小説☆アラアル番外編---クロード・セルヴェストール(1)

カレルは話の輪から外れてきながら溜息をついた。

  (なかなかいないもんだな…。)

カレルはアランの側近となれる人物を探していた。アランの理解者となり、足りない部分を補える人物。特に具体像があるわけではない。ただ、その人となりを見てピンと来るかどうか。人に近づいて会話をしながら品定めしてまわっているのだが、『大した人物』という噂を聞いて当たってみても、アランと釣り合う程の人物はおらず、未だ候補者すら見つけられない。

目立った成果があげられないのは、今、人と関わる気持ちになれないせいもある。誰にも会いたくなくて、じっと部屋に閉じこもっている時間も多い。しかし、これが目的でここに来たのだから、何としてでも成し遂げなければならない。時間もない。人と会いたくないなどといってる場合ではない。こうなったら手当たり次第、しらみ潰しにいくしかないと次のターゲットを探していると、

  「シューイン殿。」

ジェラルド・ブロムヴェルトが社交的な笑みを浮かべながらカレルに声を掛けてきた。

  「良いシャンパンが手に入ったので、よかったら今夜、私の家にお越しになりませんか?あなたとお話したいという者もおりますので。」

ジェラルド・ブロムヴェルトとはアーリグリフに来てすぐ知り合いになった。知り合いといっても、そう親しいわけでもなく、時折世間話をする程度だ。

ジェラルドがカレルを誘ったのは、距離を詰めようとしてきたのか、はたまた本腰を入れて腹を探りに来たのか。恐らく後者だろうなとは思いつつ、カレルはその誘いに乗った。彼は候補から外れていたのだが、『お話したいという者』には会ってみなくてはならない。しかも、酒の席となれば愚痴や不満などが出てくるはず。疾風の内情を掴む絶好のチャンスだ。

ところが、漆黒での酒盛りを想像して行ったら、まるでサロンのような集まりで、その場に来た瞬間、カレルは来るんじゃなかったと後悔した。水を酒と偽って飲んでるふりをすることも、個人的に近づいて『ここだけの話』をすることも、騒ぎに紛れて抜け出すこともできず、しかもカレルはその酒の肴だったらしく、中央の席に座らされ、全員の集中が集まる中、石つぶてのように質問を浴びせられた。

  「こんなに若い方だとは思わなかったな。お歳は…?」

  「30です。」

  「30!?とてもそうは見えない!せいぜい二十歳くらいかと。」

  「いや、30でも充分お若い。その若さで漆黒団長の片腕となられるとは。」

  「ご結婚は?」

  「いえ…まだ…。」

  「恋人は?」

  「はあ…まあ…」

小さくなってぽそぽそと受け答えしている姿はとてもアーリグリフ随一の軍師には見えない。本当に本人なのだろうかと信じられなくなったのだろうか、こんな質問も飛んだ。

  「しかし、漆黒といえば荒々しく攻撃的なイメージがありますが、その選りすぐりの精鋭部隊を統率する方が、まさかこんなにお若くてシャイな方だとは思わないでしょうな。…ご本人と気付かれないのでは?」

  「はあ、まあ。よく団長の小姓だと思われるようで…。」

それに対して皆思わず笑いかけて、それは失礼だと思いとどまったのか、ところどころで咳払いが起こり、

  「それがまさかの隊長となれば、皆驚くことでしょう。」

とフォローを入れた。カレルは愛想笑いしながら、自分に話題が集中するこの嫌な流れを断ち切り、何とか疾風の話に持っていこうと考えを巡らせていたとき、召使が静かに部屋に入ってきた。

  「ジェラルド様、クロード・セルヴェストール様がお越しになられています。」

  「クロードが?珍しいな。通してくれ。」

ところが、召使がドアを開け客人を中に招きいれようとしているのに、その人物は中々入ってこようとしない。外から声だけが聞こえる。

  「それを渡してくれればそれでいいのだけど…。」

  「そう仰らず、どうぞお入りください。」

それでも入ろうとしない客人に困った召使は、主人に助けを求めるべく、持っていた木箱をジェラルドの方へ見せた。

  「クロード様から、お土産を頂きました。」

  「土産?」

ジェラルドは立ち上がって迎えにいった。

  「クロード。一体どうしたんだ?君から訪ねてくるなんて。」

ジェラルドの背中の向こうに、相手の姿がちらりと見える。

  「魚を持って来たんだ。」

  「魚を?何でまた…?」

  「この間、釣れたらくれと言っただろう?」

  「あ…ああ、そうだったかな。」

たまたま釣り道具を持ったクロードを見かけ、そう声を掛けたのだった。単なる社交辞令的だったので本人はすっかり忘れていたようだったが、クロードは気分を害する風でもなく、もう用は済んだと、

