明かりを一つだけともした薄暗い寝室のベッドに、アルベルとアランは向かい合って座った。
死を覚悟するほど恋焦がれた人が今、自分の目の前にいる。
自分を正面からじっと見据える赤い瞳。
動悸で心臓が張り裂けてしまいそうだ。
その恐怖に近い程の緊張に逃げ出したくなるのをぐっと堪え、そろそろと震える手をアルベルの頬にのばしていった。
(震えていやがる。)
アルベルは自分の頬に触れようとしている、白くて細長い指が細かく震えているのに気がついた。
自分より年下だとは思えない落ち着き、また自分をエスコートしてベッドに座らせる卒のなさから、かなりの場数を踏んでいるであろうことは感じられた。その様子から余裕のようなものを感じていたので、かなりの不安と居心地の悪さを感じている自分としては面白くなかったのだが、ほんの少しだけ安心した。
黒い髪に紫色の瞳。スラリと背が高く、その気品ある美しい顔立ちや立ち居振舞いから、女たちが放っておくはずはなかった。
それがなぜ、自分を求めてくるのか、アルベルには全く理解できなかった。
最初はなにかの悪い冗談だろうと思っていたが、ここまでくるとさすがに本気なのだと思わざるを得なかった。「俺に勝ったら、てめえの望み通り、俺をくれてやる。」と言ってしまっている以上、今更逃げ出すわけにはいかなかった。
自分をまっすぐに見詰めてくる熱っぽい瞳にやや圧倒され、ふと目をそらしてしまった。
アランがおずおずと振るえる指でアルベルの顎に触れると、アルベルはギクリと体をこわばらせた。
すると、もう片方の手がさらに添えられ、その大きな手で両頬を包み込まれた。ゆっくりと上に向かされ、はっと視線をアランの方に戻そうとした時には、その唇が自分の唇に押し当てられていた。
アランは唇をなぞってみたり、下唇にちゅっと吸いついてみたりしたが、アルベルはしっかりと口をつむって、侵入を許さない。口を離してみると、アルベルと目が合った。その目には緊張の色が浮かんでいる。
「目をつぶって下さい。」
と言ってみたが、アルベルはばつが悪そうにふいと横を向いて、落ち着かない様子だった。
そこでアランは、ハンカチを取り出すと、細めに折りたたんだ。そしてそれを、何事かと見ているアルベルの目に押し当ようとすると、
「何だ!?」
と避けてきたので、
「こうして目をつぶって、他のことでも考えていてください。」
といってアルベルに巻きつけ目隠しをした。視覚を遮断する事で、男に愛撫されている事を忘れさせ、全ての感覚を触覚のみに集中させるねらいがあった。
アランは、アルベルの肩をつかんでゆっくりとベッドに寝かせた。
♂
アルベルはやや顔を背けている。そっと胸に手を置くと、ビクリと反応した。手のひらから、ドクッドクッっと激しい動悸が伝わってきた。
アランはアルベルに覆い被さると、唇にちゅっとキスをし、やんわりと耳朶を咥えた。ビクッと肩を竦めてきたので、そこから頬に唇を移し、顎先へ。喉に顔を埋めるとアルベルはのけぞり、その白さをアランの目の前にさらした。
アランは夢中でそのまっさらな処女地を蹂躙し、存分に貪っていった。
予想していた通り、アルベルの体は非常に敏感で、アランの愛撫に素直に反応してきた。
鎖骨から胸に下りていき、そのピンク色の突起に吸いつくと、
「ッん!!」
と鼻を鳴らした。吸いつきながら舌で転がす。
「はあッ…」
アルベルの口から甘い溜息がこぼれだす。その声にアランは理性が吹っ飛びそうになるが、ぐっと唇をかみ締めてこらえた。こんなことがないように、事前に何度か自分で抜いておいたのだが、全然足りなかったようだ。
深呼吸をして気分をおちつけた。
ゆっくりと手のひらで胸全体を刺激し、わき腹から腰をつかむように手を滑らせていく。その肌のなめらかさに、アランはうっとりとしながら撫でまわした。
そして、緊張しながら腰に巻いていた布をゆっくり解き、下着をするりと脱がせると、半ば立ちあがりかけた薔薇色のアルベル自身があらわになった。
その途端、アルベルが息を吸いこむ音が聞こえた。見るとアルベルは恥ずかしそうに顔を横に背けている。
その様子が可愛くて、アランはうっとりと微笑んだ。
腰に手を這わせながら、臍に顔を埋め、そこから、下へ顔をずらしていった。そして、アルベル自身にそっと唇で触れると、まるでビックリしたかのようにぐっと立ちあがってきた。
