小説☆アラアル編---祭(11)

クレアがカレルをネルに紹介すると、ネルはやはりカレルの顔を知っていた。だが、てっきりアルベルの小姓だと思っていたらしい。ネルは敢えてそれをはっきり口にし、それに対するカレルの反応を窺った。だが、カレルはけろりとしたもので、

  「まぁ、そんなようなもんだ。」

と笑った。彼らしい反応だとクレアはつられて微笑んだが、ネルの態度は硬いままだった。その軟派な見かけのせいで、カレルに対する第一印象は心配した通り、良いものではないようだった。当然といえば当然だ。顔を覆い隠すような長い前髪に派手な黄色のメッシュ。その髪に隠れて気付き難いが、その両耳には無骨な金属のピアスがズラリと突き刺さっている。そして、舞踏会用のドレスを作る為にカレルを採寸した部下から聞いて知ったのだが、体のあちこちには刺青まで彫られているという。そんな軍人らしからぬ風貌に、クレアも最初は戸惑ったし、今も慣れないが、彼の事を知るにつれ、どうもおしゃれの為にそうしているのではないような気がしていた。最初クレアはカレルと世間話をする際、彼の風貌から迷わずファッションを話題にしたのだが、カレルはそれに全く関心を示さないどころか、その時身に着けていた服にすら、まるで他人事のような態度だったことからそう思ったのだ。だが、初対面でそれが分かるはずもない。それと、表には出さないようにしているが、ネルにはまだ戦争のわだかまりがあるのだ。

ネルを紹介し終えたクレアは、二人が仲良くやれるか多少の不安を覚えながらも、交渉の邪魔をしてはいけないと席を外そうとしたのだが、カレルは「一緒にいてくれ。」とそれをおしとどめた。

アーリグリフの会議室のテーブルにクレアとネルが並んで座り、その向かいにカレルが座った。その光景を傍から見た者がいたなら、間違いなく、チャラチャラした遊び人が身分もわきまえずに美しいお嬢様二人を口説いているように映っただろう。

  「おたくら二人が出来てるって噂がある。」

カレルがクレアとネルを指してそう言った途端、ネルの目がキッとつりあがった。

  「根も葉もない噂だね。」

そう言ったネルの声の硬さから、クレアには彼女が相当気分を害した事が分かった。カレルはそれを気にする風もなく、頷いて話を続けた。

  「それと同じように、実はうちらの若団長二人が出来てるって噂があるんだ。」

どきりとした。クレアはその動揺を表に出さないようにするだけで精一杯だった。実は昨夜、アルベルとアランの関係のことを考えていて殆ど寝られなかったのだ。だが、続く、

  「まあ確かに二人とも超美形で仲がいいから、それで色々と妄想したくなんのもわからなかねーけど。」

というカレルの言葉を聞いた瞬間、ふっと空から救いの光が差してくるのを感じた。アルベルの片腕であるカレルならば、何らかの事情を知っているはず。その彼が噂だと言うのだから、やはり噂は噂に過ぎないのだ、と。

  (でも…ただ単に彼が真実を知らないだけなのだとしたら?…いいえ、もし噂が本当なら、彼はきっと気付いているはずだわ。あれ程洞察力が鋭いんですもの。知らないはずがないわ。)

アランとアルベルが恋仲など何とか間違いであって欲しいという一心であったのと、また、続くカレルの発言の突拍子のなさに、カレルが『噂が間違いである』とは一言も言っていないことに、クレアは気付かなかった。

  「いっそのこと、この舞踏会でそれを誇張してみせたらどうか、と思って。きっと盛り上がる。」

カレルがニッと笑ったが、

  「冗談じゃないよ。」

とネルは腕組みしたままぴしゃりと言った。カレルはネルの取り付く島もない返答を柔らかく受けた。

  「そんな風に否定されたら逆に疑いたくなる。禁止されたら余計勘ぐりたくなるもんだ。いっそのこと開けっぴろげな方が人は気にしなくなる。」

純粋にカレルの言葉を受け取り、確かにそうかもしれないと思ったクレアに対し、既にアルベルとアランの関係を知っているネルは、カレルがそうやって事実を隠蔽したいのだと思った。そして、それに自分たちを利用しようとしている、と。ネルは疑り深い目でカレルを見ながら、取りあえずは話をさせることにした。相手にしゃべりたいだけしゃべらせておいた方が、後からの攻撃がやりやすいからだ。

