小説☆アラアル編---喪失感

アーリグリフ城の会議室に王と三軍の長が集まった。

  「アリアス復興?」

アルベルがテーブルに肘を付きながら、やる気なさそうに聞き返した。

  「そうだ。そのためには人員がいる。アーリグリフからも人員を派遣することになった。」

  「あの街は、我が軍が壊して散らかしていったのじゃからな。その後始末じゃ。」

  「フン。人員といったって、派遣するのは兵士だろうが。暴動でも起きるんじゃねえのか?」

  「…確かに向こうの住民あまり良い感情はもっておらんじゃろうな。」

  「『あまり』どころじゃねえだろうが。下手すりゃ、また戦争だ。」

アルベルの鋭い指摘に一同が黙る。

  「しかし、アーリグリフの一般国民は、まだ自分達の生活だけで精一杯なのだ。それを行かせるわけにはいかぬ。」

  「…アランを行かせるというのはどうですかな?」

ウォルターの提案に、アルベルが肘を外して頭を上げた。

  「私を?」

それまでずっと黙っていたアランが口を開いた。

  「さよう。休戦協定後に新しく就任したアランならば、それほど住民の感情を逆なですることもないじゃろう。なにより若くて美男となればの。」

  「成る程、そうだな。アラン、行ってくれるか。」

  「…はい。」

  (ということは、しばらくアルベル様と離れることになるのか…。)

アランはちらりとアルベルに視線を移して返事をした。アルベルは苦々しげにウォルターを睨みつけていた。



数日後、アランは兵士を引き連れ、アリアスへと出発した。






帰っても誰もいない家。

しーんという音が聞こえる。

アランが家中を整理整頓してしまっているため、自分の服を探すのにも一苦労だった。色々と探し回った結果、引き出しの中はぐちゃぐちゃになり、ますます何が入っているのかわからなくなった。そして、片付ける人間がいなくなった途端、部屋は荒れ放題になった。散らかっているのは嫌いだが、片付けるのはもっと嫌いなのだ。アルベルは床に落ちていた自分の靴を壁際まで蹴っ飛ばした。

食事も自分でしなければならない。

  (あいつがいねえと不便だ。)

アルベルは溜息をついた。

これまではこれが当たり前だった。誰にも頼らず、全てひとりきりでやってきた。そしてその方が気が楽だった。

だが、アランがここに来てから、それが一変した。

アランが自分の生活の中に無理やり入りこんできた当初は、鬱陶しいとしか思っていなかったのが、だんだんそれに慣れ、やがて必要な存在となっていった。永遠の別れでもあるまいしと思いつつ、その喪失感はどうしようもなかった。

  (腹が減った…。)

だが、何かを作るのも外に食べに出るの面倒で、 しばらく椅子に座ってぼんやりとしていたが、溜息をつきながら立ちあがって服を脱ぎ散らかし、裸でベッドに潜り込んだ。

ヒンヤリとしたシーツの感触。

アランとの情事の後、火照った体を冷やしてくれるその感触は心地良いものだったが、今はその冷たさが嫌だった。

自分の肌に手を滑らせてみるが、なんの感情もわかない。アランに触れられた時は、体中に電流が流れるような衝撃が走るのに、まったく何も感じない。

中心に手を伸ばして握りこむ。目をつぶって、アランの手の感触を思い出しながら上下に手を動かす。アランの舌と唇の感触。吹きかかる熱い吐息。熱に浮されたように自分の名を呼ぶ透き通った声。

―――ああ、アルベル様!愛しい人!

  「ぁっ!くっ!!」

だが、精を放出させた途端、言いようの無いむなしさがアルベルを襲った。

しばらく自分の出したもので汚れた手をじっと見ていたが、それをシーツになすり付けるようにしてふき取ると、ごろりと寝返りをうち、目をつぶった。







******

アランが、そっと自分が寝ているのを確認してベッドからでていく。

アルベルは起き ていたのだが、どうしても体が動かなかった。

すると、すうっと意識だけがアランについていった。

廊下に出ると扉から光が漏れている部屋があった。そこへアランが入っていく。その後を追って扉に近づくと、中からアランと女のくすくすという笑い声が聞こえてきた。

それを聞いた途端、アルベルは胸に物凄い衝撃を受けた。見ると胸にぽっかりと穴があいてしまっている。

―――心臓がない!

アルベルは慌てて心臓を捜した。早く心臓を見つけなければならないのに、どうしても扉から目を離す事が出来ず、焦りながら手探りで探した。

激しくドクドクと何処かで動いているのがわかるのに見つからないのだ。

扉の隙間から、笑い声が相変わらず聞こえてくる。

自分がこんなに苦しんでるのに、アランは気付いてくれない。しかし、助けを求めようにも、あの扉にはどうしても怖くて近づけないのだ。

―――ああ、くそッ!何処にいきやがった!

と叫んだところで、はっと目を覚ました。ドクドクと動悸がし、嫌な汗をかいていた。

ぱっと隣を見やるが、当然そこにはアランはいない。

アルベルは長く息を吐いて気持ちを鎮めた。

それから転々と寝返りをうち、結局朝まで眠れなかった。

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■あとがき■
アルベルの見る夢が、父の夢からアランの夢へと変わっています。