  「それじゃ、私はこれで。」

と帰ろうとした。すると、ジェラルドがそれを引きとめた。

  「待て待て。折角来たんだ、飲んでいかないか?」

  「いや、私はいいよ。」

  「いいじゃないか!魚の礼だ。」

  「いらないよ。好きで釣っているんだから。」

  「そうつれない事言ってくれるな。かの高名な漆黒の頭脳カレル・シューイン隊長もいらしてるんだ。いい機会だから、顔を覚えて頂いたらどうだ。」

  「漆黒の?どうして、そんな方が?」

  「まあいいから、とにかく入れ。」

ジェラルドに背中を押され、やっとクロードが入ってきた。クロードはまず挨拶をすべき相手を探しているようで、そこにいた面々を見渡した。一回、二回、とカレルの所を視線が通り過ぎていく。どうやらカレルの顔を知らないらしかった。それを察したジェラルドがクロードをカレルに紹介した。

  「シューイン殿。彼はクロード・セルヴェストール。仕官学校時代の同期です。」

カレルが立ち上がって「初めまして。」頭を下げると、クロードは「え!?あなたが!?」と驚き、

  「いや、まさかこんなに可愛らしい方だとは思わなくて。」

と、正直な感想を述べた。

  「クロード、失礼じゃないか!」

ジェラルドはさっとカレルの顔を窺いながらクロードを咎めた。クロードは「そう?」と言う感じで、

  「失礼でしたか?」

とカレルに尋ねてきた。「失礼だ」と思うのはジェラルドの考え。まずは本人に確認して、その上で謝るなり何なりするつもりなのだとカレルは気付いた。カレルは本心からの笑みを浮かべて首を横に振った。

  「いいえ。」

  「良かった。」

クロードは微笑んだ。そのあまりの自然体ぶりに、カレルは思わずクロードをマジマジと見た。それをどう解釈したのか、

  「良かったじゃないだろう!…申し訳ありません。彼は少々世間一般の常識が欠けているものだから。悪い人間ではないのです、どうかご容赦を。」

と、ジェラルドの方が恐縮している。対して、クロードはもうこの件は済んだと、さっさと席に座っている。人間に興味を持って観察し、その性格やエピソードなどを事細かに書き込んだ『人物辞典』なるものを作っているカレルをして、今まで出会ったことのない人種だった。側近の候補とか、疾風再編とか、そういうことは一切忘れて、カレルは俄然興味を持った。



  「まったく君は!いくら世間に疎いといはいえ、これだけ話題になっていたら少しくらい耳に入ってくるだろう?」

漆黒参謀であるカレルが今疾風に来ている事も知らなかったクロードに、ジェラルドが呆れた。

  「魚とばかり会話しているからそんな調子なんだ。」

すると、クロードは小首をかしげ、

  「魚と…というより、自分との会話なんだよ、釣りは。」

と言った。そんなクロードの台詞に、ジェラルドは「でた!」と芝居っ気たっぷりにカレルに目配せしてみせた。他の者達も苦笑している。

  「彼はいつもこんな調子なのですよ。」

  「浮世離れしているというか、まったく困ったもんだ。」

そう言いつつも皆、彼を慕っているようだ。本人はどこ吹く風といった様子で、つまみに出されていたチーズを美味しそうに食べている。

そこへ、召使が新しいシャンパンとグラスを持ってやってきた。

  「クロード様、どうぞお飲み物を…。」

だが、クロードはそれを断った。

  「お酒はいらない。紅茶を。」

カレルはすかさずそれに便乗した。

  「あ、自分も、紅茶をお願いします。」

と。実は酒は好きではないのだ。飲めないことはないが、一度も美味しいと感じたことはない。このことはライマーも知らない。ライマーと二人で酒を飲む時間を失いたくないから。

だが、周囲がそれを許すはずもなかった。

  「そんな、隊長殿。もっと飲んで頂かないと。」

  「まだ夜は長いのですから。」

と、口々に酒を勧める。そこでカレルは言った。

  「実は医者から止められてまして、飲んだのがばれたらまた怒られるので今日はこれくらいに。」

本当は飲みたいのだけど仕方なく…といった風に。

  「医者?どこかお悪いのですか?」

カレルが医者にかかっているらしいという噂は皆知っていたが、敢えて知らないふりをして一人が尋ねてきた。

  「医者が言うには、過労による不整脈だとか。団長の代理で相当無理しすぎたのが祟ったようで。自分が現在アーリグリフ勤務となっているのは城内勤務の医者の治療を受けるためです。」

