数日後。クロードは人員が配置された組織図と共に吉報を持ってやってきた。

  「ご要望が通りました!本当に良かったです!」

我が事のように悦ぶクロード。

  「そうですか。」

口調は素っ気なく返しながらも、アランは嬉しさを隠せなかった。

  (まずは物置部屋のピアノをリビングに出して、アルベル様がくつろげるソファーを傍に置いて…。それから物置部屋を思い出の部屋に作り変えよう。庭に花壇と小さな菜園を作って、バラとハーブと、それから…)

今まで時間がなくて諦めていたあれこれが、次々と頭に浮かんでくる。組織図も良くできている。物事がこんなにうまくいっていいものだろうか?

アランは上機嫌でそれに目を通していて、『副団長』のところでちらと眉をしかめた。

  「副団長は据え置きですか?」

この人物はヴォックス時代からの副団長で、本来なら団長交代の際に解任され、新団長が指名する者が新しく副団長となるのだが、アランは代わりを選ぶのが面倒だったので、そのままその人物を指名していた。その人物を一言で評するなら『愚か』。これからアラン不在の時間が長くなる。その間を担う副団長としては、それ相応の人物をつけるべきだ。

するとクロードが説明した。

  「いきなりの罷免は心情的に宜しくありませんので、周りを固め徐々に説得してゆくそうです。」

  「それで、ゆくゆくは交代、と?」

  「はい。」

成る程。良い判断だ。

  「それほど時間は掛けないそうですので、あなたのお目に適う人物を選んでおいて欲しい、とのことでした。」

  「…私が?そちらで選べば良いでしょう?」

だが、クロードは「いいえ。」と首を横に振った。

  「副団長の指名は団長のお仕事です。」

確かにその通りだ。まあ、このくらいは仕方がない。アランはしぶしぶ了承した。

  「それから、新しく幹部となった者達が、あなたにご挨拶申し上げたい、と。」

これは新体制の誕生であり、疾風にとっては新らたな一歩であるのだが、アランにとっては何の感慨もなく、ただ、

  (今までこそこそと隠れていた者たちが、ようやく姿を見せるか…。まあ、顔と名前くらいは知っておいてもよい。)

と、その程度のものだった。





会議室に入ると、各部署の長が立ち上がってアランを出迎えた。一人ひとり立ち上がって部署と名前を言っていった。それらは自動的にアランの頭の中に記録されていく。何人か既に記憶のデータに入っている者もいた。ヴォックスの猜疑の対象となり、左遷された者達だ。アランはもう一度その場の面々を見渡し、人物の名前と顔と部署が一致したのを確認すると、挨拶抜きで本題に入った。

  「今回の再編は予定よりも抜本的なものとなり、それによりかなりの不満分子が出たはずですが。」

  「現在、対処しております。」

  「治められるのでしょうね?」

  「はい。こちらの体制が軌道に乗れば加速的に鎮火していくでしょう。」

打てば響くように返答が返ってくる。この調子なら勤務は午前中のみで充分なのではないか、そんな甘い事を考えていると、

  「一つ申し上げたいのですが。」

と参謀のフェルナンド・アベスカが口を開いた。彼がこの組織図を作り上げた人物だ。

  「団長に留まっていただく為の条件として、業務時間の短縮ということでしたが、我らは納得したわけではありません。」

すると、他の者もそれに賛同した。

  「団長の業務を短縮するなど前代未聞。ですが、クロード・セルヴェストール氏が頑として譲らなかったため、仕方なく了承しました。」

  「これは一時的に認めただけに過ぎません。問題が発生した時には、即座に通常の業務形態に戻っていただきます。」

こんなに厳しい意見を浴びせられたのは初めてだ。皆一様に「はい、そのように。」だった頃とは雲泥の差だ。アランは新鮮な気持ちでそれらを聞いていた。すると、会議のテーブルにはつかずに部屋の隅の椅子に座っていたクロードがアランを庇うように口を挟んだ。