「なッ!?」
アルベル本人も体を起こそうとしてきたので、アランは慌てて、それをやさしく押しとどめた。
「嫌でしたか?すみません。」
と頬を撫でながら、またベッドに寝かせる。
そうしながら、アルベルの下股を確認すると、それはもうしっかりと立ちあがっていた。アランは思わず舌なめずりをした。むしゃぶりつきたくて堪らないのをぐっと我慢した。この行為を一方的なもので終わらせたくなかったからだ。
約束のためとはいえ、こうして好きでもなんでも無い、しかも男に体を開くなど、どれほどの屈辱だろうか。そんなアルベルの心情を無視して、この劣情を思うままぶつけてしまえば、アルベルの心は深く傷つくだろう。そうなったら、もう心を受け入れてはもらえない。なんとしても体だけの関係で終わるのは避けたかった。
だから、徐々にアルベル自身がそれを望むように仕向けていく事が大切だった。そしてお互いが望んだ結果として、この快感を共有し、この夜のことを素晴らしく、忘れられないものとしてアルベルの記憶に刻み込みたかった。
今はまだ、そこに触れられる事を受け入れられないようなので、そこを避けて、太ももに手を這わせ、膝から中心に向かってなで上げた。そして胸から中心に向かってなでおろす。すーっと中心に向かって手を進め、そこをわざと意識させながらも、触れる寸前で手を止める。焦らすようにその周囲を愛撫する。
だんだん、中心に触れて欲しくなるように…。
手や唇が中心に近づくたび、アルベルは声を殺してたまらなげに首を振る。アルベルの先端から透明な液が滴り、妖艶に光っている。アルベルの片足をそっとたてさせ、愛撫を続けながら、アルベルの裸体をじっくりと鑑賞した。
―――ああ、なんて美しいんだろう!
アランは感嘆の溜息をつき、感極まってその白い膝にキスをした。膝から付け根へ向かって太ももにゆっくりと手を這わせていき足の付け根までくると、今度は手を止めずに、するりと中心に触れ、先端までなで上げた。
「ッくッ!!」
アルベルはビクッとしたかと思うと、ぐっとシーツをつかんでこらえた。すると、先端からとろりと透明な雫がさらに溢れ出してきた。アランは、身をひねって逃げ出そうとしたアルベルを背中から抱きすくめ、自分も横になった。アルベルが落ち着くのを待って、アランはアルベルの手を取ってアルベルの中心に導き、その上から自分の手を置いた。
「自分でしていると思ってください。」
と耳元で囁き、アルベルの耳を舐めながら、アルベルの手の隙間から刺激し始めた。
「ッうぅ…。」
アルベルはたまらなくなって、アランの手を防ごうとするが、アランの手はその防御をかいくぐって執拗にまとわりつき、触れるか触れないかの刺激を加えつづけた。やがて指先にビクッビクッと伝わってきた事で、そろそろ限界が近いことを感じたアランは、アルベルの手の上からしっかりと握りこむと、隙間から顔を出している先端を、指先でぬるぬると円を描くように刺激した。
「ん、んッ…くッッ!!」
何度かこすっただけで、あっさりとアルベルは果ててしまった。身を縮めてビクビクとしている体をしっかりと抱きしめた。
やがてぐったりとしたアルベルの体をそっと仰向けにさせて覆い被さると、その唇に口付けた。唇を吸い、そっと舌を入れてみる。今度は容易に侵入を許した。その唇を存分に味わう。
やがてアルベルの舌をゆっくり舐めながら、アランは自分の足をアルベルの脚の間に割り入れるようにして体を密着させると、その刺激でアルベルは、やや体をそらせた。太ももに当たっている感触から、もうすでにアルベルが次の絶頂へ向かっての準備ができてしまっているのがわかった。
自分のどうしようもないくらい張り詰めたものも、アルベルの腹にぴったりと押し当てられている。体をずらして、それをアルベルのものと擦りつけてみたが、それによって萎える気配はなく、それどころか、その摩擦刺激によりさらに固さを増してきた。アランはアルベルの腰をしっかりと抱きしめ、お互いの態勢を横向きにさせた。そして口付けをしながら、アルベルのものを握りこみ、やわやわと刺激しはじめた。キスで息が弾んでいるところに、じわじわと快感が襲いかかり、アルベルの吐息に小さく声が混ざりはじめた。
「ッはッ…うッくッ…ぁぁ…はぁッ…んぁッ…!!」
