小説☆カレル編---借りてきた猫

  「カレル・シューイン。」

城から出ようとしたところを呼び止められた。居丈高にカレルの名を呼んだその男の胸にはアーリグリフの紋章が輝いている。王直属の部下だ。カレルは姿勢を正した。

  「王がお呼びだ。王の執務室に来るように。」

  「はい…。」





突然呼び出されたかと思うと、王室の客用ソファに座らされ、更には茶まで出されて、カレルは相当戸惑っているようだ。王を目の前にして、非常に居心地が悪そうに座っている。

  「そう硬くなるな。」

王はカレルに茶を勧めたが、カレルは頭を下げて礼を言っただけで、手をつけようとしなかった。王はゆっくりと茶をすすってから尋ねた。

  「…どうだ、団長に付いた気分は?」

  「はっ。自分には荷が重過ぎます。」

カレルは躊躇いもせずそう言った。

  「…そんなに嫌か?」

王は敢えてはっきり聞いた。名誉ある職務だというのに、それを嫌だというのは全く無礼な話であるが、カレルはあっさり「はい。」と答えた。

  「…そうか。」

団長になりたいが為に他人を蹴落とし、謀略の限りを尽す人間もいるというのに。王は優しく微笑んだ。

  「なら、アルベルには何が何でも復帰してもらわねばならんな…。」

  「はい。」



沈黙が舞い降りた。王はカレルを値踏みした。カレルは背筋を伸ばして膝の上でしっかりと手を組み、それをじっと見おろしたまま固まっている。まったく軍人らしからぬ風貌。アルベルだからこれを許したのだ。しかし王は、カレルの中身が見かけとは掛け離れていることを感じ取っていた。

  「お前は、アルベルが団長になる以前は、どの部署にいた?」

  「雑用係です。」

  「雑用…?」

王は落ちこぼれ組の存在を知らないらしかった。

  「体が小さいので。」

カレルは差し障りのない理由をつけたが、それでもこの男を雑用に置くなど考えられない。だが、前団長の下ではそれに従うしかなかったのだろうと、王はカレルに同情した。

  「お前は疾風の方が合っていたのではないか?何故、漆黒に行こうと思った?」

成績優秀者から希望部署に行ける。カレルは成績優秀だったはず。それで、カレルは望んで漆黒に行ったのだと王は勘違いしていた。

  「…運命だったと思います。お陰でアルベル団長と出会えました。」

カレルはそんな言い方をした。今更過去の事を言っても仕方がない。今は恵まれた環境なのだから。

  「士官学校では誰に付いていた?」

もし自分が教官だったら、間違いなくカレルは疾風にやっていた。そう思ったから聞いてみたのだが、

  「自分は兵学校卒ですので、特に誰かに付く事はありませんでした。」

  「兵学校!?」

王は驚いた。一般兵からここまで上りつめた人間は未だかつてない。

  「まあ…お前の能力からすれば当然といえば当然だな。」

カレルは恐縮して軽く微笑んだ。だがすぐにその笑顔は消えた。どうやら会話を楽しむ気分には到底なれないらしい。

再びしーんと沈黙が舞い降りた。普通、沈黙を気まずく感じるものだが、カレルは寧ろほっとしているような気配を感じた。王が話を切り上げるのを待っているのだ。一刻も早く無罪放免されたいのだろう。だが、そうはさせないと、王は話を続けた。

  「趣味は何だ?」

  「…囲碁です。」

その瞬間、王は顔を輝かせ、カレルはしまったと思った。

  「そうか!なら、一局、付き合ってもらおうか。」

  「…はい。」

カレルは慎重に頷いた。



勝負の結果はジゴだった。

  「うーむ。俺が勝っていると思ったんだがな。」

気持ちよく陣地を取っているうちに、気付かぬところで取られてしまっていたようだ。カレルは黙って碁石を片付け始めた。まるで人見知りの激しい子どものように、なかなか心を開こうとしない。これで終わりと思うなよ。そんな意地悪半分な気持ちで、

