小説☆アラアル編---宴の夜に(1)

  「ロイ・ブライトン!俺はお前を許さねぇ!」

ロイの友人の一人がロイを指差してそう言うと、残りの連中が一斉に拳を突き出し、

  「そーだ!この裏切り者ぉ!」

と口をそろえた。ロイは照れ笑いをし、その隣で花嫁姿のユーリィが笑い転げている。

  「先輩の俺達を差し置いて、一番若いお前が一番に結婚するとは、一体どういう了見だ!」

今度はロイの先輩だ。順番に言うことを決めているらしい。

  「そーだ!羨ましいぞ、この野郎ォ!」

野次もちゃんと揃っている。

  「純朴そうな振りしやがって!安心してたら騙されたーッ!」

  「そーだッ!ついこの間まで童貞だったくせに生意気だーッ!」

  「今夜は役にたたねぇようにいぢめ抜いてやるから、覚悟しろ!」

  「いよっしゃーッ!今日は自棄酒だーッ!ロイを肴にとことん飲むぞーッ!」

ここで一気にウオーッ!っと場が盛り上がって、一斉に祝杯を挙げた。

今日、ロイとユーリィは目出度く結婚式した。二人は交際を始めてからたった数ヶ月でのスピード結婚だった。二人は出会ったばかりで、まるで昔からの親友のように打ち解け、お互いの家族ともすっかり意気投合。出会うべくして出会い、そして結婚もなるべくしてなったという感じだった。

二人を祝福する為に、漆黒の兵士たちとシーハーツの兵士たちが、カルサアの近くにあるロイの故郷の村に集まり、賑やかに祝杯を交わしている。兵士といっても、今日は皆装備を外し、略式の礼装といういでたちだ。こうしてみると、アーリグリフもシーハーツも全く変わらない。

最初は漆黒と聞いただけで、シーハーツの、特に女達はたじろいだ。黒ずくめの鎧を纏った、柄の悪い凶暴な男達。そんな男達と酒を飲むなど、何をされるかわからない、と。だが、実際来てみると想像とはかけ離れた男たちのお馬鹿全開ノリの良さにすっかり打ち解けてしまっている。

クレアはその様子を微笑ましく眺め、その隣でネルがため息をついた。

  「全く、あいつらの馬鹿がうつるんじゃないか心配だよ。」

部下達が、漆黒の妙ちきりんな酒音頭を真似しているのだ。

  「ふふ。でも、とても楽しそう。」

ロイとユーリィの幸せそうな笑顔。その家族、そして仲間たちの笑顔、笑顔、笑顔。実にいい結婚だ。



と、漆黒の男たちが急に杯を掲げ、一際大きな歓声を上げた。クレアが何事かと振り返ると、アルベルが宴に入ってきた。アルベルも今日は私服だ。その後ろにはカレルと、酒樽を抱えている部下数人。アルベルは部下の歓声にニコリともせず、不機嫌にも見える表情で歩み進んだ。それを笑顔で迎え入れる漆黒の兵士達に対して、シーハーツの者達は少々おびえているようだ。クレアはそれを見て、全くこの場の雰囲気にそぐわない、愛想笑いくらいすればいいのにと思った矢先、アルベルが皆を見渡し、ふっと微かに笑った。その表情の思わぬ優しさに、クレアはドキッとした。

  「酒を持ってきてやった。好きに飲め。」

  「いやっほーう!」

  「こりゃすげぇッ!極上もんだッ!」

  「さっすが大将!太っ腹ーッ!」

アルベルは拍手喝采を受けながら、ロイの前にどかっと座った。ロイは緊張した面持ちで居ずまいを正した。そして、アルベルが差し出した杯に酒を注ぐ。アルベルはそれを一気に乾すと、杯をロイに渡し、酒瓶を取上げた。ロイはアルベルの酌を恭しく受け、杯を返した。

  「夫婦、末永く健やかにあれ。」

アルベルの短くぶっきらぼうながらも、心のこもった祝辞に、ロイが感激して涙ぐんだ。

クレアはその光景を見て、何故こんな態度も口も悪い男が部下から慕われるのか、ちょっとだけわかった気がした。

  「ユーリィちゃんを泣かすんじゃねぇぞ!」

  「立派に尻に敷かれてやれよ!」

  「ユーリィ、お幸せにー!」

祝福の言葉が次々と飛び交う。アルベルとカレルが上座につくと、アルベルが持ってきた酒が回され、宴は益々盛り上がった。



まず、アルベルが酔いつぶれた。ロイの親戚一同が入れ代わり立ち代りやってきては酒を注いだのだ。カレルはアルベルの横で、「この人、あんま飲めないんで。そんなに飲まさんでくださいよ。」と止めたのだが、このめでたい席で「一口だけ!一口だけならいいでしょう!」と勧められれば、アルベルもそれに口をつけないわけにもいかず、一口一口が積もり積もってとうとうダウン。