アランはギリギリまでアルベルを追い詰めると、急に手を離した。
「ッ!」
アランはアルベルの腰を引き寄せて、ぐっとそこを密着させ、アルベルの髪に口付けしながら衝動が収まるのを待った。
そしてまたゆっくりと刺激を加えていき…。
そうやって何度も何度も寸前で止め、じっとアルベルが自ら快感を求めてくる瞬間を待った。アルベルは絶頂が近づくたび、切なげに喘ぎ、思わず手をやろうとするが、アランがそれを阻むように、それをお互いの体の間に挟み込んでしまうため、自分で触れる事すらできない。
そして何度目かの絶頂寸前で、アランが腰を密着させようとしたとき、
「ああッ!も、もうッ!!!」
アルベルがもう我慢できないといった様子で、自らアランに腰をこすり付けてきた。お互いの体に挟まれて、お互いの先端から溢れるものでぬるぬると刺激される。アランはアルベルの双丘をつかむようにしてしっかりと押しつけながらそれを手伝い、刺激をより大きなものにした。
その動きはやがてアルベルがついていけないほどのものとなり、アルベルは押し寄せてくる怒涛のような快感に怯んで動きが止まってしまったが、アランはさらに手をそえて容赦無くアルベルをその快感の先へと追いたてた。
「ぁあッ!まッ、待…てッ!!!」
アルベルはあまりの快感にどうにかなってしまいそうになり、思わず制止を求めたが、それにも関わらず、さらに激しく責め立てられ、アルベルの頭の中はもう真っ白になった。
「ッああぁッ!!」
とアランの目の前で悦びの声を上げ、アルベルが大きくのけぞった。ビクンビクンという振動とともに熱い精が打ち出されているのを感じた。そしてそれがアラン自身にトロリとかかり、
(アルベル様の…。)
と思った瞬間、一気に感情が爆発し、堪えるまもなく強制的に射精を促された。
「はあッ、はあッ、はあッ…」
アランは荒い息をつき、しばらくその態勢のまま、しびれるような余韻に浸っていたが、やがて起き上がって、2人分の精を丁寧にふき取った。♂
ふと、アルベルがあまりに大人しいので、目隠しを外してみると、なんとアルベルは気を失っていた。
「アルベル様!!」
慌ててアルベルの肩を揺すると、
「ん…」
と目を開けてきた。アランは心底ほっとした。
「ああ、よかった…。」
目の前で安堵するアランを見て、アルベルは自分が気を失っていた事に気付いた。頭がぼんやりとして、体が猛烈にだるい。
「アルベル様、身を清めにいきましょう。」
「…いい。だるい。動きたくねえ」
アランは夜着をさっと身につけると、アルベルをシーツでくるんで横抱きに抱え上げた。
「なっ!ちょっ、何をするっ!!」
「アルベル様はじっとされてて下さい。全て私がいたしますから。風呂はどこですか?」
そのまま、すたすたと扉へ向かう。
「いいって言ってんだろうが!この野郎っ、おろせっ!!」
「でも、私の唾液もあなたの体中に…。」
その言葉に、アルベルはアランの舌が体を這い回る感触を思い出して、カアッと赤面し、手でアランの口を塞ぐ。
「黙れッ!!わかった、わかったからおろせっ!!」
ばたばたと暴れるので、仕方なくアルベルをおろした。
「ちっ、行きゃあいいんだろが!!」
アルベルはアランの腕を振り解いて、シーツを体に巻き、憤慨した歩調でずんずんと歩いていく。その後姿に微笑を送りながら、アランも付いていった。
恥ずかしがって暴れるアルベルをなだめながら丹念に洗い上げ、整えなおしたベッドに2人身を横たえた。
アルベルは頭からシーツを被って、アランに背を向けている。
アランはその背中を見つめながら、込み上げてくる幸福感につつまれた。あれほど恋焦がれ、絶対に手に入れることは無理だと諦めていたアルベルが自分のものになってくれたのだ。うれしくてうれしくて堪らなかった。
男同士の行為など、嫌悪され拒絶されて当然で、アランはそれを覚悟していた。だが予想に反し、アルベルはアランの愛撫に気をやってしまうほど感じてしまったようだった。この調子なら、今後もかなり期待できそうだった。うきうきとよからぬ計画をあれこれ思い浮かべていて、ふと思った。もし自分だったら、男が触れてきても体自体が拒絶反応を起こしてしまうにちがいなかった。目隠しをしてはいたが、故意にはっきりと自分の男性器を意識させたのだが、アルベルはそうならなかった。
(ひょっとして同性を好むのだろうか?)
