小説☆アラアル編---宴の夜に(2)

教えられた場所に行ってみると、そこでは、カレルとライマーが小さなテーブルで、会場から持ち出した酒とツマミでチビチビやっていた。そしてその向こうに、毛布に包まって床の上に直接転がっているのが数人。部屋の端から等間隔にきっちり並べられていた。その内の一人はアルベルだろう。

そこへクレアたちが入っていくと、カレルが立ち上がって、男共が転がっているのとは反対の位置の離れたところに毛布を準備した。

  「女の子はこっちで寝てもらうか。野郎と一緒じゃまずいだろ。」

その間、ライマーがグレープフルーツを二つに切り、傍においてあった絞り器で絞った。グレープフルーツの爽やかな香りが部屋に満ちる。絞った果汁をグラスに注ぐと、カレルがそれを受け取り、クレアに渡した。

  「はい、これ。飲ませてやりな。」

  「え?」

  「グレープフルーツはアルコールを分解すんだとさ。」

ライマーの足元には、グレープフルーツが山盛り入った籠が置いてある。クレアは「まあ、準備がいいですね。」と感心しながら礼をいった。

クレアが酔った部下を起こし、貰ったジュースを飲ませてやっていると、他の部下が宴会に戻りたそうな顔をしているのに気付いた。

  「私が見るから、あなた達は戻っていいわ。」

クレアがそういうと、部下はちょっとそれは悪いような顔をしていたが、やはり宴会に戻りたかったらしく、しばらくするとすんなり戻っていった。

そこへ漆黒の兵士がふらふらしながら便所から戻ってきた。そして、クレアに気付かず、クレアの部下の近くに横になろうとした。酔っ払った熊のような大男の接近に、クレアは少々驚いて、どうしたものかと戸惑っていると、

  「あー、こら!ここで寝るな!」

と、カレルが慌ててやってきた。だが、部下はろれつの回らぬ口でうにゃうにゃと返事をしただけで、そのまま寝転がってしまった。カレルは両脇を抱えて引きずろうとしたが、相手は体重100kgを越す巨漢。それに対し、カレルの体重はその約半分。

  「くそっ!こいつ重っ!」

すると、ライマーが「一人じゃ無理だ。」と手伝いにきた。ライマーは身長190cmのがっしりした体格だ。力もある。部下のずっしりとした巨体は、ライマーによってずるずると所定の位置に戻された。

  「女性用の部屋を用意しておけばよかったな。」

ライマーはクレアをちらりと見、そういった。

  「そうだな。どっか探してくるか。」

だがクレアは、ライマーの提案を受けて部屋を出て行こうとするカレルを、

  「あの!ここで結構です!」

と慌ててとめた。カレルは立ち止まってクレアを振り返った。そして、

  「これから益々こーゆーのが増えてくけど?」

と巨漢の部下を指差した。だが、クレアは特別扱いして欲しくなかった。

  「大丈夫です。」

と、ガンとした口調でそう言うと、

  「なら、いっか。」「いや、まずい。」

カレルとライマーが同時に全く正反対の返事をし、二人は思わず互いの顔を見合わせた。まずいと言ったのはライマーだ。

  「まずいだろ。」

ライマーが念を押す。だが、カレルは、

  「いいって。本人がそう言ってんだから。な?」

  「ええ、本当にここで十分です。どうか、お気遣いなく。」

  「しかし―――」

  「いいって、いいって。まずくなったら、そん時考えりゃいいって。」

カレルはライマーの背中を押しやり、自分達の場所に戻った。いつもだったら、長い押し問答の果てに結局別室を用意され、いつも申し訳ない気持ちにさせられるのだが、カレルが自分の言い分を聞いてくれたお陰でクレアはほっと気が軽くなった。

カレルから酒とツマミを勧められたが、クレアは丁重に断り、部下の傍についていた。二人はクレアに気を使うでもなく、また酒を酌み交わし始めた。遠くから賑やかな笑い声が遠くに聞こえてくる。その分、この場の静けさを感じる。

ライマーがカレルの杯に酒を注ぎ足した。

  「…そういや、妹さん、三人目はもう生まれたのか?」

  「ああ。」

  「男?女?」

  「男。」

  「女、男、男か。一姫二太郎で丁度いいな。」

  「次は女産むんだと。」

  「まだ増やすのか!?」

  「家族がいっぱいいねぇと落ち着かねぇんだとさ。」

  「はぁ……そんなものなのか?」

  「全くクララのやつめ。子どもが増えりゃ、それだけ金も手間もかかるってのに、言ったって聞きやしねぇ。旦那にそんだけ稼ぎがありゃいいが、それも全く期待できねぇときた。苦労するのが目に見えてる。」

