小説☆アラアル編---救い(4)

カレルと別れてから、ロイ達は全員走って遺跡の出口へと向かい、幸いにも魔物に出会うことは無く、無事戻る事が出来た。息をきらせながら戻ってみると、そこに部下を従えたアランの姿があった。アランはアルベル達を見送ってから、ずっとその場に居たらしい。

  (アラン様…。)

クレアは、縋るようにアランを見つめたが、アランの視線はクレアをスッと通り過ぎ、一同を見渡す内に、厳しい色が刺した。

  「アルベル様は!?」

いつもは優しいアランの口調も氷の刃のように鋭く尖る。

  「隊長は…。」

ロイが涙を堪えて目を伏せると、アランは全身を総毛立たせ、次の瞬間に遺跡へと走り出そうとした。それを咄嗟にロイが押し留めた。アランの部下も慌ててそれを手伝う。

  「放しなさい!!」

  「いけません!」

2人がかりで留めようとするのを押しのけ、アランは必死に前に進もうとしている。クレア達はアランの取り乱し様を、ただただ呆然と見守っている。

  「放せッ!!殺されたいのですか!?」

  「隊長!落ち着いて下さい!!」

  「中にアルベル様が残っていらっしゃるのに、落ち着いてなど…!!」

  「アルベル隊長は我々を庇って、ドラゴンの息吹にのまれたのです!あれをまともに浴びてしまっては…!」

  「嘘ですッ!!そんな事、信じられるはずが…!!」

  「炎の中には、もう人影すらなく、必死で呼びかけましたが…。」

  「嘘だ!!何かの間違いに決まってる!!…行かなくては!!きっと私が来るのを待っていらっしゃるはずです!!どきなさいッ!!どけと言っているのにッ!!」

ロイがアランに抱きつくようにして行かせまいとしながら叫んだ。

  「俺だって信じたくないんですッ!!だけどッ!!」

もう助ける事はできないのだとロイは言った。

それが余程の衝撃だったのだろう、アランの体から急に力が抜け、崩れ落ちそうになったのを、部下が支えた。

  「どうして!?こうなる事がわかっていて、どうしてこんな所に行かせてしまったのだ!!」

肩を震わせながらの悲痛な叫びに、その場に居る誰もが打ちひしがれた。その時、

  「何を騒いでいる?」

その声に、皆がハッと顔を上げた。

  「アルベル様!!」「アルベル隊長!!」

アルベルの後ろで、カレルがニヤッと笑っている。

アランはロイ達を振りほどくと、アルベルの元へ駆けつけた。

  「ご無事で!ご無事で良かった…!!」

一同は、アルベルの無事の帰還を喜ぶより、アランの言動に言葉を失っていた。

カレルはその場の異様な雰囲気にすぐ気付いたが、アルベルは今にも自分を抱きしめに来そうな勢いのアランから慌てて離れ、アランを目で制することに気を取られて、それに気付く余裕はなかった。

  「親への宣告は俺がする。その間にお前はこいつらを連れて先に行け。」

アルベルがアランから離れながら命令を下すと、アランもやっと自分を取り戻し、いつも通りのアランに戻った。

  「その役は私が。」

  「いい。お前は先に帰ってろ。」

アルベルはアランを露骨に避けるようにしながら出口へ向かった。

それがわかったアランは、少し悲しそうな目でアルベルを見送っていたが、すぐ気を持ち直して命令に従った。




アルベルが先頭に立つと、クレアがタッとアルベルの横に並んだ。

  「宣告は私が致します。」

アルベルはそんなクレアを、目だけでちらりと見下ろし、ふんと鼻を鳴らした。

  「好きにしろ。」




外に出ると、目を血走らせて親が待ち構えていた。

  「子供達は!?何故一緒じゃないのですか!?」

それに対して、クレアは深々と頭を下げた。

  「申し訳ありません。子供達を救うことはできませんでした。」

  「ええッ!!?」

  「本当に何と言っていいのか…。」

クレアが言いよどむと、アルベルが口を出した。

  「着いた時にはみんなやられてしまってたんだよ。」

その瞬間、わっと泣き声のような唸り声のような叫びが起こった。そして、非難は一斉に二人に集中した。

  「そんな!あなたは大丈夫だとおっしゃったじゃありませんか!!」

それを言ったのはアルベルではなかったのだが、何も言えずにいるクレアに変わって、アルベルがそれに答えた。

  「死んじまってんのは助けようがねえだろうが、阿呆。死体も殆ど残ってなかった。これで諦めろ。」

アルベルが家族の前に袋をポンと投げた。それは子供達の遺品。そして遺骨。

  「こッ、これはッ!!」

中からこぼれ出したものを家族達が手に取り、すがり付いて泣き始めた。

  「あの世で幸せにしてるんだと思え。」

そう言ったアルベルの横顔に、クレアは胸を突かれた。しかし、そんなアルベルの言葉は、悲しみのどん底にいる親達には届かなかったようだ。

アルベルは黙って踵を返すと、すたすたと去っていった。

クレアは、そんなアルベルの背中を見て、居てもたっても居られなくなり、アルベルを走って追いかけた。

アルベルが非難される筋合いはないのに、それに言い訳も否定もせず、親達のやり場のない気持ちを真正面から受けとめたのだ。

  「待ってください!」

クレアが呼びかけると、アルベルが肩越しに振りかえった。

  「ごめんなさい。私、あなたの力を当てにして、自分では何にも出来ないくせに軽はずみな事を言ってしまいました。それなのに、あなたを罵ったりして本当に…」

クレアの謝罪を聞くうちに、アルベルの表情がみるみる険しくなった。そして、

  「黙れ!貴様のそういう態度にはいい加減うんざりだ!てめえの気が済むから、そう言ってるだけだろうが!」

  「そんなこと…!」

  「許されれば気が楽になるからな。親どもを励ましたのだって、自分がそれを見ていたくなかったからというだけだろうが!単なる気休めで人を慰めた気になってんじゃねぇ!残酷な事実が、かえって救いになることだってあるんだ!!」

アルベルの言葉がぐっさりと突き刺さった。

  「現実から目をそらして、信じるだの希望だの、綺麗ごとばかり並べ立てやがって!貴様がやってる事はな、単なる自己満足…」

クレアの目に涙が浮かんだのを見て、アルベルは更に言い募ろうとしていた事を飲み込みんだ。そして、

  「チッ!」

と自分自身に舌打ちすると踵を返して歩き去った。




クレアは走った。必死で涙を堪えて、自分の部屋に駆け込んだ。

そして、ドアを閉めたと同時に、涙がこぼれ、クレアはドアを背にして泣き崩れた。

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