しかし、これまでのアルベルの様子に、それは無いと否定する。でも少なくとも体は受け入れてもらえたのだ。
(とにかく明日からの新婚!生活はどうしていこう?これまでアルベル様はどういう生活を送ってきたのだろうか?好きな食べ物はなんだろう?)
わくわくとそんなことを考えているうち、眠りに落ちた。
アルベルも健康な男として全く性欲がなかったわけではないが、あまり男女の性的な快楽には興味を示さず、その代りに戦いの中でそれに似た興奮を得ていた。戦いが拮抗すればするほどゾクゾクし、最終的にその相手を倒すことで勝利の快感に打ち震えた。
命をかけた激しい戦闘中には、実際に勃起してしまうことさえあった。そのときは自分の手でさっさと処理してしまい、それで済ませていた。
その行為はアルベルにとって、楽しんだり没頭したりするものではなく、ただ溜まったものを排出させるための行為でしかなかった。
自分がこの歳になっても女を抱いたことがないことに、別に引け目を感じたことは無かったし、またこの世の中に、戦闘で得られる快感以上のものは無いと思っていた。
…今日までは。
そう言えば、父の死後、漆黒に入った時、当時の漆黒団長に精液を引っ掛けられたことがあった。
「グラオ様の息子だからといって、いい気になってんじゃねえよ。てめえの立場ってもんを思い知らせてやる。」
部下達がアルベルを羽交い締めにして跪かせ、そして団長がアルベルの目の前で醜く黒光りする一物を扱き、その臭い精液をアルベルの顔にぶちまけたのだ。もちろんそいつらは半殺しの目にあわせ、二度と女を抱けない体にしてやった。そして、それによって空席になった団長の座に自分がついたのだった。
その時はその雄の臭いに、激しい吐き気にみまわれ、その後皮膚が赤くなるまで顔をこすり、必死に洗い落とした。洗っても洗っても落ちていない気がして何度も洗った。
それから変な薬を飲まされて、犯られそうになったこともある。あの時は薬のせいで体がおかしかったが、触られたとき、気持ち良いどころか、身の毛のよだつような不快感に襲われた。
今回もそうなるだろうと思っていたのだったが、アランに対してはそういう嫌悪感は沸き起こらなかった。目隠しをされていたとは言え、自分に押し当てられているアランの昂ぶりの熱さは、はっきりと認識していた。すり合わされるのが気持ち良いとさえ思った。
(その容姿のせいか?)
アランのその白皙の美貌は評判だった。女は当然その美しさを絶賛し、それを面白くないと思っている男達も、それは認めざるを得なかった。中にはアランに熱い視線を送る男までいた。
アルベルもアランを綺麗な顔立ちだとは思っていた。別に好きとかそういう意味ではなく、客観的に見て、だ。
これまで自分でさえじっくり触ったことの無かった所まですみずみと、アランによって触れられなぶられていった。それに自分は反応するだけならまだしも、アランの愛撫によがり、さらに強い刺激が与えられるのをすがるように待ち望み、その挙句、我慢が切れて自分からなりふり構わず快感を貪るという痴態までも晒してしまったのだ。
(思い出すだけでも恥ずかしい!)
雄の支配に悦ぶ雌のような自分がいるとは思っても見なかった。そんな自分を叩き殺してやりたい。アランにはその全てを見られてしまった。大きな弱みを握られたように感じた。
(もしアランがそれを笠に着てくるような真似をするなら、即刻その首を切り落としてやる。)
と内心息巻いてはみたが、生まれて初めて味わったこの衝撃的な快感は、到底忘れられそうも無く…。
はっと慌てて頭を振って、その思考を振り払い、ガバッとシーツを被って強引に眠りに入ろうとしていった。