  「その話は済んだはずでしょう?」

すると、人事のセシル・ベックフォードがいった。

  「この条件を皆にのませる為に、君がどれだけ奔走したか、団長は知っておくべきだ。」

セシルはクロードの昔からの友人であった。

  「それは私が勝手にしたことで、団長には関係のないことだよ。」

  「いいや。」

と、今度は懲罰のカジミール・バーロウが声をあげた。そして、厳しい口調で言った。

  「はっきり申し上げておきますが、私はクロード・セルヴェストールの為にここにいます。」

「私もです。」「私も。」と次々と声が上がる。ただ、副団長だけは黙ったまま目をせわしなく動かし、周囲の様子とアランの顔色とを交互に窺っている。

  「彼にはこれだけの人間を惹きつける力がある。その彼が団長の味方に付いた。」

  「あなたは大きな力を手にしたと言えるでしょう。」

  「彼を利用して使い捨てるようなことがあった場合、この場にいる全員が敵に回ることを覚えておいて頂きたい。」

すると、それらを黙って聞いていたアランは冷笑した。

  「私に不満があるなら不信任を出せばよいでしょう?私を引き止めたのはあなた方です。それこそ、『利用するため』に。」

明晰な頭脳、冷静な判断、そして何よりこの駆け引きの上手さ。このそうそうたる面子をまるで赤子扱いだ。これこそがアランの真価。人格的に多少の問題があるとはいえ、アーリグリフ軍総長としてのこの才能を失うのは、疾風に限らず、このアーリグリフ国にとっても大きな損失だ。

アランの圧倒的勝利に一同は言葉もなく、だが胸の内にはみるみる敵意が膨らんでいく。と、そこへ。

  「アラン団長には私達の為に無理を聞いてくださり、本当に感謝しています。そして、皆も私の事を心配してくださって嬉しいです。でも心配は要りませんよ?アラン団長は優しい方ですから。」

それまで、人形のように冷たい無表情で一同を睥睨していたアランは、そんなクロードの平和な言葉に、唖然とした表情となった。

  「優しい?私が?あなたに優しくした覚えなどありませんが。」

するとクロードはにこやかに答えた。

  「花を愛する人は皆、心の優しい人です。」

  「…は?」

アランがクロード節をまともに受けて混乱している。ここにいる精鋭らを一言の元に黙らせたアランが。まずセシルが噴き出した。他の者達も次々と破顔していく。

  「何が可笑しいのですか?」

  「いえ…。」

セシルは肩の力を抜き、自分の正直な気持ちを口にした。

  「あなたと争うつもりはありません。ただ、彼を大事にしてくださいと、そう申し上げたかっただけなのです。」

いきなり攻撃体勢を解いてしまったセシルを、アランは探るように見た。セシルはバツが悪そうにクロードに言った。

  「…最初から素直にそう言えば良かったのだろう、クロード?」

  「そうだね。」

クロードは穏やかに微笑んだ。その笑顔に、その場にいる全員が毒気を抜かれた。





  『彼には人を惹きつける力がある。その彼が団長の味方に付いた。』

  『あなたは大きな力を手にしたと言えるでしょう。』

アランは書類の整理をしながらクロードをちらりと見た。クロードはアランに代わって、せっせと書類を片付けている。

カレル・シューインが見つけてきた、このクロード・セルヴェストールという男。一体何者なのだろうか。

  『彼を利用して使い捨てるようなことがあった場合、この場にいる全員が敵に回ることを覚えておいて頂きたい。』

今までヴォックスやアランの目に付かぬよう鳴りを潜めていた者達が、クロードのために表に出てきた。そして、この男のためなら迷わず自分の敵に回るという。『懲罰』の権限が自分達の手にあると思って安心しているのだろうか?いや、あれは命を懸ける覚悟であった。計算高く、上手く立ち回ることの出来る者達が、そういった打算を捨ててこの男を守ろうというのだ。

  (それ程の価値のある人物なのだろうか?)

そう思いながら、クロードを値踏みしていると、

  「あ!」

クロードが突然、手を止めて、小さく声をあげた。だが、

  「…まあ、いいか。」

とつぶやいて作業を続けた。アランはそれをとがめた。

  「何ですか?」

何かミスをして、それに対して「まあ、いいか。」と言ったのであれば、それは見逃すわけには行かない。ところが、

  「いえ。先ほどからやけに空腹だと思ったら、昼食をとるのを忘れていました。」

と、そんなすっとぼけた事を笑顔で言う。

  「しかし今、食べてしまったら夕食が食べられなくなるので、我慢することにします。」

  「…。」

自分には単なる能天気な人間にしか見えない。

  『彼は貴方の良き理解者となるでしょう。』

カレルはそう言ったが、クロードはこちらを理解どころか、気にしている気配すらない。こちらの機嫌を窺うことも一切なく、アランが不機嫌であろうと、そんなことは関係なくいつも通りに接してくる。要するに、こちらのことはどうでもいい様子だ。

  (ただ…。)

この男はアランの想いに耳を傾け、それを実現してくれた。

それだけは確かだった。





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