  「まずは、アラン王子とクレア姫が踊る。理想的なカップルにみんなウットリする事だろう。」

カレルに『理想的なカップル』と言われてクレアは嬉しく思う反面、自分に対するアランの態度から、そんな風には到底なれそうにない現実を悲しく思った。

  (そうよ。だってアラン様には恋人がいらっしゃるんだから。)

相手がアルベルでなかったというのは救いではあったが、アランに恋人がいるという現実にかわりはないのだ。

  「理想的だなんて、そんな…。そもそもアラン様には決まった方がいらっしゃると聞いています。それなのに私がお相手などしてもいいのでしょうか…。」

そう言い終わらないうちに、馬鹿なことを言ってしまったとクレアはすぐに後悔した。二国の交流としての舞踏会において、アーリグリフ三軍の長とクリムゾンブレイドが踊るのは当然の事だ。だが、カレルはそれを気にする風もなく、

  「公の場面において、それは関係ねぇよ。」

と、分かりきっていた答えを返した。

  (もう!余計なことばかり考えてるから!集中しないからそんな馬鹿なことを言ってしまうんだわ!クレア、いい加減、忘れてしまいなさい!)

クレアは自分を叱りつつ、(ても…。)とカレルがアランの恋人の存在を否定しなかったことに今更ながらにショックを受けた。

一方、カレルは段々調子がノってきたのか、胸ポケットからくるりとペンを取り出した。男の持ち物としては全く相応しくない、キャップの先に小さな星のオブジェが付いた、何ともメルヘンチックな代物。それはクレアがあげたものだ。カレルはそれを両手の平に挟んでコロコロと転がし始めた。キャップの先で回転する星はまるで踊り子のようだ。

  「王子様とお姫様のダンスで十分に観衆を夢見心地にさせておいて、そこに野獣ペアでウケを狙う。」

  「野獣ペア?」

ネルが聞き返すと、カレルはペンの回転を止め、

  「ハロルド・ベッカーとアドレー閣下のペア。」

と、イタズラっぽく笑った。

  「…。」

その『アドレー閣下』がシーハーツ国の要人であり、実はクレアの父親でもあるのだから、『野獣』などと評されて黙っているわけにはいかないにもかかわらず、ネルですらそれを否定できずにいる複雑な思いを他所に、カレルは楽しそうに話を続けた。

  「十分に会場を沸かせたところで、そこで逆美男美女カップルの登場!」

カレルはまたペンを転がし始めた。アルベル女装の話を聞いていたネルは、『逆』の意味するところを正確に掴み、カレルをじろりと睨んだ。

  「…アタシとアルベルってわけだね。」

  「そういうこと。」

カレルはくるっとペンを片手にとると、キャップの星で正解だとネルを指した。ネルは冗談じゃないと首を横に振った。だが、カレルは構わず話を続けた。再び星がクルクルと踊りだす。

  「で、こっからが本番。あんたら二人と若団長二人がペアで踊ってファンサービス。噂が本当だったと皆喜ぶ。そこでパートナーチェンジ。一見男同士、女同士。しかし人は、男装令嬢の中の女性の部分に気付く。逆もまた然り。どっちが男だか女だか、ユリだかバラだか倒錯しまくったところに、野獣ペアが乱入して、クレア姫の争奪戦の火蓋が切って落とされる。誰が姫を獲得できるか!命を懸けた壮絶なバトルの末、アドレー姫がクレア姫を強奪して、めでたしめでたし。」