カレルがアルベルに肩を貸して立たせようとするのをライマーが手伝い、そのままどこかへ連れて行った。それを見ていたネルが杯を乾し、ふーっと満足の息をついて、

  「そういや、アイツ下戸だったっけ。」

と、クレアに教えた。

  「え?そうなの?」

意外な事実にクレアは驚いた。

  「そ。しかもアイツ、甘党なんだよ。ふふふっ、普段えらそーにでかい態度とってる奴が、実は酒よりジュースだってさ。なんだか子供っぽくて笑えるよ。」

ネルがくすくす笑い出した。彼女は笑い上戸なのだ。

  「あなたもそろそろジュースにしておいた方がいいわね。」

クレアが空になったネルの杯に、酒ではなくジュースを注いでやると、ネルは肩をすくめた。

  「はいはい。けど、あんたはもうちょっと飲んだ方がいいんじゃないかい?」

ネルは酒瓶を取り上げて酒を勧めたが、クレアは横に首を振った。クレアの大人しい雰囲気から、周囲の人間はクレアに酒を勧めるのを遠慮し、また彼女自身もあまり飲もうとはしないのだが、実は、周囲に酒豪と言わしめるネルよりも強い。クレアが酒を飲まないのは、嫌いだからではく、酔って自分を保てなくなるのを恐れるからである。

と、ネルが火照った頬に手を当て、

  「ふー。ちょっと水をもらって来るよ。」

と、席を立った。すぐ戻ってくるかと思ったら、途中タイネーブたちに捕まってしまった。ネルがいなくなると、途端に人がひいていく。実際は、クレアとお話したい男は山程いるのだが、彼女の持つ雰囲気が軽々しく近づくのを許さない。例え、近づいて話しかけたとしても、クレアの賢しげな瞳に見つめられると、男の方が気後れしてしまい、尻尾を巻いて早々に退散してしまうのだ。ネルのように気さくに話ができればいいのだが、クレアはついクリムゾンブレイドとしての立場を考え、失礼があってはならない、不用意なことを言ってはならないと、相手から距離を置いてしまう。それが、よそよそしい態度と取られ、影ではお高くとまっていると言われる。

  (みんな、楽しそう…。)

クレアは賑やかな宴会の席で、ぽつりと取り残された。もうお腹は一杯だし、酒は飲まないし、話し相手はいない。何もすることがない。皆、自分たちの会話に夢中で、そんなクレアに誰も気付かない。別に、輪の中に入っていけないわけではない。本当はクレアもみんなのように酔ってはしゃぎたい。

  (だけど…。)

クレアはひざの上にきちんと重ねられた自分の手を見下ろした。

と、クレアに誰かがぶつかった。

  「うわッと!す、すいません!」

漆黒の男が慌てて謝った。酔った仲間を抱えていてよろめいたらしい。クレアは「気にしないで。」と、それを見送った。どこか別室に連れて行っているようだ。どうせ暇だし、ついていってみようかとおもったが、ついていく口実がないと諦めた。そして、また一人で座って、宴会の様子を眺めていると、クレアの部下にも酔いつぶれた者が出た。こんなに楽しい宴会は始めてで、少々羽目を外し過ぎたらしい。クレアはそれを見つけると席を立ち、正体もなく寝転がってしまった部下を抱え起こした。

  「あ、クレア様、そんな!私が連れて行きますから!」

  「ううん。私にやらせて。」

クレアは何かしていたくてそう言ったのだが、結局部下がそれを取り上げてしまった。しかし、また一人の席には戻りたくなかったので、クレアも一緒についていくことにした。すると、それを見ていた漆黒の男が、

  「カレルさんとこに連れて行きなよ。面倒みてくれるから。」

と教えてくれた。成る程、さっきの男達もそこへ連れて行かれているのか。クレアは部下を携え、外へ出て行った。

それを見送った漆黒の男達がうっとりつぶやいた。

  「クレアさんって、いいよなぁ…。」

  「うんうん。清楚でさ、可憐でさ。」

  「あの凛とした瞳がいいんだよなぁ…。」

すると、それを聞きつけたシーハーツの女達があっかんべーをしながら、

  「ざーんねんでしたー!私達のクレア様に手を出すなんて、百年早いわよーだ!」

  「百回生まれ変わったって無理かもね〜ん♪」

  「無理無理〜♪」

次々と浴びせかけられる女達の情け容赦ない言葉に、男達はむっとした。皆、クレアとお話したくてもできない男の内の一人なのだ。

  「ったくよぉ!クレアさんがあんなに素敵でいらっしゃるってのに、何でお前らはこんななんだよ!」

  「きゃーははは!『こんな』だって〜!聞いた!?もー、おっかしー!」

何が可笑しいのか、お互いにお互いをバシバシ叩きながら大爆笑している。漆黒の男達はため息をついた。シーハーツの女性と言えば、『戦乙女』といった清廉なイメージがあったのだが、どうやら大いなる誤解であったようだ。

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