医者の中でも、城内勤務には腕のいい者しかなれない。翻って、城内勤務の医者にかかるということは、地方の医者では手に負えない病状であるということ。わざわざカルサアから来たとなれば、それは余程の事だ。ただ、金や地位のある者は大した病気でなくても城内勤務の医者にかかりたがる。カレルは見た感じは元気そうに見えるし、漆黒の高官であるので、その類なのだろうと判断したようだ。

  「でもまあ、まだお若いからそう深刻になるほどの事でもないでしょう。」

実は心の病の方が深刻だった。日中は雑事で気が紛れるが、夜になると気分がひどく落ち込み、悪夢にうなされて殆ど眠れない日が続いている。だがそれは言いたくないし、医者にも内密にしてもらっている。カレルは不自然にならないよう気をつけながら、笑顔を作った。

  「ええ、まあ。ゆっくり休む必要はあるけど、寝て過ごす程の事でもないために、こうして『再教育』という名目をつけられて、団長室に座らされているわけです。」

ようやく本題に入ったのか、一同が身を乗り出してきた。

  「絵を描いてらっしゃるとか?」

  「はい。芸術性のなさがアラン隊長のお気に召さなかったようで。アルベル隊長の側近としてふさわしくない、と。」

  「しかし、そういう理由で勤務中に絵など…。」

  「当然、アラン隊長もそうお考えなのですが、アルベル隊長の命令には逆らえないようで。」

  「ノックス団長が、何故そのような?」

するとジェラルドが言った。

  「確か、団長の嫌がらせだと仰っていましたよね?」

カレルはしまったと思った。軽い意味のつもりで『嫌がらせ』と言ってしまったが、人はそうは受け取らない。普段こういう失敗はしないのに、やはり調子が悪いらしい。カレルは急いでフォローを入れた。

  「嫌がらせといっても冗談の範疇です。女装させたことへの仕返しというか、アラン隊長に楯突いたことへの罰というか。何より、自分の描いた絵を見て笑うのが楽しみなようで。」

カレルの絵を見たことのあるジェラルドは笑いながら頷いた。

  「漆黒の刑罰は少々変わってまして、重罪に対する処罰は『懲罰』が受け持ちますが、それ以外の軽微なものに対しては、その班の采配で、いかに上手に遊び心を入れられるかが重要なのです。」

  「処罰に遊び心とは…。」

これは当然の反応だ。普通なら考えられないことなのだ。

  「ただし、『こんな処罰を受けるくらいなら、もう二度と失敗を繰り返さない』と心底思わせるものでないといけません。自分の場合で言うと、それが絵でして。絵は自分にとって苦行そのもので、体力的には楽ですが、精神的には非常に苦痛です。しかもそれで毎日アラン隊長に怒られるわけですから。」

  「確かに…。」

カレルが叱責されている現場を目撃したことのある者が、気の毒そうな表情で頷いた。

  「勤務は午前中のみで、しかも業務内容が『お絵かき』ですので、給付金は当然大幅に減額され、しかも全て治療費や薬代にあてられることになってますので、今自分は無収入の状態です。」

それは厳しい、と同情の声が上がる。そして、カレルの説明に、

  「成る程、そういう事情だったのですか。」

と、どうやら納得したようだ。カレルはここから、目的の方向に話を持っていった。

  「甘すぎては乱れる、しかし厳しすぎては萎縮する。兵士の士気にかかわりますので、刑罰には緩急をつけるべきだというのが自分の考えです。ところが、アラン隊長は完璧主義ですから、一切容赦がなくて…。」

そう上手く話を誘導してやると、そこから一気に愚痴がこぼれてきた。酒によって気が緩み、普段抑えていたアランへの不満が噴出する。

  「団長は少々冷たすぎる。」

  「私の知り合いは一度ミスをしただけで、異動になったそうだ。」

  「人をチェスの駒としか思ってないんだ。」

カレルは更に話を引き出すように上手く調子を合わせた。

ただ、一人、クロードだけはそれに乗らなかった。皆が口々に批判をあげる中、一人別世界にいるかのようにゆっくりと紅茶を楽しんでいたが、カレルがさりげなく発言を促すと、一言だけ、

  「赤ん坊のような方ですからね。」

と言った。

  「赤ん坊?あの団長が?そんなわけないだろう。」

  「全く君はどういう感性をしているんだか、いつも以上に理解できないよ。」

周囲の者達は即座にそれを否定したが、カレルは目を光らせた。

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■あとがき
ジェラルド・ブロムヴェルトさんは、カレルの絵を見て、涙を流して笑った人ですv