ネルは小バカにするように鼻で笑った。

  「あんた、三文小説の読みすぎじゃないかい?」

精一杯皮肉ったのに、

  「そうだな。いわゆる名作ってやつよりもそっちの方が好きだ。未完成な方が味があって。」

と、カレルはあっさりとそれを受け入れてしまったので、ネルは拍子抜けした。

  「アタシは!『くだらない』って言ってるんだ!」

カレルはポンと星のキャップを外し、それを指にはめて指人形のようにピコピコと動かしながら言った。

  「そうかねぇ?」

そのふざけた態度に、ネルはカチンと来た。ネルは不真面目な人間が何より嫌いだ。そしてカレルは残念ながらそういう人間に見える。

  「そんな馬鹿馬鹿しい演劇に付き合う気はないよ。」

  「その馬鹿馬鹿しさがいいんだって。真面目な舞踏会なんてやったって下々民にとっちゃ全然面白くもねぇし、面白くなかったら人は集まらねぇよ。」

カレルが使った「下々民」という言葉が、とうとう抑えていたネルの怒りに火をつけた。

  「下々って…あんた、自分は何様のつもりだい?」

  「俺が『様』って風に見えるか?」

何とか冷静になろうとしているネルに対して、カレルはネルが怒ったことを面白がっているようだ。キャップを別の指にはめようとしながら、ネルの表情を観察している。

  「いいや、見えないね。せいぜいチンピラってとこだろ。」

ネルはカレルを睨みながら言った。

  「ネル!」

クレアはネルを止めようとしたが、カレルは「まあまあ。」とそれをなだめた。先日のハロルドとのやり取りと同じような展開になりつつあるのに、あの時とは打って変わって、カレルは何を言われても平然としている。これがカレルの普段の姿であり、ハロルドに対して見せた態度の方が異常だったことを知らないクレアは、いつかはネルが彼を怒らせるのではとハラハラしながらもカレルに従い、黙って二人のやり取りを見守ることにした。カレルはキャップをペンにはめ、それを指示棒のようにしながら話し始めた。

  「大まかな数字だが、アーリグリフじゃ国民の30%が貧困層だ。それよりは多少マシ…っつってもたいして変わらねぇ下流階級が50%、20%が中流階級。上流階級は約1%。シーハーツとはえらい違いだろ?」

いきなり話を変えられて、カレルが一体何が言いたいのかネルは咄嗟に掴みかねたが、

  「だから?」

と強気でつき返した。

  「実にアーリグリフ国民の80%が貧しい生活を送ってるわけだ。このアーリグリフで開かれる祭りにおいて、一人でも多くに、シーハーツとアーリグリフが仲良くやってんのを見せるのが目的なんだとしたら、ターゲットをどこに絞るべきかは明白だ。」

  「で?そのターゲットには馬鹿馬鹿しいもので十分だってわけかい。なんでそんな、人を蔑むような事を言えるんだい?いい服着ている内に、自分も同じだってのを忘れてんじゃないよ!」

  「ネル!」

これは言いすぎだと、クレアはネルを強く制止したが、今度もまた「いいから。」と押しとどめられた。漆黒の頭脳カレル・シューインがスラム出身である事は有名な話だ。厳密に言うと、カレルがスラムで生活するようになったのは、両親が離婚してからなのであるが、カレルはその事をライマー以外に話したことがない。幼少期、より多くの時間を過ごしたのはスラムの方であり、母はそこの出身であることから、カレルは自らスラムが故郷だと公言していた。それは差別を一身に背負い、出身は能力には関係ないのだと言う事を周囲に知らしめる為でもあった。

だがネルには、カレルが地位と名声を得た途端、今も貧しく暮らしている人々を侮蔑する人間であるように思えた。そして、厳しくそれを追求したつもりだったのだが、カレルはそれに怒るでもなく、穏やかに言った。

  「スラム出の癖に、それを無かったことにすんじゃねぇよ!それらしくボロ着てろ!…ってか?」

  「!…そうは言ってないさ!」

勿論、人を蔑むような事を言うなと言ったつもりだ。だが、自分の言葉面を振り返ると、そう言ったように取れることに気付き、ネルは内心焦った。カレルはそんなネルを諭すように言った。

  「人の上に立つ以上、それ相応の服装をするのは当たり前だ。」

偉そうに言っているが、実はそれはライマーに言われた事であり、それでも一向に服装に構おうとしないのを見兼ねて、ライマーがいつも準備してくれているのだということは黙っておいた。服装を構わないのは純粋に性格の問題。今着ている服もライマーが誂えてくれたもので、控え目ではあるがセンスの良さをうかがわせ、カレルに良く似合っていた。