  「本人達もちゃんとわかってるだろ。お前が心配してやることはない。」

  「むっ!兄としては、いつまでたっても心配なのだよ、君。」

  「ん?妹さんが結婚したときに、シスコンはすっぱり卒業したんじゃなかったのか?」

  「へっ、一人っ子なんかに兄貴であるがゆえの、このナイーブな気持ちがわかってたまるか。」

  「ははっ、そうだな。」

  「どーせ俺はシスコンの上ブラコンで、ついでにマザコンのファザコンだ。」

  「わかったわかった。……………ところで、お前は?」

  「ん?」

  「結婚。」

  「…うーん。………お前は?」

  「そうだな………。」

カレルとライマーは時折会話を交わすだけで、後は黙って酒を飲んでいる。沈黙の時間さえ楽しんでいるようだ。

クレアはそんな二人に話しかけてみた。

  「いつもこうして介抱役をかってでてらっしゃるんですか?」

  「まぁな。」

答えたのはカレルだ。

  「大変でしょう?」

すると、カレルは憂いを帯びた表情になった。

  「いや…。俺、実は病気なんで。」

  「え!?」

クレアが驚いた。悪いことを聞いてしまった、なんと言えばいいかと考えるまもなく、ライマーが、

  「面倒みたがり病。」

とネタを明かしてくれた。カレルがそれに文句を言う。

  「お前、ネタばらしが早すぎだ!」

  「いい加減そのネタ飽きろよ…。」

ライマーの呆れた口調からして、恐らくカレルは何人もの人間にそう言っているのだろう。カレルがクレアにいたずらっぽく笑いかけてきた。

  「彼女は初めてだから、なあ?びっくりした?」

その憎めない笑顔にクレアも呆れた。

  「皆にそう言ってるのですか?」

するとカレルは今度はニヤッと、まるで悪戯を思いついた子供の笑顔になった。

  「今あんた、『アタシ、悪いこと聞いちゃったわ、どうしよう?』って思ったろ?」

確かにその通りではあるが。

  「…普通、そう思うでしょう?」

  「いいや。『え?何なに?何の病気?』ってやつもいるし、『あっそ。』ってやつもいるし。あんたが見せてくれた『しまった!』っていう反応でも、人によって全然違うし。人それぞれ反応が色々ってのが面白いんだ。」

子供っぽいのかと思ったら、今度は人の心を見通すような大人の目。どっちが本当の彼なのかしらと、クレアは目の前の男を量りかねた。

アルベルの持つ、漆黒から独立した『アルベル精鋭部隊』と呼ばれる特殊部隊の人間は皆そうであるが、カレルもまた軍人らしからぬ風貌をしている。長い髪の一部を派手な色に染めた、一見ちゃらちゃらとした軟派男だ。男にしては小柄な方で、長身のアルベルやライマーと一緒にいるといっそう小柄に見える。

カレル・シューイン。アーリグリフと戦争をしていた時には、その名を聞くだけで暗澹たる気持ちにさせられた。彼の戦略は奇抜すぎて、それを推測することは不可能だった。そして、彼の打ってくる思わぬ手に翻弄されている内に裏の裏をかかれ、それこそ散々な目にあってきた。そのイメージから、カレル・シューインという男を、底意地が悪く姑息な性悪狐のような男だろうと勝手に想像してしまっていた。だから、カレルが自己紹介をしたとき、クレアは最初疑った。この軽薄そうな男がまさか、と。しかし、それもまた偏見だった。

それを知ったのは先の遺跡調査の時だ。子どもを救えなかったあの時。あのことを思い出すと今でも胸が激しく痛む。遺跡の奥で子どもの遺体を発見した時、それはもはや遺体と呼べるような状態ではなかった。それをかき集めるという深刻な作業の中、カレルは遺体を大切に扱った。その優しい手つきを見て、クレアは遺体に触れる時に、つい血を避けようとしていた自分を恥じた。そしてそれを荼毘にふす時も、彼は最後までずっとその火を見つめていた。その横顔に見えた深い悲しみ。アルベルがドラゴンの炎に飲まれて、カレルがしんがりをつとめてくれた時も、やばくなったら逃げる、みんなが逃げてくれないと自分はいつまでも逃げられない、だから早く行け―――。そう言ってくれたから自分達はその場を離れることができた。しかし、後から考えてみたら、それは詭弁だった。ドラゴン二匹をたった一人で食い止められるわけがないのだ。

そして、今もまたこうして、相手に気を遣わせない心遣いをさり気なくしてくれるカレル・シューイン。こんなにも心温かい人間を、戦争時には心底憎み、その死を望んでいたなんて。

血も涙もない殺戮部隊という漆黒のイメージもまた偏見。彼らはただ自分の国のために必死で戦っただけだ。自分達となんら変わりはない。国境のこちら側にいたか、あちら側にいたか、ただそれだけ。

戦争は全てを狂わせてしまう。何と罪深いものなのだろう。今夜の宴の皆の笑顔がこれからも絶えることのないように、クレアはそっと祈った。

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