  「もう一局。」

と言うと、微かにカレルの表情が曇った。



そして、結果、王の半目負け。やはり今回も、そんなにとられているとは思わなかった。だが、時々ウォルターに碁を指導してもらっている王は、思う事があった。

  「俺とお前の棋力の差はどのくらいだ?」

そう言った途端、カレルの雰囲気が凍りついた。

  「は、はぁ…。」

  「そんなに脅えるな。」

王は思わず笑った。カレルが打っていたのは指導碁だったのだ。半目だけ勝ちをとったのは、二局目も引き分けにするわけにはいかず、かといって負ければ厭味になると思った結果なのだろう。

  「今後の精進の為に、正直に言ってくれ。置石をいくつ置けばいい?」

カレルは碁笥を碁盤の傍にキチンと置いて遠慮がちに言った。

  「5子…くらいかと…。」

  「何、そんなにか!?ウォルターと打つ時でも、3子なんだが。」

5子でも、精一杯少なめに言ったに違いない。カレルは慌てた。

  「あ、いえ!自分はたった二局の感触から申し上げただけですので、ウォルター閣下のお見立ての方が正しいと思います。」

王がカレルの目をじっと見ると、その目はさり気なく伏せられた。王はきっちり閉められていた碁笥の蓋を再び開けながら言った。

  「いや…5子で打ってみよう。今度は手を抜くな。」

そこで王はイタズラっぽい笑みを浮かべた。

  「そうだな。お前が負けたら、今度の王室会議の始まりのスピーチと司会進行をお前にしてもらおうか。」

  「えっ!?」

  「俺は本気だぞ?」

狙ったとおり、カレルの顔色が変わった。

  「その代わり、お前が勝ったらの望みの物をやろう。何がいい?」

カレルは首を横に振りかけたが、途中で止まった。そして、俯いて言った。

  「スラムに孤児院があります。戦争で孤児が急増し、今パンク状態になっています。…どうか御慈悲を。」

王は頷いた。

  「そうか、わかった。それは勝負と関係なくさせてもらおう。」

カレルは有難うございますと深々と頭を下げた。

  「他には?」

と聞いたが、カレルはもう十分ですと辞退してきた。

  「それではつまらん。何か言え。」

カレルが必死で考えて出した回答は、王の予想だにしないものだった。

  「では、大鍋を。」

  「大鍋?…それを一体どうするのだ?」

それはスラムでの炊き出しに使う物だった。今度給付金が入ったら新しく買おうと思っていたのだ。だがカレルはそれは言わず、

  「今使っているのがもうボコボコですので。」

とだけ言った。





その勝負は最初から違った。カレルは厳しく王の手を遮った。その結果、カレルの3目勝ちだった。流石に疲れた顔をしている。これ以上いじめるのは可哀想だ。

  「これからも相手してくれるか?」

  「自分でよければ。」

カレルは逃げるようにそそくさと王室を出て行った。





結局口を付けられなかったティーカップが片付けられるのを見ながら、王は執事に話しかけた。

  「アルベルもなかなか心を開かなかったが、あいつはそれ以上だな。」

自分やウォルターの前で、祭を成功させてみせると自信たっぷりに演説していた時とはまるで別人のようだった。アルベルの後ろをやる気なさそうに付いていく姿ともまた違う。人は誰しも、多かれ少なかれ本来の自分と仮の自分を使い分けるものだが、カレルの場合はその落差が少々激しすぎる。すると執事が言った。

  「出生が出生ですので。王の御前で気後れするのは当然でしょう。」

その言い方に差別的な響きを感じ取った。王の威厳を保とうとせんが為だろうが、少々行き過ぎのきらいがある。

  「…どういうことだ?」

  「あの男がスラム出身なのは有名な話です。」

  「そうか…。知らなかった。」

だから士官学校には入れなかったのか。

  「相当な苦労をしたろうな。つまらない事で人を差別したがる愚か者は必ずいるからな。」

後半は執事に向けた言葉。執事はピクリと頬を振るわせた。

  『運命だったと思います。』

カレルはアルベルと出会ったことで、大きく救われたに違いない。

  「アルベルと話をしたい。」

王はそう言った。

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■あとがき■
流石はアーリグリフ国王。一枚も二枚も上手(うわて)です。