  「それに、下々はどんなに言い繕ったって下々。そこに同情の色眼鏡を掛けて、過剰反応してるのはあんたの方だ。」

星がピッとネルを指した。

  「私がいつ…!」

  「俺の出身は貧困層の中でも最低の極貧層だ。チンピラどころか、ゴミをあさって生きる、いわゆる人間以下の生活を送ってきた。それがどんなものかわかる…なんて言わねぇよな?」

黙り込むネルを見て、カレルはニッと笑った。

  「悲惨だと思うだろ?」

下手な同情はしたくはない。そう思っていても、そういう暮らしをしている人々を思うとやはり心が痛む。それのどこが同情だというのか。だが、カレルはそれこそが色眼鏡だといった。

  「そこで暮らしてるモンにとっちゃ、それが日常で当り前なんだ。勿論、それがいいとは思っちゃいねぇが。」

一瞬だけネルの瞳から険しさが消えた。カレルはそれを見逃さなかった。そのたった一瞬の中で、彼女の素の顔を鋭く見出していた。

  「戦争が起こる前は、よくアペリス教徒達が炊き出しとかに来てくれてたんだが、その人らがよく言ってた。『皆さん、こんなにも笑顔なんですね。』って。そりゃ笑うって。普通に。」

カレルは可笑しそうにそう言って、ペンを指に挟んでクルクルとまわしながら「でもまぁ、生活が苦しいのは確かだ。」 と、アーリグリフの民の現状を語り始めた。

  「毎日とにかく食うだけで精一杯。当然、学校には行けねぇし、勉強する暇もねぇから、文字が読めない。計算も出来ない。そんな文字のねぇ生活なんて、あんたにはピンとこねぇだろ?」

シーハーツの識字率は実に99%を越える。対してアーリグリフではその数字が60%弱にまで落ち込む。もっともこの数字は、十分に文字を使いこなせない者も数に含めたもので、それを外すとその数字は更に下がる。

  「生まれと頭の良し悪しは関係ない。だが、学がない、特に文字が読めないってのは想像以上に大きなハンデなんだ。文字が読めないのをいいことに、むちゃくちゃな契約を結ばせたり、計算できないのをいいことに、倍の値段をふっかけたりする輩は必ずいるしな。大したことねぇ病気や怪我でも、無知だったばっかりに…なんて事もよくあることだ。」

金がなければ医者にはかかれない。栄養事情の悪さもあって、ただの風邪でも命にかかわる。他の子にうつっては大変だと、病気の子どもを捨てる親もいるのだ。

  「文字が読めない階層にとっての知識の源は、それこそ迷信や人の噂話なんだ。巷で今一番盛り上がっている噂と言えばこのネタ。俺はそれを利用しようとしてるわけだ。」

  「……噂は本当だと認めるようなもんじゃないか。」

  「けどホントは違うんだろ?」

ああ、アタシ達は、ね。ネルはちらとクレアを見た。この場にクレアがいなかったら、はっきりそう言ってやったのに。

  「毎日必死で働いてんのに、稼げる金は雀の涙ほどもない。それなのに家族はやたら多くて、皆いつも腹が減ってる。空腹を紛らわせる唯一の娯楽といえば、誰がこうした、彼がこうしただのの、そういう噂話くらいだ。ささやかな楽しみなんだ。多少好き勝手な事を言うくらい許してやれよ。」

カレルの言いたい事は分かった。だけど、まだ言っておく事があると、ネルは更に切り込んだ。

  「その噂によると、あんた、自分の部下と寝てるらしいじゃないか。」

  「ネル…!」

内容が内容なだけに、クレアはそれ以上何も言えず、戸惑った表情でカレルを見やった。カレルはペンで頭を掻きながら苦笑していた。

  「旦那の夜伽を務めてたのに、旦那をアラン隊長に取られたもんだから、部下を手当たり次第に食ってるってやつだろ?俺には娼婦の母親の血が流れてるもんだから、毎晩夜鳴きする体を持て余してんだと。」

