新体制が発足して第一日目。
朝、王に挨拶して、報告書に目を通したらすることがなくなってしまった。今までアランがやっていた仕事を、幹部たちが次々と引き受けていったためだ。
だが、何もしないのは性に合わない。取り合えず部屋の整理整頓でもしようかと考えていると、クロードが机の上を綺麗に整えからて立ち上がった。
「団長、視察に参りましょう。」
「視察?」
「はい、報告書の内容がその通りであるか、御自身の目で確認して頂きたいのです。現場の状況を把握しておかれるのも、いずれ役に立つかと。」
今まで一度もそんな事をしたことがなかった。報告書で充分だと思っていたから。だが、クロードの言うことには一理あるし、他にすることもないので行ってみることにした。
そして、実際に現場に赴いてみて、その重要性を痛感した。伝え聞くのと自分の目で見るのとでは大違いだったのだ。
「何が『特に問題なし』ですか!問題だらけではありませんか!」
アランが責任者を叱責すると、クロードが取り成した。
「嘘をついているわけではありません。ただ問題に気付かないだけなのです。」
「気付かない!?この現状を見て、何も思わないというのですか!?」
するとクロードは、
「そうです。」
と、真正面からきっぱりと認めてしまった。まさかそんな事とは思いもよらなかったアランは、二の句が告げなかった。
「誰もがあなたのように考えられるわけではありません。同じ視点を持っているわけではありません。だからこそ、あなたが必要なのです。どうぞ、ご指示を。」
分からないなら仕方がない。犬に説教したって無意味であるのと同じことだ。アランは隅々まで目を光らせながら、次々と指示を出した。
責任者は問題を指摘される度にぺこぺこと頭を下げながら、アランの後を付いて来る。アランはふと立ち止まった。
「先ほどからメモを取っていないようですが、今出した指示を全て覚えたのですか?」
「えっ?あ…は、はい…い、いえ…。」
責任者はしどろもどろになった。それを見たアランは、ふっと溜息をついた。
無能なら余計に、それを補う工夫なりなんなりすればいいものを、それすらもできないのか。いや、それが出来ないから無能なのか。こんな人間は必要ない。
「この者は解雇です。誰か他の人間を…」
すると、隣でメモを取っていたクロードが口を挟んだ。
「団長。そういった処分は懲罰にお任せください。」
「!」
そうだった。懲罰の権限がなくなったのだ。アランはクロードを睨んだ。
「…懲罰を作ったのは、やはり失敗でした。」
気に入らぬ者を自分の好きに処分できないのはストレスが溜まる。だがクロードはあっさりと言った。
「そんなことはありません。ただ懲罰にお任せくださればいいのです。また、あなたの指示に沿って改善されるようこちらで対処しますので、この後の事は心配には及びません。」
「…成る程。」
これからは全部自分が何とかしようと思わなくていいのだ。他の誰かがしてくれる。アランはすっと気持ちが軽くなった。そんなアランをクロードは笑顔で促した。
「さあ、次の場所へ参りましょう。」
最後に視察した場所で、
「明日の報告書では、このようなことがないように。」
そうきっちりと言い残して、団長室に戻りながら、アランは明日が少し楽しみになったのを感じた。これで現場がどう改善されるのか。
今まで報告書は、ただ機械的に右から左にやるだけのものであった。
だが、明日の報告書は意味のあるものになるはず。
アランはこの時初めて、この仕事にやりがいを感じたのであった。