カレルはベッドにうつぶせに寝転がって肘に顎を乗せ、ライマーが荷造りしてくれるを他人事のように眺めている。キスの一件は触れられないまま、二人の間に甘く漂っている。カレルは何も言ってこなかった。どう感じたのかはわからない。ライマーにそれを尋ねる勇気はなかった。少なくともオレストの言う事を聞いて正解だったことは確かだが、
「ね、ね、ね!したんですよね?したでしょ!?したに決まってる!だからカレルさん元気になったんですよね?ねぇどうなんですか?もったいぶらずに教えてくださいよ〜!」
と、目をきらきらさせてまとわり付いてくるオレストを振り切るのは大変だった。
「お前がぐずぐずするから、とうとう風雷に行き損ねたじゃねぇか。」
カバンにぐちゃぐちゃに突っ込まれていた物を全て出し、危うく皺々になるところだった服をきちんとたたみ直していたライマーは、カレルのこのセリフに溜息を付いた。
「風雷に未練はないと何度も言ったろう?何でわかってくれないんだ。」
カレルの方を見やると、ふいと目を逸らされた。本当の事だと信じたい。だが、自分の為にそう言っているだけかもしれない。そういう思いの中で揺れているのだろう。まあ、その根拠をはっきりと口にしなかった自分のせいでもある。
「お前があんまり気にするから仕方なく言うが。」
と言いつつ、ライマーは本当の事を明かすのを躊躇った。しかし、オレストに言われた事を思い出して、ちゃんと口にすべきだと思い直した。
「希望部署を出す時…」
兵学校の最終試験の時、答案と共に希望部署を書いて提出した。
「本当は『疾風』と書くつもりだった。」
カレルは驚いて上半身を起こした。
「疾風!?何で!?」
ライマーはその問いには答えず、続けた。
「それを思い直して、風雷と書いたのは、一度決めた事をコロコロ変えるような奴だと思われたくなかったからだ。」
人は人、自分は自分のライマーが誰にそう思われたくないのかなんて、聞く必要はない。
「お前が漆黒にまわされた時、やはり疾風にしておけば良かったと、俺は心底後悔した。そうしていたら、ノックス隊長にお前の不遇を訴えることができたはずだからな。…だが、まあ、結局は俺の望んだ通りになった。」
「望んだ通り?」
ライマーは黙ってカバンに服を詰めている。カレルはその背中を見ながら答えを待った。随分間があった。ライマーはたたんだ服をカバンに詰めなおしてから、ようやく本心を明かした。
「俺はお前と同じ道を歩んでいたいんだ。…これからも。」
二人の間に沈黙が下りた。それがこそばゆくなって、カレルは指先でポリポリと頭をかいた。なんと言っていいのか迷い、正直な感想を述べた。
「…なんか、プロポーズみてぇだな。」
ライマーはカッと顔を赤くした。
「だから言いたくなかったんだ!」
思う存分からかうがいい。ライマーはそんなやけっぱちな気持ちでツカツカとクローゼットを開け、ハンガーにかかっている服をガチャガチャと取り出し始めた。と、軽やかな足音が近づいたと思ったら、そのまま後ろからふわりと抱きしめられた。次の服を取りかけていたライマーの手が、一瞬止まった。だが、また作業を再開した。ただしゆっくりと。
「…服がたったの二着で足りるわけがないだろう?」
「交互に洗濯すりゃいいだろ。」
「またそういう…」
コンコン。
ノックの音にライマーはギクリとした。「今後、どんなに些細な事でも、カレルさんを拒絶しないこと。」とオレストからやくやく言われていた事など簡単に吹っ飛び、ライマーは慌ててカレルを振り解こうとした。だが、カレルは「放すもんか!」と、足まで絡めてますますがっちりしがみついてきた。
「こらっ、離せッ!」
ガチャッ。入ってきたのはオレストだ。そして、二人の様子を見るや、
「しっ、失礼しました〜!」
アタフタと出て行った。それを見送ってから、やっとカレルは離れた。
「お前はーッ!!」
ライマーは怒って、カレルを殴ろうとしたが、笑いながらひょいとかわされた。
「いいじゃねぇか。ちょっと噂されるくらい。」
「お前はしばらくここを離れるからいいがな!俺はずっとからかわれるんだぞ!?そうでなくても―――」
キスの件を思い出して、ライマーはふつと口を閉じた。ハンガーから服を外す作業を開始しながら、さりげなく、だが急いで話題を変える。
「くれぐれも無理はするなよ。何かあったらすぐに知らせろ。」
するとカレルは得意げに枕を取り出した。
「大丈夫だ。これさえありゃどこでも眠れる。」
どうも見覚えがあると思ったら、それはライマーの枕だった。
ライマーは溜息を付いて諦めた。
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