ネルも流石に言うのを控えた噂まで、カレルは自ら口にした。その余りの内容に、クレアは頬に血が上るのを感じた。

  「親のことを言われるのは腹立つが、まあ、それに目くじら立ててもしょうがねぇ。」

  「どんなご両親なんですか?」

クレアがその噂の話から少しでも話を遠ざけようと、遠慮がちに口を挟んだ。それに、どういう親の元でカレルのような人間が育つのだろうと興味があった。

  「とにかくお人よし。」

カレルはそう言っただけで済まそうとしたが、クレアは更に聞きたがった。すると、カレルはちらりと照れくさそうにしながら口を開いた。星の動きが途端に控えめになった。

  「金持ちになりたいとか偉くなりたいとか、そういう欲がねぇもんだから、生活に余裕が出たらその分、人の面倒まで見ちまって、結局今でも貧乏生活を送ってる。ま、毎日何だか楽しそうだからいいけどな。」

  「仕送りはしないのかい?」

すると、カレルは複雑な表情を見せた。

  「それが。計算なんてできねぇはずのお袋が、俺がいくら送ったってのをしっかり計算してたんだ。」

それが意味する事は、つまり、

  「…多分、後で返すつもりなんだろうな。」

とカレルは小さく笑った。そして続く彼の話は、恵まれた環境にあったクレアとネルにとってまさに想像を越えるものであった。

  「お袋は5くらいまでしかちゃんと数を数えられない。4も時々忘れるが、6、7、8、9ってなるともうだめなんだ。勿論数字なんて読めないし書けない。それが、5の書き方だけは誰かに習ったみたいで、それを紙に書き連ねてたんだ。書き方の練習してるにしては『55555…』って、何でこんなに『5』を紙に書いてんのかと思ったら……。」

ふいに言葉が途切れ、ペンの動きがとまった。カレルはキャップの先の星をじっと見ていた。だが、本当に見ているのは、その星の先の何か。その沈黙が全てを語っていた。母親は、息子が送ってくれた金を、自分のわかる範囲でなんとか工夫して数え、それを書き留めていたのだ。合計金額なんてわからないだろう。だが『5』がいっぱい並んでいるのを見て、息子がどれだけ自分たちの為にしてくれたかを噛み締めたことだろう。息子に甘えっぱなしではいけない。今はこれに頼らざるを得ないけれど、このお金はいつか返そう、と。

カレルは自分が黙り込んでしまっていたことに気付くと、すぐに口調を明るくした。ペンも再び動き始める。

  「5の余りを○で書いてたから、これは何かを数えているらしいってのはわかって、それとなく探ってみたら、まぁそういう事だったわけだ。だから、今は現物を送ったり、弟に預けてこっそり生活に還元させてる。」

そして、残りの給付金の殆どを街の環境整備に充てたり孤児院に寄付したりしているため、カレルの財布はいつも殆ど空だった。

  「そんな中にあって、あなたはどうやって読み書きを身に付けたのですか?」

  「あー…まぁ兵学校で…って、そんな話はいい。それより…」

と、それ以上話したくなくなったカレルが話を元に戻そうとした時、

  「ねぇ、ネル。」

クレアは静かに意思のこもった瞳でネルを見つめた。

  「協力してもらえないかしら?」

それを聞いたカレルは、ニッコリ微笑んだ。





カレルが帰った後、ネルは呆れて言った。

  「あいつ、クレアが私を説得するのを計算してたんだよ、きっと。」

  「ええ、恐らくそうでしょうね。」

クレアをあの場にとどめたのはそのせい。それはクレアも気付いていた。クレアは自分が男装すると言い張ったのだが、結局はネルが折れ、逆にクレアを説得する形でカレルの提案通りにおさまった。

  「でも、私は協力してあげたいと思ったの。あなたはそう思わない?」

  「…だけど…。」

確かに熱意は本物だ。祭りを成功させることで、国民の暮らしを豊かにしたいという思いは伝わってきた。しかし、アルベルとアランの事実が引っ掛かる。まさか、事実を知らないわけじゃあるまい。

  「すごく優しい人だってのはわかったでしょ?」

  「…まあ。」

あれだけ酷いことを言ったのにそれに怒りもせず、最後には心からの笑顔で「ありがとう。」など、なかなか言えない。余程懐が広いか、余程頭のネジがゆるんでいなければ。

  「彼みたいな人を、本当に『優しい人』って言うんだわ。」

クレアの胸にあったのはアランの事、そして星のペン。クレアは自分の言葉をかみ締めるように言った。

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